12−3 好意
「もう、出て行ってちょうだい。あなたがどれだけわたくしに無礼な真似をしたか、よくよく考えることね」
「でも、あなたが王子様に薬草を与えたのよ!?」
「聞こえなかった? 出て行けと言っているのよ」
私が静かに命じると、エリサは肉でも噛みちぎるように歯噛みして、鼻息荒く踵を返した。エルンスト卿はビートを引っ張って立たせ、部屋から押し出す。ビートは腕を押さえながら、這う這うの体でエリサを追いかけた。
嵐が去った後の部屋を見回して、私は大きくため息をつく。
「デラージュ聖女様。申し訳ありません。いきなり癒しの聖女様がやってきて」
「大丈夫よ。先に頬を冷やしていらっしゃい。腫れてきているわ。ビートにやられたの?」
ラチェットは泣きそうな顔をしながら、コクリと頷く。私は薬を作ってやるからと言って、ラチェットの肩を撫でてやった。ラチェットは鼻を啜りながら研究室を出ていく。
「ニーネも、大変だったわね。怪我はない?」
「ありません。申し訳ありませんでした。癒しの聖女様だったので、私たちでは対処できなくて」
「気にしなくていいわ」
「あの、少し風に当たってきていいですか?」
「大丈夫よ。行ってらっしゃい」
二人が出て行って、私は床に落ちた本を拾い上げた。踏みつけた跡まである。揉み合いになって、本棚から落ちたのだろう。エルンスト卿は箒を持ってきて掃き出す。また薬草が駄目になってしまった。
それを見ているだけで、沸々と怒りが湧いてくる。どこまで馬鹿にすれば気が済むのだろう。散々煽り散らしているのはエリサの方だ。あれでアルテュール様の専属なのだから、無性に腹が立つ。
クリスティナ王女もエリサも、どうしても私の足を引っ張りたいようだ。
ラチェットもニーネも、私の研究を手伝っていることで、嫌な思いをしている。それをクリスティナ王女とエリサが煽っているのだ。
悔しい。あんな奴らに負けたくない。犯人を見つけても、毒を扱うからと、永遠に言われるのだ。それがわかっているから、なおさら腹立たしい。
辺境で功績を上げようと、なんの関係もないのだ。私は毒の聖女で、誰かを殺せる力を持つ者だから。
「リュシエンヌ様」
エルンスト卿に声をかけられて、私はハッとした。
「あ、ラチェットの薬草作らないとね。打ち身と擦り傷。爪の跡もあったから」
「俺は、リュシエンヌ様についていきますからね」
「エルンスト卿……」
何も言っていないのに、そんなふうに言われたら、私だって涙腺が緩みそうになる。
「あは、ありがと。次からは警備の兵士でもおいてもらおうかしらねえ。扉の前で、癒しの聖女侵入禁止って。別の毒でも投げ込まれたら困るし」
私は顔を見られないように後ろを向く。本当は泣きたくても、侯爵令嬢としてそんな姿は見せられない。エルンスト卿はきっと優しく宥めてくれるだろう。だが、そんな心を見せるわけにはいかない。彼は護衛で、弱音を吐く相手ではない。
弱音を吐いたが最後、すがってしまいそうになるから。
「リュシエ……」
「戻りました!」
「すみません。戻りました。すぐ片付けます」
ラチェットとニーネが一緒に戻ってきた。エルンスト卿は何か言いたそうにしたが、何でもないと言って、扉の近くで片付けを始める。
私は内心安堵した。自分の心が弱すぎて、側にいる人を頼ろうとしてしまう。でもそれは、お互いに選ぶ道ではなかった。
私はラチェットの手当てをしてやり、ニーネは掃除を始めた。みんな文句も言わず片付けて、机も床も、綺麗に磨き上げてくれた。
「みんな、ご苦労様。お茶を淹れましょう」
「デラージュ聖女様が淹れてくれるんですか!?」
「デラージュ聖女様、私がやりますから」
「俺も、リュシエンヌ様のお茶が飲みたいです」
ラチェットの言葉にニーネが目くじらを立てたが、エルンスト卿がのるので、ニーネが二人に睨みを効かせた。エルンスト卿は肩を竦ませて、「リュシエンヌ様のお茶はうまいんだよ」と茶器の用意をしてくれる。辺境ではよく淹れていたので、久しぶりに飲みたかったようだ。
「おいしい!」
「おいしいです」
二人に褒められて、私はにやけそうになる。エルンスト卿は当然だろうと言わんばかりに口にして頷いていた。彼らの信頼を得たのだと言われているみたいで、なんだか心がくすぐったかった。
お菓子も出して、やっとゆっくりできると、ラチェットがぽそりとつぶやいた。
「僕、デラージュ聖女様が毒を入れたなんて思ってませんから」
「私もです。こちらで働いていると、とても勉強になります。研究はやめたりされないですよね?」
私は面食らった。ラチェットとニーネはやめる気はないと、力強い瞳で見つめてくる。
二人には、これから続けられないようならば、機関に連絡して他の癒しの聖女につけるように連絡するつもりだと言おうと思っていたのに。
「やめないわ。やめる理由がないもの」
「良かった!」
ラチェットの喜びとニーネの安堵を見て、私は突き上げるような喜びを胸に感じた。
辺境の頃のような信頼を、この城の中で受けられるとは思わなかった。頬が緩み、顔を綻ばせると二人はなぜか顔を赤らめる。
「デラージュ聖女様って、そんな笑い方もされるんですね」
「え? 変な笑い方だったかしら」
「全然! 美しすぎてとろけました!」
ラチェットの言葉に、私はつい笑ってしまう。ニーネが呆れ顔をして、エルンスト卿は苦笑していた。
四人で話して、笑って、それは久しぶりの、城に来て初めての穏やかな時だった。
ノックの音が響いたのは、そのすぐ後だ。
「デラージュ聖女様、王太子殿下がお待ちです」




