0 プロローグ
三年。三年だ。
私は幼い頃に決まった婚約者に、三年ぶりに会うため、王城へ足を踏み入れた。
懐かしい城。婚約して、彼に会うために、何度もこの道を通った。
私の心は踊りながら、けれど三年の間、ほとんど手紙を返してくれなかった婚約者が、どんな顔をして私を迎えてくれるのか、不安でいっぱいになっていた。
「通せ」
扉の向こうから聞こえる、婚約者の声。自分が知っている聞き慣れた高めの声とは違い、落ち着いた、耳に通る少し低めの声に、なぜか身震いする。
会っていない間に声変わりをしたのだと気付くと、私の心臓は跳ね上がりながら、しかし、それだけ疎遠になっていたことに胸が苦しくなった。
近衛騎士が了承を得て、ゆっくりと扉を開く。その先に見える、銀のきらめき。
変わっていない、私の婚約者、この国の王太子殿下、アルテュール様の髪色。
しかし、私はギクリとする。隣に、金の色彩が目に入ったからだ。
「王子様、念のため、加護をかけますね」
一瞬、何をしているのかわからなかった。
扉が完全に開き、私はその姿を目の当たりにする。
金髪の女性が、アルテュール様の額に手をかざし、加護を与える姿を。
「あ、ごめんなさい。もう少し早く、毒の加護をつけるべきでした」
女性は私に謝りつつも、アルテュール様を見つめて、うふふ、と無邪気な笑いを見せる。
毒の加護? 私は二人の姿を目に映したまま、復唱しそうになる。
私の前で、毒に対する加護を、与えたの?
その意味を、どう解釈すればいいのか、私は震えそうになる手をぎゅっと握りしめた。
「リュシエンヌ」
私の名を呼ぶアルテュール様の声に、私はハッとする。アルテュール様の声は私の内耳に染み込むように届いたが、しっとりした声音は、まるで知らない人の声のような気がした。
声だけではない。私より年上ながら、女の子のような愛らしい顔をしていた人が、頬の丸みがとれて鼻筋が通った顔になり、肩の幅や長い手足が青年らしい骨格を見せ、伸びた身長は別人のようだった。
私は静止したままだったのに気付き、すぐにスカートを摘んで礼を執る。
「アルテュール殿下にご挨拶を申し上げます。ただいま、辺境より戻りました。お久しぶりでございます」
「お久しぶりですね! あ、私のこと、覚えていらっしゃいますか? 癒しの聖女の、エリサです!」
先に答えたのは、隣にいた女性だ。
エリサ・ペルリラ男爵令嬢。アルテュール様の、専属の癒しの聖女。
聞いてもいないのに、先にエリサが答えるので、私は引き攣った笑いをしそうになった。
「王子様、毒の聖女様と、ずっと会っていなかったんですか?」
「聖女、」
「はい」
「は」
アルテュール様の問いかけに、エリサと私が同時に返事をする。
「あ、毒の聖女様も聖女様でしたね!」
あっけらかんと言ってくるエリサに、私はただただ罵声を浴びせそうになる気持ちを抑えて、口を結んだ。開いたが最後、何を言うのか自分でもわからない。
三年ぶりに婚約者と会うのに、席を外そうという発想もないの?
それとも、アルテュール様が、彼女を離さないわけ?
聖女というのはエリサのことを指していたようで、アルテュール様は長いまつ毛を頬に落として、表情なくエリサに目配せをする。その目配せの意味がエリサはわかっていると、にこやかにアルテュール様に笑顔を向けた。アルテュール様とエリサは通じ合ったのか、アルテュール様は一度小さく息を吐いて、私に視線を変える。
「リュシエンヌ、君の両親には会ってきたのかい?」
「いえ、そのままこちらに参りましたので」
「ならば、早く帰るといいよ。三年もの間、ご苦労だったね」
「お疲れ様でした。早く帰ってあげてくださいね!」
今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。私は震えそうになりながら、もう一度礼をして、開かれた扉に向かう。
三年。三年の間、会うことができなかった、私の婚約者。
その人との三年ぶりの対面。与えられたのは、ほんのわずかな時間。
「ははっ」
先ほど通ったばかりの廊下を歩みながら、私は小さく声を漏らした。
私は一体、何のためにここに来たのかしら? 婚約者に会いに、誰に会うより先に城へやってきたのに、言葉はあれだけ。そして、別の女性を同席させている。
三年。その三年で、ここまで邪険にされるとは。
口を閉じて、嗚咽を漏らしそうになるのを耐える。
どうして、私たちは婚約したのだろう。




