12−6 好意
アルテュール様が出した手紙、私が出した手紙、どちらも届いていないのならば、辺境に私の手紙を止めていた者がいるかもしれないってことでしょう?
そうであれば、どこから調べるのか。辺境の手紙だけでなく、直近で送った手紙も止められていたのだ。
それを調べていることを犯人に気付かれないようにしなければならない。証拠隠滅されても困る。だから、アルテュール様は秘密裏に動いているという。
「そういうわけだから、婚約は破棄しないよ。無理に口付けたのは悪いと思っているけれど、離す気はなかったから。君はずっと、婚約破棄について言っていたけれど。それは、私と婚約破棄したいということ?」
「え、いえ、それは」
「それは?」
アルテュール様がベッドから身を乗り出して、私の頬に触れる。前はひどく冷たかった指先が、ほんのりと温かい。
「アルテュール殿下、熱があるのでは!?」
手が温かいなんて、熱があるに違いない。私はその手を握って、アルテュール様の額に自分の手を当てた。
熱がある気がする。いや、私の手が温かいのか?
「すぐ人を呼びま、」
私が立ちあがろうとすると、その手をアルテュール様がしっかりと握っていた。
アクアマリンの光が、私を照らしている。その瞳は私を離さず、そのまま腕を引っ張ると、私を包むように抱きしめた。
「答えて。婚約破棄したいの?」
「わ、わたしは」
「うん。私は? 俺の前では私だったね。思い出した。三年、長いな……」
私はアルテュー様の温かい胸の中で、顔を上げる。
久しぶりに会ったアルテュール様は、私の前では、私、を使っていた。前は、私の前だけは、俺だったのに。私もそうだ。他の人の前では、わたくし。アルテュール様の前では、わたし。二人のときは無理をせず、気兼ねなく話そうと言って。
「殿下呼びもやめてって言ったよね。時々、様になっていたけれど」
「それは、驚いた時などはどうしても」
アルテュール様以外の他の者たちがいるときは、殿下を付けて呼んでいるが、アルテュール様との約束で、二人きりの時は様付けだった。様付けで呼び慣れているせいで、時折、様で呼んでしまうのだ。
けれど、こちらに戻ってきてからは殿下と呼んでいた。
「……ねえ、リュシエンヌ。俺は婚約破棄はしたくないよ。三年も離れていて、手紙が来なくなったから、俺のことは忘れてしまったのかと思った」
「そんなことは!」
「辺境で好きな男でもできたのだと心配だった」
「そんな人はおりません!」
「でも、心配だったんだよ。リュシエンヌもそうだったんだろう? 聖女と俺と? あり得ないけれどね。俺の婚約者は、たった一人だよ」
その言葉に、目頭が熱くなった。背中に回された腕はキツく結ばれて、その熱もまた現実だと教えてくれる。
「わ、私も。私もです。アルテュール様。婚約破棄なんてしたくない。どうして、ずっと手紙をくれないかと。だって、パーティで会ったって、私のことなんてどうでもいいように言って」
「あれは、振られるかもしれないのに、あんなところで話す勇気がなかっただけだよ!」
しかも、聖女は何を言っても退こうとしないし。アルテュール様はため息混じりでそんなことを口にする。
エリサは何を言ってもアルテュール様から離れようとしない。それが使命だからだ。それは間違っていないし、実際アルテュール様は体調不良で倒れるので、退けた後ではエリサの態度は頑なになる。
周囲も同じような考え方で、それが何度か続いて、今では面倒で放置していた。それをエリサは当然だと考え、注意しても強固に側を離れなくなったのだ。
「だから、リュシエンヌと話す時は、彼女が入らないような時を狙いたいんだよ。彼女がいると、話がややこしくなる」
それには納得ができて、私は涙が流れそうなのに、なんだかおかしな笑いが出てきそうだった。
アルテュール様には私からの手紙は届かぬまま。私から婚約破棄したいなんて、聞きたくもないと考えていた。
私も同じように、アルテュール様から手紙は届かず、婚約破棄を言われたくなかった。
お互い、同じように思って、話しかけにくくて、長く話せなくて。
「そうしたら、いつもあの男を連れていただろう。最初の頃にもらっていた手紙にも護衛の話は書いてあって、すぐにわかったよ。この男かと」
「エルンスト卿は、ただの護衛で」
「護衛でも、君を好きなのは間違いないよ」
「そ、」
そんなことは。と言おうとして、私は黙る。そうではないかと考えつつ、その思いを見ぬふりしたばかりだ。
アルテュール様は座った目を向けて、私をじっと見つめ、やっぱりね。とぽそりとつぶやく。腕を離そうとするので、私は焦って、アルテュール様こそ! と反論した。
「エリサ様はアルテュール様を思っています!」
「興味ないよ。専属で一緒にいるからって、どうしてそうなるんだ。それを言うならば、君も同じで、いつもあの男を近くに寄らせすぎだ。手に口付けなんて許して」
「あれは、私の力を肯定してくれるためにですね」
「はいはい」
「アルテュール様!」
アルテュール様が適当にあしらおうとするのを、私が咎めると、アルテュール様は、フッと微笑んだ。緩めていた腕に力が入り。抱きしめられていた体がさらに密着する。熱い体温が私に滲むように伝わって、私の肌も熱くなりそうだった。
「アルテュール様、熱が」
「うん」
言いながら、私の背中にある腕をすべらせた。首に触れる指が耳に、頬に触れて、唇をつたう。
悦びに満ちたような笑みを見せるアルテュール様の唇が、微かに開いて、私はただされるがまま、身を預けた。
押し当てられた温もりも、何度目か。再び近付いて、思いと一緒に重ねて、軽く食まれたことに驚きながら、温く絡まる深い口付けを、いつまでも交わし続けたのだ。




