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毒花の聖女は無愛想婚約者に愛でられる  作者: MIRICO


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35/63

10−3 お願い

「明日もリュシエンヌ様が作られるんですか?」


 扉の前からエルンスト卿に問われて、私はエルンスト卿を手招きする。

 私が耳打ちしようと近付くと、エルンスト卿は一瞬緊張した面持ちを見せた。


「内緒話よ」

「あ、はい」


 噛み付いたりしないので、そんなに緊張しないでほしいのだが。エルンスト卿は頬を染めながら、身長の差を補うために、私の側で軽く膝を折って耳を寄せた。


「あなたには伝えておくけれど、アルテュール殿下のご要望なのよ。毒の耐性を付けたいとかで」

「……それはまた、なんとも、微妙な頼みごとですね」


 エルンスト卿は何かと考えたのだろう。よそを向いて咳払いをしてから、大丈夫なんですか? と付け足してくる。

 何を心配しているかはわかって、私は苦笑いをした。


 昨日のあれを見られてはいるが、今までは婚約者とうまくいっていないと言われている、毒の聖女。なのに、アルテュール様に毒を渡す。それを悪用されるのでは? と言いたいのだろう。そのためだけというわけではないが、含むのは私の目の前だけと約束してある。毒殺する毒花の聖女の図は避けられるだろう。


「念の為ですけど、誰がそれを知っているかは、聞いておいた方がいいんじゃないですか?」

「わたくしを陥れる者を選別できるように?」


 私はクスリと笑いながら返したが、エルンスト卿は真剣な面持ちだ。それくらい、巷での私の立場は弱くなっているのだろう。


「正直に言うとね、不安はあるわ。だから、わたくしの前で含んでいただくようにしてもらうの」

「それならいいんですが」

「エルンスト卿が来てくれて本当に良かったわ。そんなこと気にする人なんて、誰もいないから。わたくし一人だったら、独り言ばっかり話していたかも」


 私は気が弱いわけではないが、それでも不安はあった。エリサとの話は友人から手紙で教えてもらっていたし、侯爵家の長女だって婚約破棄されれば、すぐに端へ追いやられるだろう。

 何よりも、幼い頃から婚約していつかは結婚するのだと慕っていた人に裏切られたとわかれば、自分がどうなるかわからなかった。


 そんなときに、仲間である人が側にいるのといないのでは、大きく違う。


「……辺境の皆は、心配していますよ。きっと、辺境に戻ってきてほしいって」

「そうだといいけれど」


 私が箒を持とうとすると、エルンスト卿がそれを奪い取るように手にする。辺境では掃除くらいしていたのだから、気にしなくていいのに。私に背を向けるエルンスト卿を、辺境でよく見ていたのを思い出す。魔物のいる場所で、私が毒を使うとき、彼は必ず私の前にいて、私を守る姿勢を取り続けてくれた。

 慣れない環境で心細かったが、エルンスト卿や護衛たちは、私の心の支えだったのだ。


「俺も……」

「ん?」

「いえ、懐かしいなって、思っただけです。まだ一年も経っていないのに、変ですよね」

「そうね。もしかしたらそのうち」


 戻ることになるかもしれない。

 それは口にせず、私はただ、エルンスト卿が掃除をする姿を見つめていた。




   ◇




 ラチェットとニーネが戻った後、私はアルテュール様の約束を取り付け、研究室を出た。

 薬ができたので、時間があれば呼んでほしいと連絡すれば、じゃあ今すぐときたので、私は薬を手にしてアルテュール様の元へ移動する。


 よくよく考えずともわかるのだが、毒を作るたびに、こうやってアルテュール様の元に行かなければならないのだ。

 だからだろうか、やけに緊張する。


 催淫財を仕込んだ犯人が捕まった話は聞いていないが、その後どうなったのだろう。公になっていないので、経過がわからない。毒の耐性をつけたいというのも、その影響かもしれなかった。

 催淫剤の耐性は管轄外だが……。


 執務室に仕込まれたのだもの、警戒して当然よね。


「これは、リュシエンヌ様」


 目の前を歩いてきて礼を執ったのは、イェスタフ・ステンロース伯爵子息だ。エリサのところにご用聞きだろうか。


「エリサ様のところへ行かれるの?」

「ええ。特にご注文があるというわけではないのですが、ご用伺いに参ります」


 後ろには荷物を持った男がついてきている。薬草や道具などを持ってきているようだ。


「そういえば、エリサ様のところの薬草に、毒のヤラーニャが混じっていたわ。彼女はあまり薬草に詳しくないようだから、念入りに確認された方がいいわよ」

「それは、リュシエンヌ様にもご影響が?」

「わたくしは指摘しただけよ」

「そうでしたか。ところで、リュシエンヌ様は、これからどちらにおいででしょうか」

「アルテュール殿下に呼ばれているのよ」


 ステンロース伯爵子息はヤラーニャについて深く話すことなく、私に行き先を問うてくる。不備を指摘されたくはないか。だが、エリサの薬草を飲むのはアルテュール様だ、真面目に聞けと睨みつけたくなる。


「王太子殿下の元にペルリラ聖女もご一緒でしょうか」

「さあ、わたくしが知ったことではないわ」


 エリサのことを言われて、私はつい素っ気なく返す。ステンロース伯爵子息は嫌味を言いたかっただけだろうに。そんな言葉に引っかかって、反射的に返してしまった。実際、アルテュール様のところに行くたび、エリサがいた。今回も毒を含むのだから、エリサがいるに決まっている。それを考えると、またも胃の中かが重くなる。

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