10−2 お願い
「他にも、アルテュール殿下に失礼な真似を……、殿下?」
アルテュール様が近付いたままじっと私を見つめてくる。色素の薄い青の瞳に私が写っているのがわかるほど近くて、私は後退りしそうになった。
それを邪魔するように、アルテュール様は私の背中に腕を回すと、そのまま耳元に口付ける。
「あ、アルテュール殿下!?」
「毒の件はお願いするよ。できたら教えてくれる?」
「は、はい……」
耳元で囁かれて、背筋が泡立つのを感じていると、アルテュール様は私の頭を手にして、そのまま頭に口付けた。
「クリスティナにはできるだけ近付かないようにして」
その言葉に驚いて返事をする前に、アルテュール様は今来た道を戻っていく。その先にエルンスト卿やアルテュール様の護衛がいて、私は一瞬立ちくらみが起きそうになった。
護衛がいたのを忘れていたわ!!
エルンスト卿はばっちり今のを見ていただろう。アルテュール様の護衛たちは何も見ていなかったかのように、アルテュール様の後をついていく。
残された私とエルンスト卿の、その何とも言えない空気を、どうしてくれるのか。
「や、屋敷に帰るわ」
「はい」
私はぎこちなくエルンスト卿の前を歩き始める。踵を返したエルンスト卿の足音が私の耳に入り、いつも通り付かず離れずついてくるのがわかる。
エルンスト卿の顔をまともに見れないわ。
なんだか少し、強張った顔のようにも見えたが、どう反応していいのか迷ったに違いない。
護衛を前にして口付けをするなど、アルテュール様は何を考えているのか。
そう言いたくなる気持ちの中、口付けの意味を考える前に、アルテュール様の言葉が気になった。
クリスティナ王女のことを言われるとは思わなかった。近付かないようにと言うならば、私への悪意はよく理解したと受け取って良いものなのか。
王妃様から話を聞いて、わざわざお茶会に顔を出してくれたのかしら。
エリサを無視したところから、私に会いにきたのは間違いないのだ。
アルテュール様の心根を推し量ることはできないけれど、本当に婚約破棄をする気はないと思って良いのだろうか。
そう考えても、手紙のことや今までのことを考えると、素直に受け止められない自分がいた。
◇
「珍しいですね。デラージュ聖女様が毒を作られるなんて」
「個人的に頼まれたのよ」
ラチェットに不思議そうに問われて、私は苦笑いをする。
毒に慣れるために、毒を飲む。
体が強くなったとはいえ、毒を慣らすには時間がかかる。何種類もの毒を、何年も続ける必要があった。
毒が消せる私が婚約者なのに、毒に慣れたいというならば、そういうことなのかしら。
今後、私は不必要だから、毒に慣れたいとか。
私に婚約破棄はしないと言って、エリサを慰めて、けれどエリサを置いて私に毒を作れって、辻褄が合わなすぎて、エリサだけでなく私も困惑中だ。口付けだって。
「ううっ!」
「どうされました!?」
「な、なんでもないのよ。ちょっと薬草が目に染みて!」
考えていると手元が狂いそうなので、今は集中と、考えていることを頭を振って追い出した。
すり鉢に正確に測った薬草を入れて、混ぜていく。これは毒草ではなく、癒しの効果がある薬草だ。たとえば吐き気をもよおす薬と、胃薬を一緒にするようなもので、健康に良い薬草の中に、ほんの少しの毒を私が加えるのである。
私は毒を作る作業はいらない。指先一つの魔力で毒が作れる。毒の聖女がどんなものかわかっていなくとも、皆は恐れるのだろうが、実際この力は悪魔の力ではないかと、私ですら思う。
無味無臭な毒。そんなものでも容易く生成できる。
軽く腹痛を起こすくらいの毒にしておこうかしら。軽い頭痛がいい? 公務に支障をきたしても困るから、手足の痺れ? 舌がピリつくとか?
あれこれ考えて、まずは舌が麻痺する薬にした。話している間にすぐわかるからだ。
さっと薬草の上に手をかざし、その毒を入れる。ほんの僅か。初手は軽いものにしなければならない。
アルテュール様の体は昔ほど弱いものではない。そうは聞いても、その日の体調によって、吸収率も変わる。睡眠不足ではないか、食事は何を摂ったかなどなど、詳細を記しておかなければ。
一人唸っていると、後ろから、大仰な音が届いた。
「すみません! 薬草が」
薬草の入った瓶を落としたせいで、床に薬草とガラスが散らばった。アルテュール様の毒に入れるための、治療用の薬草だ。
ラチェットは慌てて拾い始める。
「危ないから、素手で触らないで。怪我をしていない? 誰か、箒を。もう使えないから、掃除してしまって」
「も、申し訳ありません……」
「大丈夫よ。でも、そうね。業者が来るのはいつだったかしら」
「来週になりますから、連絡しておきます」
ニーネは素早く使いを出しに行く。ラチェットは肩を落としたまま、掃除をし始めた。
「ラチェット、掃除はいいから、……エリサ様のところに行って、同じ薬草を少し分けてもらえるように話をつけてくれる? 明日の分だけ分けてくれって。朝には使いたいのよ」
「わかりました!」
急いで出ていくラチェットを見送りながら、少しくらいわけてくれるわよね? と若干不安になる。




