2 毒の聖女
「こちらが、デラージュ聖女様の研究室になります」
王城の一角に、私の研究室が当てがわれた。毒の聖女は私一人。辺境でも行っていた通り、毒の研究を進めろとのお達しだ。広さはそれなりにあったが、研究室という体はなく、執務室のような作りだった。ここに魔物を運んで良いのか、不安になる。
せめて床の絨毯は張り替えてもらった方が良さそうだ。
なんでこんなにふかふかなの? 薬剤も使うのよ? 液体を垂らしてシミになったら悪いわよね?
辺境は石でできた砦のような建物だったので、気兼ねなく魔物を搬入していたが、さすがにこの部屋では申し訳なくなってくる。
それだけこちらは魔物が少なくて、小さな魔物くらいしか生息していないからだろうけれど。
ならば、私はどうしてここに戻ってきたのだろう。辺境で、魔物相手に毒の聖女の力を使っていた方が良かった気がする。
「は、初めまして! デラージュ聖女様の手伝いをさせていただきます。僕はラチェット、隣がニーネ、その隣がビートになります」
部屋にいたラチェットと言った小柄の男は、緊張した面持ちをしていて、私が視線を向けると恥ずかしそうにした。真ん中にいた女性のニーネは身長が高く、ラチェットより大きい。表情はなく、私が見ても黙礼するだけだ。右の男、ビートは、いかにもぶすくれた顔をした。私の助手であることが不満で仕方なさそうである。
彼らは白銀の盾と呼ばれる機関から選出された。医師などとは違い、癒しの聖女を補佐するために薬草などの扱いを学ぶ機関だ。癒しの聖女も同じ機関に所属した。癒しの聖女たちは主に癒しの力を伸ばすためだが、彼らと共に薬草についても学ぶ。機関のルールは癒しの聖女も補佐も同じ、白銀の盾から派遣されて、従事する。
だから不満があるのだろう。機関から王城に派遣されると聞いて、聖女違いだったのかもしれない。ビートが舌打ちしたのが聞こえた。
私は毒の聖女で、機関には所属しない。代わりに医師や薬師などの師事を仰いだ。癒しの聖女は数がいるが、毒の聖女は一人。教えに失敗があってはならないという理由だ。幼い頃に間違って誰かを殺しては困るし、毒の聖女は国のために戦争に行くことが多いからだろう。
「リュシエンヌ・デラージュよ。この研究室では、魔物に使う毒の研究を行います。毒草の知識はあると聞いているけれど、毒を作る経験はないと思うから、先に注意しておくわね。研究所は危険なものが多いので、気を付けて扱ってちょうだい。扱いを間違えると、怪我をするのはあなたたちになるのだから」
「どのような毒を作る予定なんですか?」
手を挙げて発言したのはニーネだ。隣にいたラチェットが、表情を強張らせてニーネの服を隠れて引っ張る。質問くらいで怒ったりしないのだが、毒の聖女を前にして恐怖があるのだろう。それは仕方がない。自分がどんなふうに言われているか、よく知っている。
「こちらでは、寄生型の魔物が増えていると聞いているわ」
「野犬などに取り憑く魔物ですね。ですが、野犬ごと殺しているはずです。そんな毒が必要でしょうか?」
「そうですよ。だったら、癒しの聖女様のために薬草作りした方が良くないですか?」
ニーネの話に、ビートが口を挟む。ニーネは表情がないため意図は計り兼ねるが、ビートは明らかにバカにした物言いだった。ラチェットが小声でビートを叱咤する。
「癒しの聖女の助手は、募集していないの?」
「そりゃ。人気ですから」
「あらそう」
悪かったわね。人気がなくて。
そんなに癒しの聖女を補佐したいのならば、出ていって構わないのだが、初日だ。今の発言は聞かなかったことにしよう。いちいち面倒な者を相手にしたくない。
「毒の依頼は、王都騎士団からよ。外郭守備隊から要望があったようね。貴族が都の外に出る際に襲われることが多いためと聞いているわ。商人や村人が襲われることも多いのでしょう。近くに助けられる兵がいればいいけれど、そうでない場合、毒が使えた方が良いとのことね」
森を歩けば、害獣が出てくる。それを退治するようなものだ。こちらは大きな魔物は少ないが、野犬や小動物に取り憑いて、人を餌に襲うことがある。私が聞いた例は、カラスの群れに襲われたというものだった。高位貴族であれば騎士がいて対処できるのだろうが、そうでない者たちは苦労する。魔法が使えない者は多いのだから。
外に狩りに行ってウサギを獲ったら、逆に襲われたなんてことが起きれば、どうにかしてくれとなるだろう。家畜が魔物に寄生されることもあるとか。
都から出ない者たちには、わかりにくい話だろうが。
ビートは不満げな顔を隠しもしなかったが、ニーネは納得できたと頷いた。ビートはともかく、ニーネは話せばわかってくれるタイプのようで、安心する。
「扉が開いていたので、失礼致します。聖女様の護衛を任されることになりました、ブラウアー・エルンストと申します」
「エルンスト卿?」
ノックの音と共に入ってきた男に、私は駆け寄りそうになった。
「辺境でお別れして以来ですね、リュシエンヌ様」
「あなたが護衛になるとは思わなかったわ。言ってくれれば良かったのに」
「驚かせようと思いまして。再び貴方様の護衛ができること、感謝いたします。リュシエンヌ様に助けられたこの命。命を賭してお仕えいたします」
「もう、大袈裟よ」
エルンスト卿は私の前で膝を突くと、私の甲に口付ける。キザな登場だが、会えると思っていなかったので、私は頬を綻ばせた。
ブラウアー・エルンスト男爵子息。辺境で私の護衛をしていた一人だ。




