12 好意
「リュシエンヌ様。お守りできなかったこと、お詫びのしようがありません」
屋敷に迎えにきたエルンスト卿は、開口一番私に謝罪の意を示した。
「何を言っているの。ちょっと、頭を上げてちょうだい。みんな見ているわ」
メイドたちが見送りで待機しているところで、エルンスト卿が地面に膝を突いたので、メイドたちがニヤニヤしたのがわかった。
「いいから、もう、馬車に乗って」
私はエルンスト卿を促して、馬車に乗るためにエスコートをさせる。それでもエルンスト卿は申し訳なさそうにして、やっと頭を上げると、泣きそうな顔をして私を馬車に乗せた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。お気を付けてー!」
メイドたちがニコニコしている理由はわかっている。
目の前にしょんぼりして座っているエルンスト卿を見て、私は決まりが悪かった。
屋敷のメイドの中で、エルンスト卿の人気が上がっているのだ。特に私専属のメイドたちは、辺境でアルテュール様からの手紙が滞ったことを知っているので、アルテュール様に良い印象がない。そして今回のクリスティナ王女の件。王族への批判が強まったのである。
そこでエルンスト卿の献身的な態度と、焦燥して私を抱いたまま屋敷にやってきたのを見て、エルンスト卿って素敵ですよね! となったらしい。
『お嬢様とは身分があいませんけど、いいですよね』って、何を言っているやらだわ。
勝手に私の相手にされるエルンスト卿が可哀想ではないか。
「体調はいかがですか?」
「大丈夫よ。慣れない場所で過ごしたから、ちょっと熱が出ただけなのだし」
「慣れなくて当然です! 侯爵令嬢を、聖女であられる方を、牢に入れるなど!」
毒の聖女の中には、捕えられて死刑になった者がいるので、何とも返しがたい。もちろん、私が毒でアルテュール様を殺そうとしたわけではないので、私を牢に入れるのは話が違うが。
聖女でも、死刑になる。罪を犯せば、罰を受ける。それが冤罪でなければ。
冤罪で死刑なんて、とんでもないわ。アルテュール様が目を覚まして擁護してくれなければと思うと、ゾッとするわね。
「でも、あなたのおかげで、早く出られたのよ。ありがとう」
「それでも、次の日になってしまいました」
エルンスト卿は、またも肩を落とす。私が牢へ連れていかれた時、エルンスト卿は何人もの兵士を相手にして戦っていた。しかし、多勢に無勢。大人数に伸し掛かられて身動きができなかったそうだ。怪我もしたらしく、侯爵家の計らいでエリサとは違う癒しの聖女に癒しをもらった。
そのせいか、いつもは堂々として私の前に立ち、魔物や無礼な者たちの盾になってくれているのに、今ではしぼんで小さくなっている。戦っている姿からは想像できない可愛らしさを感じて、私はつい笑いそうになった。
エルンスト卿は真っ直ぐながら、冷静な判断を持ち、しかし熱い心を持っている男性だ。メイドたちの人気があるのも理解できる。
私はまじまじとエルンスト卿を見つめた。
そういえば、辺境でも人気があった。子爵令息の次男で騎士だが、真面目な性格で剣の腕がある。私にいつもついているためわかりにくいが、私と一緒にいないときは、よく令嬢たちから視線を集めていた。
辺境を出ることになり、令嬢たちは涙を飲んだことだろう。婚約相手として狙っていたかもしれない。
「エルンスト卿は、恋人はいないのよね」
「え、な、なんですか。急に」
「いえ、もったいないなって思って」
「もったいない?」
「かっこよくてできる男を、わたくしが独り占めしていると思って」
「か、ゴホン。そんなことは」
「謙遜することないわよ。メイドたちの人気もすごいんだから。世の令嬢たちに申し訳ないわよね。どなたか好きな人とか、つくる暇なんて、ないわよね」
「それは……」
言っておいて、一番邪魔をしているのは自分だと気付く。ばつが悪くて、言ってから後悔した。
「えーと、だからね。感謝しているの。改めて礼を言わせて」
エルンスト卿は一度眉尻を下げて困ったような顔をしたけれど、瞬きをすると私を見つめた。
その視線は何かを訴えるような、熱を持つような視線で、それを受けていると、なぜかそわそわするような、居心地の悪さを感じた。
「そろそろ到着しますね」
「え、ええ」
「どうぞ、リュシエンヌ様」
馬車が停まって、エルンスト卿は私の手を取る。ただ馬車を降りるだけなのに、その手の体温がやけに熱く感じた。エルンスト卿が私から視線を外すことなく、私を食い入るように見つめたからだ。
まさか、よね。
私は一つの過程を頭に浮かべて、すぐに打ち消す。
そうだとしても、どうにもならないし、エルンスト卿がそんな非現実的なことを口にするはずがない。私は王太子殿下の婚約者で、侯爵令嬢。エルンスト卿は騎士で男爵次男だ。
身分はどうやっても覆らない。それを覆すにはこの国の根底を覆すものだ。
それに、そんなことは関係なく、私はそれでもアルテュール様を選んでしまう。
笑えるわよね。これだけ蔑ろにされてきたのに、それでもアルテュール様がいいなんて。
けれど私は毒の聖女となって、アルテュール様が私に言ってくれた言葉を心の支えにしてきたのだ。
私は後ろからついてくるエルンスト卿を背に、その熱を感じるまいと前を見据えた。
城に入ると、別の視線を感じてくる。気のせいではない。私が歩む姿を捉えて、じっと見つめたり、一緒にいる相手と何かを話したりする。その雰囲気は、パーティでも感じたものだ。
「……リュシエンヌ様」
「大丈夫よ。たいしたことではないわ」
エルンスト卿も気付いていると、私にだけ聞こえる声で話しかけてくる。私は問題ないと、周囲を見ることなく足を進める。
「――やはり、毒花の聖女だから」
「そうなるのではないかと思っていた」
「聖女様が助けられたそうよ」
私が牢屋に入れられたことは、皆が知っているのだろう。通りにいる貴族たちが、私について口にする。そんな噂をされるだろうと両親も言っていたが、思ったより声が大きい。未だ犯人が捕まっていないのだから、当然かもしれないが。
それでも、侯爵令嬢を前にして、声が大きすぎるわね。




