12−4 好意
アルテュール様宛に、侯爵家から手紙を送ってはいたが、返事は来なかった。まだ眠っているのか、返事が書けないのか、返答が戻ってくるのは諦めていたが、呼び付けられるとは思わなかった。
王宮の、公務を行う区域ではない、王族の住まう居住区。エルンスト卿は入られず、扉の前で別れた。心配げに私を見送るエルンスト卿に見送られて宮殿に案内された私は、アルテュール様の待つ部屋の前で、使いに気付かれないように大きく息を吸った。
ノックの音に、声が届く。掠れたような声だったが、アルテュール様の声だ。
「どうぞ」
使いの男に促されて、私は足を進める。
そこはアルテュール様の寝室で、ベッドでもたれかかって座っているアルテュール様がいた。
扉を閉められて、私はついビクリと肩を上げる。寝室にはアルテュール様しかいない。護衛もハンナもいない。
毒殺を疑われている私と二人きりにするということは、本当に犯人と思われていないのか。
「こんな格好で、すまない」
「いえ、顔色がまだお悪いように思います」
アルテュール様は寝巻きではなかったが、この数日で痩せたのか、頬に張りを感じなかった。目の下にクマも見えて、顔色は青白い。
その姿だけで、毒が相当な物だったとわかる。あのとき、少しでも処置が遅ければ、おそらく。
「死にかけたのは二度目だね」
「アルテュール殿下……」
「冗談だよ」
冗談にならないのに。ならなかったかもしれないのに。
両手を硬く結ぶと、そこに視線が届いて、アルテュール様は私を見上げた。
「……ごめん。本当に大丈夫なんだ。少し、調べ物をしていてね」
「そんな顔でですか?」
「そんなひどい顔している?」
アルテュール様は長い銀髪をいつもと違い軽く結っていて、一房を肩に乗せていた。頬に触れるその髪を耳にかけて、ゆるりと微笑む。時折見せる感情の発露に、私の頬は熱くなった。
何かを読んでいたのか、ナイトテーブルにその紙を置いて、もう一度私を見つめる。
「昔と違って、体は強くなったはずなんだけれどね。そこに座って」
ベッドの隣に配置されている椅子はアルテュール様にとても近く、幼い頃の看病の日々が思い出された。まるで、あの時の再現のように、その椅子に座る。
けれど、ここには、エリサが座っていたのではないだろうか。そんな疑問を持ちたくなるような、その近さ。
「私が意識を失ったせいで、監禁されたと聞いた。牢にまで入れられたと」
「すぐに出ることになりました。気になさらないでください」
「気にするよ。自分の婚約者が、牢に入ったなどと」
「それは……」
アルテュール様の婚約者として、失態の他にならない。
そんな女が婚約者であることに、アルテュール様は羞恥するのだろう。だから、早く出られるように働きかけてくれたのかもしれない。
私ったら、勘違いをして。
「リュシエンヌ?」
「いえ、申し訳ありません。毒に気付くことができず」
「すぐに毒を消してくれたんだろう。聖女が近くにいたおかげで、事なきを得たしね」
私は頷くしかない。エリサが近くにいなければ、アルテュール様は死んでいた。私は何もできず、その亡骸を抱いていたはずだ。自分の無力さを恨みながら。
その聖女があんな性格だったことに、残念さは募るが。
「調べはついていると思いますが、アルテュール殿下が含まれた毒はヤラーニャになります。わたくしと会う前に飲み物を口にしたはずなのですが」
「うん。それについても調べているよ。ただ少し」
アルテュール様は口ごもり、それ以上は言わず視線を下げる。話すにはさわりがあるのだろう。犯人に目星がついているのかもしれない。私は深く追求せず、早期の解決を祈ると話を切る。アルテュール様はどう返すか迷うような表情で、曖昧に苦笑いをした。
それを歯痒く思っても、私は容疑者の一人。簡単に話すことはできない。私が黙っていると、申し訳なさそうな顔をする。
「牢に入れられたせいで、体調を崩したと聞いた。昨日の今日で出てきたようだけれど、体調はどうなんだい?」
「少し熱が出た程度なので、今は問題ありませんわ」
「リュシエンヌ、君にはそんな役割をさせてしまったけれど、毒の耐性はつけたいんだ」
アルテュール様はこの期に及んでも、毒を含みたいと言ってきた。私が渋るのはわかっていたか、答えに間を置くと、苦笑いをした。
「君には申し訳ないと思っている。けれど、必要なことなんだ。頼まれてほしい」
「まずは、お身体が完治してからうかがいます」
「わかっているよ」
毒で犯されて、体調を悪くして、そんな顔色をしているのに、わざわざそんなことで私を呼んだのか。
アルテュール様は歯切れが悪く、眉尻を下げて笑うばかり。
何なのかしら。私はアルテュール様の顔が見れて良かったけれど、アルテュール様はどうして私をここに呼んだの?
「そういえば、前回お渡しした毒はどうなされました?」
「保管してあるよ。大丈夫。悪用させることはないから」
そんなことは心配していないが。悪用されても、たかが舌が痺れる程度だ。
「そのくらいの毒ならば、今飲んでも問題ないんじゃないかな?」
「いけません!」
私がきっぱり断ると、アルテュール様は目を大きく見開く。
しまった、強く言いすぎたか。こういうところが可愛くないのだろう。天真爛漫にただ笑っているような性格は持ち合わせていないので、真面目が過ぎると嫌がられるかもしれない。
しかし、アルテュール様はなぜか小さく笑った。
「リュシエンヌは相変わらずだね。いつも私に遠慮なく注意をくれる」
「申し訳ありません」
「せめているわけではないよ。懐かしいと思っただけだ。私は体が弱かったからね。無茶をして熱を出せば、一緒にいた君が怒られたのは知っていたし、食べ物に関してもよく見ているように言われていたのだろう? どれを食べてはいけないとか、何度も注意された。それが私の体が弱いせいだと、よくわかっているよ。いつも、損な役割をさせていたなと」
そういえば、そんなことがあったのを思い出す。だが、私はそんなことを気にした覚えはなかった。アルテュール様のために役立ちたい一心で、次は気を付けようと思うだけだったからだ。
しかし、私の言い方はきつかったのだろう。子供の頃は特に、目を光らせなければならないという使命もあって、小姑並みに小言を繰り返していた。
だから嫌われても仕方がないのだと理解するくらいには。
「今日君をここに呼んだのは、婚約破棄についてなんだ」
私はギクリと体を強張らせた。
ああ、やはり。ここで言い渡されるのか。




