9−4 迎え
さすがにここまで言えば、毒について軽口はたたけないだろう。そろそろ終わらせて帰ろうかと算段すると、クリスティナ王女はまだ諦めきれないと、肩を振るわせた。
「けれど、毒ならば間違いがあるかもしれないわ。お兄様の婚約者が毒を扱うと思うと、恐ろしいでしょう!」
それを、自分で言うのか。令嬢たちが庇いきれない話題だ。そうであろう、お互いに気まずそうな顔をして、誰が助けを出すか目配せしあっている。賛同はできない。理由がどうであれ、アルテュール様を殺しそうになったのは、クリスティナ王女本人だ。間違った助け舟を出せば、令嬢たちが困ったことになる。
さて、助けは出ないわよ。どうする気?
「そうですよ!」
忘れていた。事件を知らない令嬢が一人、ここにいた。
エリサは力一杯頷いた。
「もし、間違ってアルテュール様の口に毒が入ったらと思うと、恐ろしいです!」
真っ赤になったのは、クリスティナ王女の方だ。令嬢たちは一気に冷えていることだろう。身分の差が大きく出てしまったようだ。あの事件の日、呼ばれていた貴族には緘口令が敷かれている。エリサの両親の耳にも入らなかっただろうし、エリサは機関に所属して知る由もない。
無知ほど恐ろしいものはない。
とはいえ、二人の無礼には、いい加減堪忍袋の尾が切れそうになる。ここは畳み掛けておくかと、私は二人にすがめた目を向けた。
「クリスティナ殿下とエリサ様は、どうしてもわたくしにアルテュール殿下を殺してほしいようですわね」
「そんな! そんなことを言っているわけじゃ」
エリサなら噛み付いてくるだろうと想定していて、私はニコリと微笑んだ。ならばどういう意味で言っているのか、理由を説明してもらおう。
そう誘導しようと、口を開きかけたときだった。
「そうなの?」
背後から声が届いた。一斉に振り向いた先、そこにいたのはアルテュール様だ。
「王子様!?」
「お兄様、これは、毒花の聖女の、毒の話をしていただけで」
「毒花? その呼称は、何なの?」
「そ、それは」
アルテュール様の言葉に、クリスティナ王女が肩をすくめて小さくなる。アルテュール様は表情なく言うが、言葉に圧があった。
意外だ。毒事件があったとも、アルテュール様はクリスティナ王女を気にかけて、早く謹慎が解けるように、王に掛け合っていたくらいで、妹思いだった。なのに、今はクリスティナ王女に睨みを利かせて、無言で答えるのを待っている。
クリスティナ王女は答えることができないと、肩を震わせて佇んだ。それを細目にして眺めて、アルテュール様は私に手を伸ばす。
「茶会に侵入して申し訳ないけれど、そろそろ私の婚約者を返してくれるかな。行こう、リュシエンヌ。もう十分茶会は楽しんだだろう?」
その手を取るのは、一瞬迷ったが、アルテュール様はそれを見越していたかのように、私の手首を取った。
「君たちも、ほどほどにしなよ」
その言葉に、令嬢たちが一斉に青ざめる。
ほどほどに。まるで、今までのことを聞いていたかのようだ。アルテュール様の言葉で、令嬢たちは二度と私に文句は言えなくなるだろう。クリスティナ王女の取り巻きだとしても、未来の王であるアルテュール様の機嫌を損ねるわけにはいかない。アルテュール様から苦言を呈されたなどと両親に知られれば、クリスティナ王女との付き合いも考えるはずだ。クリスティナ王女は王女でも、第二夫人の娘。どちらの顔を立てれば良いかなど、考えるまでもない。
けれど、
――エリサは違うでしょうね。
クリスティナ王女とは違い、驚愕したままアルテュール様を見つめていた。それは、アルテュール様が私を擁護して連れていった驚きに違いない。アルテュール様は彼女を視界にも入れず、無視を決め込んだのだから。
エリサの衝撃は、アルテュール様とどのような関係なのか裏付けるようなものだった。
だから、ざまあみろと、煽る気も起きなかった。本当の邪魔者は、私の方なのだから。
「どうして、私を毒殺する話に?」
「わたくしが婚約者では恐ろしいとのことですわ」
アルテュール様は手を握ったまま、私の足に合わせて歩き続ける。
その握られた手首が、熱くなってくる気がした。アルテュール様の体温は低いのに、私だけその冷たさに反応して、体温が上がってくるようだ。
アルテュール様に会うのはあれ以来で、どうやっても意識してしまう。つい自分の唇に触れて、その時を反芻しそうになって、その指をすぐに下ろした。
恥ずかしい。意味もわからない口付けだったのに、もう一度口付けてほしいと思うなんて。
「あの、何かご用がおありでしたか?」
目的地に辿り着くまで待てないと、私は歩きながら問うた。
「そうだね。その話に乗って悪いんだけれど、私が飲む毒薬を作ってくれないかい?」
「はい?」
アルテュール様の提案に、私は目を丸くした。




