1 聖女
「リュシエンヌ・デラージュ侯爵令嬢。良くぞ戻ってきてくれた。三年もの間、辺境で多くの活躍をしたと聞いている。多くの民を救ったと」
「もったいなきお言葉でございます」
「リュシエンヌ聖女に、栄誉を称える」
多くの貴族たちが集まる広間で、私は王より褒賞を賜った。多くの宝石や金塊、報奨金だ。聖女の仕事にしては褒美が多い。
毒の聖女として辺境での三年間の従事。辺境を圧迫していた魔物の討伐と、その対処法の研究の成果を評価されたようだが、九割はそれで、あとの一割は、この国唯一の王子の婚約者を、三年間も辺境に追いやった詫びだろう。
「あれが、毒花の聖女? もっと子供だったのに」
「三年も辺境にいたんだな」
「いかにも毒花って感じに成長したようね。あの顔」
「美しいじゃないか」
「雰囲気が鋭いわよ。聖女様とは違うわ」
聞こえているわよ。
周囲に囲まれて挨拶を受けていると、そんな声が耳に入る。目の前の貴人とにこやかに話を交わしながら、私の耳は悪口ばかりを捉えた。
「魔物を一撃で殺す毒を持っているんだろう?」
「聖女なのに、癒すことはできないんですって」
「毒の聖女は珍しいんだよ。ここ百年くらいは生まれていなかったんじゃなかったか?」
正確には、百二十一年目よ。
「でも、毒の聖女って、大昔に王子を殺そうとしたのでしょう?」
違うわよ。王子と浮気相手を殺したのよ。殺そうとしたんじゃなくて。
「それが、王太子殿下の婚約者?」
「美しくなられましたね」
「まあ、ありがとうございます」
昔の私を知っている公爵夫人が、私に笑いかけてくれる。そんな人の前で、眉尻を上げるところだった。
私は目の前の話に集中する。他の者たちの話を聞いていると、この場で毒でも撒いてやりたくなってくる。
——毒の聖女。百年に一人生まれるか生まれないかの珍しい力を持つ者。毒を簡単に与えられるうえ、一切の毒が効かない。どんな毒でも一目見ればわかり、成分すらもわかる、毒に特化した力を持つ者。
毒殺なんてお手のもの。戦争となればいの一番に駆り出される。
さらに、毒の聖女にはいわくがあった。
その昔、戦いから戻ってきた毒の聖女が、婚約者の王子と浮気相手との同衾を目撃し、その場で王子とその浮気相手を毒で殺したのだ。歴史の勉強をすると必ず出てくる話である。
そして現在、次の毒の聖女である私が王子の婚約者となったわけだが、何度となくその過去の例を出され、話題になってきた。
もう聞き飽きた話題だが、噂したくなるのだろう。そんなことにいちいち耳を傾かせたくないが、どこからともなく入ってくるため、嫌でも耳に入ってくる。
「アルテュール殿下とは、もう話をされたのかしら?」
「はい。こちらに戻ってすぐに」
私は公爵夫人の会話に耳を戻し、何でもないように笑みを称える。
この間のあれを、話をしたと言うのならば、だが。
「アルテュール殿下も変わられたでしょう? 三年前ならば、身長もあなたと変わらなかったはずだわ。最近では体も強くなって、剣を振ることもあられるそうよ。聖女様のおかげでしょうね」
聖女様。一般的にそれは癒しの聖女を指す。私は聖女でも、毒の聖女だ。
「やっと帰ってこられたのだもの、結婚も間近でしょう」
公爵夫人は結婚式が楽しみだと微笑むので、私も同じく微笑んでおいた。それが本心からの言葉かどうかはわからないが、私は笑うしかない。
ちょうど、アルテュール様の隣には、愛人と噂される聖女エリサが隣にいるのだから。
アルテュール様は、挨拶回りの貴族たちに囲まれていた。私の側に来ようとする気はないか、順番にやってくる者たちを捌いている。
私もその列に並ばなければならないか。私はずっと、アルテュール様としたい話があったのだ。前回はエリサに邪魔をされ、部屋から追い出されたが、今度はそうはさせない。私は背筋を伸ばし、誰にも気付かれないように、大きく息を吸い込む。
聞きたいことがある。もうずっと前から聞きたかった。あなたは私からその機会すら奪うつもりだろうか。
三年ぶりに会ったのに、まともに話をしようとしない。
私のことなど、どうでも良かったのでしょうね。なにせ、辺境に出発する前だって、見送りもしてくれなかったのだもの。
私はアルテュール様にゆっくりと近付いた。アルテュール様の視線が目の前の者たちから外れて、こちらを向きそうになったとき、私の前にまたも邪魔が入り込んだ。
「帰ってくるとは思わなかったわ」
やけに鋭く喧嘩腰な声に、私は微笑みを深くした。三年前に比べて大人になり、一瞬誰かと見紛ったが、こんなに偉そうに私に声をかける女性は、一人しかいない。
「クリスティナ殿下。ご機嫌麗しく存じます」
「あなたが帰ってくるまではご機嫌だったわ。そのまま辺境にいた方が良かったのではなくて?」
私もあなたがいるとご機嫌斜めになりそうよ。そんな言葉を我慢して、私は微笑みを崩さす、クリスティナ王女を見つめた。残念ながら、相手は王女だ。喧嘩は買えない。
「お兄様には別の聖女がいるのよ。知っているでしょ? あなたが辺境に行く前から、お兄様の専属になったのだもの。あなたの居場所なんてないのよ。もしかして、気付いていなかった?」
意地悪く笑う顔が、幼い頃のクリスティナ王女を彷彿とさせる。三年くらいでは性格は変わらないのだとわかり、私は溜め息をつきたくなった。相変わらず、私を目の敵にしているようだ。
「クリスティナ殿下、アルテュール殿下に専属の聖女がつくのは当然ですわ。アルテュール殿下は次期王ですから。王太子殿下の側に癒しの聖女がつくのは、この国の慣例です」
「はっ。強がっちゃって」
その指摘は間違っていないが、ここで弱さを見せるわけにはいかない。
クリスティナ王女はアルテュール様の腹違いの妹であるが、婚約者の私にたいそうあたりが強い。それは昔からで、その理由は王女にあるのだが、反省もせずに私に突っかかってきていた。久しぶりに会ってその火は鎮火していると思えば、ぼうぼうに燃え盛っているようだ。なんなら、前より激しくなっている。
フン、と鼻を鳴らす姿が、王女とは思えない。アルテュール様はほとんど感情が表情に表れない方だが、クリスティナ王女は嫌悪感を丸出しで私を笑った。顔はあまり似ておらず、雰囲気も、兄が氷ならば妹は火のように違う。
アルテュール様は、水色の混じった銀色のまっすぐな髪を背中に流しており、軽く結んでいた。その髪型が似合った、中性的な顔立ちをしている。長いまつ毛に瞳の色は深い海に浮かぶ厚い氷のような薄い青。人形のように整った顔、色素の薄い肌、体が弱いため、青白くもある。
まとう色が寒色のせいか、冷たい雰囲気を持っており、無口であまり口数の多い人ではない。けれど話せば柔らかい口調で、微笑みは愛らしい人だった。今はどうか知らないが、昔は可愛らしかったのだ。
クリスティナ王女も幼い頃から可愛らしい顔立ちをしていたが、性格のキツさが顔に出ており、口を開くと人を罵る言葉ばかり出てきて、私はいい印象がまったくない。小柄で華奢だが、炎のような激しさを持っていて、一度近寄っただけでその勢いで燃やされそうな気がしてくる。
今まさに、着火された気分だ。
「あ、あそこにいるの、毒の聖女様ですよ!」




