9−2 迎え
ピシリ、と空気が凍った。クリスティナ王女の顔がスウッと冷えたものになる。
「せ、聖女様。最近、ご活躍されたと聞き及んでおります。町で傷付いた民たちを癒したとか」
「え、ええ、そうですわ。さすが、聖女様ですわね」
令嬢たちが一生懸命、話題を変え始めた。クリスティナ王女は口端を上げて、鼻息一つせんばかりに横目にする。何とか修羅場は避けられたようだ。
令嬢たちの安堵が手に取ってわかるようね。
私はクリスティナ王女に嫌われている。あの事件が起きたとき幼かった王女は、毒だと叫んだ私を恨むようになった。私が毒だと言ったせいで閉じ込められ、第二王妃が体調を崩したと思い込むようになったのだ。それはとんでもない被害妄想だが、幼い頃に負ったショックは果てしなく、誰かのせいにしなければ立ち上がれなかったのだろう。
『思っていることをすぐに口に出す』は、その毒事件の話だ。私が、『毒が入っている』と言ったことを、考えなしだったとクリスティナ王女は咎めている。三年前辺境に行く前から、クリスティナ王女を中心とした令嬢たちから陰口を叩かれているのは知っていた。
毒の聖女という肩書きから、王子と浮気相手を殺した毒花の聖女を思い出す者は多い。私を恐ろしい悪女とでも考える者は前からいて、辺境に行ったことで、遠く離れた地に追いやられたと信じる者も多かった。それが事実ではなくとも、クリスティナ王女が言ったのだから、社交界に出ていなかった私よりも信じるに値するのである。
いろいろ突っ込みたいところはあるけれど、その状況が許されるような立場になっているのは間違いない。
お茶会は、完全に私を無視した形で進められた。
まったく幼稚な。と言いたいところだが、社交界に仲間が少ない私にとって、敵しかいないこの場にいることは、苦痛でしかない。円卓のテーブルでクリスティナ王女とは離れた席に通されたが、他の四人が完全に私を無視している。時折ちらりと横目で私を見て、クスクスと笑う。
それは屈辱以外の何者でもなく、想定していても、思う以上に息苦しかった。
席を立つにしても、散々言われるだろうし、さりとてこのまま黙り続けていても、あとには陰口を叩かれるのだろう。それが社交界であり、王女を敵にした末路とでも言わんばかりだ。
アルテュール様の婚約者と言っても、アルテュール様の相手はエリサに替わるのではないかと言われている昨今。私を蔑ろにしても問題ないと認識されている。
間違っていないけれどね。
打破できると言えば、あまり何も考えていなそうな、エリサを使うことだが。
エリサはクリスティナ王女に話しかけられて、楽しそうに笑って返している。天真爛漫な癒しの聖女。鈍感で、周囲が見えていない。
今では呆れるだけだが、あのくらい何も考えずに過ごした方が気楽なのかもしれない。
アルテュール様の考えていることもよくわからないし。
思い出すだけで、顔が赤くなりそうだ。
わざわざ侯爵家に来て、不機嫌そうな雰囲気を出しながら、私に口付ける。それは甘く、甘美なひと時に思えるが、しかしアルテュール様の考えていることが読めなくて、私は混乱していただけだった。
結局、口付けを続けて、暖を取るように私を抱きしめたまま。最後に頬に口付けて、帰っていった。
よくわからないわ。婚約破棄したい気持ちを抑えて、結婚を早めようと言い、そして私に会いにくる。けれど、エリサに泣かれれば、彼女を慰めるのだろう。
エリサは私のことなど忘れたように、クリスティナ王女の話に耳を傾けている。
やはり天然ではなく、計算しているのだろうか。謎だ。
女心はよくわからない。私の周りは大人の男性ばかりで、女友達と楽しむはずの時間は辺境で忙殺された。昔の友人は今でも仲は良いが、恋愛の話はしたことがない。私にはアルテュール様という婚約者がいるからだ。今にも婚約破棄されそうな私に、幸せな話などできないだろう。
私は残り少ない紅茶を口に含む。メイドたちも私を無視しろと命令されているのか、まともにお茶もよこさない。これについて突っ込めば、クリスティナ王女のメイドのレベルの低さが露呈するわけだが。
「そういえば、毒の研究をされているそうじゃない?」
お茶会が終わりに近付いているのか、最後に私をとっちめようと、クリスティナ王女が私を横目に、そんな話を持ち出した。
私に問うているわけではないところが、クリスティナ王女だ。私を無視し続けて、毒の聖女を貶めたいのだろう。よく言われる、毒を使って王子と浮気相手を殺そうとした例を出してくるに違いない。
私はそうはさせまいと、控えていたメイドに声をかけた。
「ねえ、そこのあなた。ぼうっとしている暇があるのならば、わたくしのカップに紅茶を注いでくださらない? もう、空なのだけれど」
声をかけられたメイドは、ちらりとクリスティナ王女を見やる。クリスティナ王女は明らかに睨みを凄めた。
メイドはその顔を見て、聞かなかったふりをするようだ。居心地が悪いように無言で立ち尽くし、床を見たまま動かない。侯爵令嬢の言葉を無視するのだから、王女のメイドは根気強いようだ。




