12−5 好意
体調が悪いところを押して、私をわざわざ呼んだのだ。私が心配して会いたくても、アルテュール様は違う。ならば、他に意味があるだろう。
私は椅子に座ったまま、無意識にスカートを握りしめた。我慢強いと自負しているが、それだって心に鍵をかけて表に出さないだけ。その鍵が緩めば、破裂したように溢れるだろう。
まだだ。そうしてはいけない。鍵をしっかり閉めて、耐えなければならない。
アルテュール様は私を見つめた。薄青色の、アクアマリンのような美しい輝きは、子供の頃から変わりない。その宝石を欲しがるには私は子供で、似たような石を集めるくらいは、執着があった。けれど、本物のその色は一生手に入らなくなるのだろう。
この間ですら、喉がひりついて乾いてくるのを感じる。
「わたくしと婚約を破棄されたら、エリサ様を婚約者にされるおつもりですか?」
私は声が震えているのがわかった。婚約破棄はしないと豪語していたが、毒を盛ったと噂されあまつさえ牢に入れられた。そんな女と婚約を続けることなどできない。そうして私と婚約破棄をして、次に誰を婚約者と迎えるのか。
他にいないではないか。
「リュシエンヌ、私は」
「存じています。手紙が滞ったときから、そのように理解していました」
だが、いつかそうなるとわかっていても、現実にそうだと言われるのは、覚悟が違った。
私は断頭台に立つ犯罪者のように、旗を振り下ろされるのを待った。
「手紙の事だけれど、私の元にも届いていないんだよ」
「……え?」
「私の元には、一年目以降、一通も届いていない」
アルテュール様の言葉に、私は耳を疑った。アルテュール様は自虐的な笑いをして、ゆっくりと瞬きをした。
「それから、私は何度も君に手紙を送った」
「で、ですが、わたくしの元には手紙など。それに、わたくしが辺境に出発する前から、アルテュール殿下は私を避けていたではありませんか!」
「それは、……婚約してすぐに辺境に行って、離れ離れになるなど、考えたくなかったから。婚約者の私が反対すれば、予定が覆ると思っていたんだ。しかし予定は変わらず、ショックが強過ぎて、体を壊して……。情けなくて言えなかったけれど」
そんなバカな。そう言い返しそうになって、思い出す。
そういえば、私の辺境行きの話が出たあたりから、アルテュール様と会う機会が減り、決まってから急に体調を崩して、エリサが当てがわれた。その後はほとんど会えず、会えばエリサと共にいる姿を見るばかりで、私は婚約を破棄されるのかと不安になったのだ。
「辺境へ行く際も、見送りはなくて……」
「それは、本当に熱で起きれなかったんだ。誰も起こしてくれなくて、目が覚めたときは、もう君は出発していた」
アルテュール様は苦々しげに語り、熱でも見送りするつもりだったのにハンナが、と珍しく悪態をついた。
「一年目はどうだった? 私の手紙は届いていたかい? 返事が遅くて何度も送ったんだけれど、返事が来たとき、君はそれについて書いてこなかった」
「わたくしはアルテュール殿下から手紙が届けば、すぐに返事をしたためました!」
「なら、一年目から時折届いていなかったってことだね」
「そんな……」
私は手紙を待ち続け、届けばすぐに返事をしていた。しかしその手紙は届いていないことがあったということか? 返事がなくても送っていたけれど、それもどこかで処分されていたのだ。
返事におかしいところがあったとしても、日が経っていてそんなものかと飲み込んでいたかもしれない。なにより返事がくることの方がうれしくて。
「リュシエンヌの方にも、私の手紙は届いていたり届いていなかったりしたんだろう」
一体誰がそんな真似を。
二年目からまったく届かなくなったのならば、計画的に手紙を少しずつ減らして、二年目から完全に止めたということなのか?
「では、……エリサ様とは?」
「彼女は医師代わりであって、それ以上ではないよ。君の危惧通り、私と聖女を婚約させようとする勢力がいるのは確かだけれど。それもクリスティナの取り巻き関係だけれどね」
「ですが、こちらでお会いして、わたくしたちはほとんどお会いすることができず」
「侯爵家に手紙を送っても返事は戻ってこない。聖女がいると話ができない。出て行けと言っても出て行かない。だから私は侯爵家に会いに行ったし、聖女をしっかり退けてから、君を部屋に呼んだんだ。私も、リュシエンヌが私と婚約破棄したいのかと誤解して、その話は避けていたし、その上、護衛はいつも一緒だし」
「もしかして、エルンスト卿の話ばかりされていたのは……」
「嫉妬していただけだよ。辺境からずっと一緒なんだろう? 連れてきたわけではないとは聞いたけれど、常に側に置いて……。護衛だからと言われても私と婚約破棄したいのならば……と考えていた。問えば君は彼を庇うのだから、彼と親しいのは確かなのだし」
アルテュール様は頬を膨らませて、大きく息を吐いてその頬をしぼめる。
アルテュール様が嫉妬など、考えたこともなくて、混乱しかない。嫉妬心だけで、何度もエルンスト卿について話してきたと言うのか。
「何があっても奪われたくない人が、男を側に置いている。親密な相手を側にして、冷静でいられると思うかい? いられないよ。怒りを抑えるだけで精一杯だ」
そんな心情を吐露されて、私はなんと答えればいいのかわからなくなった。
私も同じだ。愛している人が女性を側に置いている。親しくしている姿を見て、何か言おうと思いながら何も言えない。そうして、一人苦しんで……。
「では、わたくしはずっと、勘違いを?」
途端、体の力が抜けた。アルテュール様はエリサと良い仲ではなかったのか? エリサはアルテュール様と離れることを嫌がって、私に嫌がらせをするほどだったのに?
だが、エリサも最初は誤解させてしまうようなことを言っていた。後でその話も変わってきたが、エリサとしては当初はそのつもりはなかったのだ。しかし、アルテュール様がエリサを遠ざけるようになって、エリサの態度が変わってきた。
エリサは、アルテュール様の変化に戸惑った。
もしかして、それで自分の気持ちに気付いたとか?
「私も勘違いをしていたからね。お互い、勘違いをしていたんだよ。相手がいて、婚約破棄をしたがっている。どうしてなのかと聞きたいのに、聖女はいるし護衛はいるし」
「では、手紙は、誰が」
「それは、予想はできているけれど、証拠がない。手紙が届いていないと気付いたのも、私が毒で倒れたときで、君の言葉を聞いてからだから」
私が手紙の話を出したことで、おかしいと思い、それを私に問おうとした直後、アルテュール様は毒で倒れたのだ。
だから、調べ始めたのはアルテュール様が目覚めてから。誰が行なっていたのかわからないため、慎重に調べている。




