10−4 お願い
何度繰り返せば済むのかしらね。
期待して、けれど裏切られて、そのたびにアルテュール様は私の心を掻き乱すようなことをしてくるのだ。私をたばかっているのか? しかし、あの久しぶりに見た柔らかな微笑みに、そんな裏心はないようにも思える。
よくわからないわ。あの方が何を考えているのか。
私に好意的に見せはじめたことも、また私を混乱させる。
「リュシエンヌ様も、何かございましたら、どうぞお声をおかけください。そういえば、お二方は、こちらでもご一緒なのですね」
「私の護衛に、エルンスト卿が立候補してくれたのよ」
「そうでしたか。エルンスト卿も、ご入用な物がありましたら、ぜひ」
ステンロース伯爵子息はエルンスト卿にまで営業をかけて、うっすらと微笑んだ。不敵な笑みが私の心を嘲笑うようだ。
私たちはそのまま通り過ぎて離れたが、ステンロース伯爵子息はまだこちらを見送っていた。口元は上がっていても、冷えた視線はそのまま。何か恨まれることでもしただろうかと、身震いしそうになる。
「嫌われているわね」
「あれはおそらく、俺に対してでしょうね」
「なぜ?」
「お互い嫌っているってだけですよ。好みが同じなんでしょう」
「好み?」
「次から、会わないようにしたいものですね」
何のことだろうか。エルンスト卿は軽く笑って、その話を切り上げる。
ステンロース伯爵子息は私に対していつでもあんな感じだったから、一番嫌われてるの私じゃないのかしら?
◇
アルテュール様に取り次ぎを願って、私は客間に通された。
「仕事が早いね」
「そこまで時間がかかる物ではありませんので。こちらが、薬になります。お茶のようにカップ一杯を目安にお湯を入れていただき、少し蒸してからお飲みください。行われる日が決まりましたら、お知らせください」
私は対面で座るアルテュール様に、緊張しながら小さな布袋に入った薬を渡した。薬は一回分だ。量を間違えないように、渡すときは一つと決めた。アルテュール様は気にしないと、それを手にする。
毒を渡したのに、アルテュール様はどこか機嫌が良かった。ほんのり微笑んでいるというか、雰囲気が柔らかい。
毒を手にして喜ばないでほしいのだけれど。
婚約者への贈り物が毒などと、私の噂をより悪くするものだ。
部屋にはエリサはおらず、アルテュール様と侍女のハンナ、護衛だけだったことに少なからず安堵を覚えた。毒を含む時にはエリサもいるだろうが、今いないことだけでも、なんだか心がそわそわする。それが喜びであるのは明白で、エリサがいないだけで私は浮き立ってしまうのだ。
私も現金だわ。婚約破棄に不安になって覚悟をしていると思いながら、アルテュール様と二人でいられることに胸が高鳴るなんて。
混乱させられてばかりで、意図も掴めないのに、私はアルテュール様を追い求めている。
メイドのハンナが紅茶を運んでくると、アルテュール様は当たり前のように、カップいっぱいのお湯を用意するように伝えた。
「今、行われるおつもりですか?」
「君が側にいた方がいいんだろう?」
「それは、そうですが」
ハンナは袋をチラチラ見やる。明らかに気にしているので、ハンナは知っているのだろう。
「アルテュール様、念の為、エリサ様をお呼びした方がよろしいのではないでしょうか?」
「リュシエンヌがいるから問題ないよ」
ハンナの言葉に、アルテュール様はキッパリと言って、まずは紅茶のカップを手にする。ハンナは困ったようにしながら、首を垂れて部屋を出ていく。
「外に出ていてくれる?」
軽く手を上げて護衛騎士を下がらせると、エルンスト卿にも部屋を出ていくように命令する。エルンスト卿はアルテュール様を見ずに私に向いたので、頷いて了解を見せた。
部屋から皆が出て行って、アルテュール様と私二人になると、急に静けさが耳に響いた。
二人きりにされると緊張するのは、数々の行いというべきか、起きた出来事のせいというべきか。
居心地が悪い。
私はアルテュール様の顔を見ないように、その首元を見つめた。無心になるためだ。だが、見た場所が悪かったかもしれない。首筋に顔を寄せて、しがみついた日を思い出して、視線を指先に変えた。私の指とは違う、長くて骨ばった手だ。子供の頃に比べて手のひらも大きくなって、私の頬を簡単に包んだ。
何を考えているのか。自分で自分に突っ込んで、私も紅茶に手を伸ばそうとする。
「彼は、真面目だね」
不意に問われて、私は顔を上げた。アルテュール様は私を真っ直ぐに見つめて、その薄青の瞳を光らせた。どこか剣呑な光を灯していて、なぜか身震いしそうになる。
「エルンスト卿のことでしたら、そのように思います」
「彼みたいな男がいいの?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だが、挑発するようなその言葉に、私は眉を顰めそうになる。
不快な話をするのね。
それこそ私が問いたいものだ。エリサみたいな女がいいのか、と。
それなのに、アルテュール様は口付けをしてくる。私とは婚約破棄をしないと言うならば、側室でも持ちたいのかもしれない。
そう思ったら、そういうことなのか? と心にストンと落ち着いた。




