1−2 聖女
大きな声が届いて、私の前でクリスティナ王女が吹き出した。そんな声を出したのは、もちろんエリサだ。エリサが大声で、『毒の聖女』と呼んだのがおかしかったのだろう。クリスティナ王女は意地悪い顔をして、エリサに振り向く。
「まあ、聖女様は、毒の聖女をご存知でしたっけ?」
「三年前も何度か会いましたよ? 三年も、長かったですよね。それに、すっごく綺麗になられて、私なんて、こんななのに」
エリサは自分の平らな胸を押さえて、チラッと私の胸を見やる。こんなに大勢の人が聞いているところで、よくもそんな話題をよこすものだ。私は人より発育が良いため、胸は大きい方だが、こんな場所で話す話ではない。しかし、クリスティナ王女はこれ幸いと、後ろについていた令嬢たちとクスクス笑った。
「毒が胸にいったんじゃない?」
誰かの声が聞こえて、私はそちらを冷めた目で見やった。まだ顔と名前は一致していないが、三年前の姿と名前はあらかた覚えている。髪色と目の色から、クリスティナ王女の取り巻きの一人だとすぐわかった。
私の横目にビクリと肩を揺らすので、私の冷えた瞳は王女の取り巻きにも効くようだ。自慢ではないが、私はいかにも毒の聖女と言われる見目をしているらしい。知的な美人だ、秀麗だと言われることはあるが、眇めた目をすると、迫力があって怖いとも言われる。身長も高い方で、昔はアルテュール様より身長があった。今のアルテュール様は、私が見上げるほど大きいけれど。
アルテュール様にも話は聞こえていただろうか。エリサがこちらに来たので、ついてくるように後ろから歩いてくる。
アルテュール様は私を見てから、なぜか視線を左右に泳がせた。まるで私にやましいことがあるように直視できないみたいだ。
「アルテュール殿下にご挨拶を」
私は何事もないように挨拶をする。実際の心の中は荒んで、風がビュービュー吹いているけれど、それを悟られたくない。隣にはクリスティナ王女がいて、アルテュール様の側にはエリサがいる。私が隙を見せれば、クリスティナ王女はしつこくそこを突いてくるだろう。
なのに、アルテュール様から返ってきた言葉は、私を貶めるような言葉だった。
「それよりも、久しぶりに会う者は多いだろう。時間は有効に使ったほうがいいよ」
私は固まった。久しぶりに会ったのは、あなたも同じなのだが、その時間はあなたに使ってはいけないのか?
「そうですよ。久しぶりに帰ってきたんですもん。皆さんが挨拶したがってますよ!」
エリサが追い討ちをかけてくる。クリスティナ王女はもう耐えられないと、扇で口元を隠して笑い声を出した。
「そのようにいたしますわ。では、失礼いたします」
私は踵を返し、私に挨拶をしたがっている者たちの方へ歩き出す。
クリスティナ王女には隙は見せない。私の今の返答で、笑い顔をやめて、舌打ちしそうな目をしていた。私が泣きそうな顔でもすると思っていたのだろう。
泣きたいわよ。どうして、エリサにそんなことを言われなければならないの?
アルテュール様も、アルテュール様だわ。どうして、私を追いやるの?
喉元から、問い詰める声が漏れそうになる。それをグッと堪えて、私は微笑みを称える。私が何かをしたの? あなたに嫌われるような真似を、私がしたの?
アルテュール様は十五歳の頃、専属の癒しの聖女を迎えた。それがエリサだ。エリサは私と同じ歳で、当時十四歳。本来ならばベテランの癒しの聖女がつくはずが、歴代の癒しの聖女の中で力があると、年若いエリサが選ばれた。私が辺境へ行く、半年ほど前のことである。
エリサは私と入れ替わるように、アルテュール様の側に控えるようになった。アルテュール様が病になっても私は会えないが、エリサは会える。エリサが癒すのだから当然でも、同じ聖女なのに何もできないのが悔しかった。特にその半年は、アルテュール様の体調が思わしくなく、ほとんど会うことができなかったからだ。
そして私は、アルテュール様に別れの言葉を伝えることなく、辺境に旅立った。
私は辺境で何度も手紙を書いた。最初の頃はアルテュール様も返事をくれたが、突然ぱったりと返事が来なくなった。
どうしてなのか、何度も手紙を送っても梨のつぶて。辺境にやってくる貴族から噂を聞いて、私は不安に駆られた。アルテュール様は聖女エリサと仲睦まじく、王城でも二人でいる姿をよく見ると、何度も耳にしたからだ。
エリサはたんぽぽのような金色の髪を緩く編んで束ねていて、新緑のような明るい緑色の瞳をしている。癒しの聖女らしく、天真爛漫で、周囲を明るくするような元気のある女の子だ。
私は毒の聖女で、癖のある黒髪。瞳は血が酸化したような錆色。顔は整っていても、目つきは冷えて、口を閉じているだけでも怖さを感じると言われるような女。
二人を比べて、男性がどちらを好むかと言ったら、みんな同じことを言うのだろう。
毒の聖女より、癒しの聖女の方がいい。
私がアルテュール様ずっと聞きたかったことは、どうして突然手紙の返事をくれなくなったのか、だ。私は何度も手紙をしたためたのに、アルテュール様は急に一通の手紙も返してくれなくなってしまった。
けれど、理由はもうわかっている。
会いたかったのは、私の方だけ。
アルテュール様の側で、エリサが屈託なく笑っている。私はたった一人、三年前に取り残されたみたいだった。




