8−4 訪問
それはやけにこそばゆく、その触れられたところだけ、急速に熱を持った。
「あの、アルテュール殿下」
「聖女が、邪魔したようだ」
「え? いえ、邪魔などと。怪我をした人々を癒していました。彼女は彼女の仕事をしただけですわ」
アルテュール様の専属の聖女が、町中で民に癒しを行うことが、彼女の仕事かどうかは知らないが。
専属専任の契約であるのに、あの場合どうなるのだろう。エリサの責になるのだろうか。
私はそれを考えながら黙っていると、アルテュール様は手を重ねたまま、軽い力で握った。
「あの護衛……。君は彼のことが好きなの?」
「は?」
何を突然。無遠慮な返しをしてしまったほど、脈絡のない言葉だ。アルテュール様は私を射るように見つめて、その視線を外さない。咎めるような目ではなかったが、本気で疑っている目だった。
何よ、それ。
「なぜそのようなことを。わたくしは彼を信頼しておりますが、その信頼における好意は、恋愛の類ではございません」
「でも、好意は持っているんだね」
「好感が持てると言っているのです。わたくしの護衛として、真摯に仕事をまっとうする者を、なぜ好意的に受けないとお思いですか?」
自分のことを棚に置いて、私にも同じように相手がいると疑うのか。
冗談ではない。離れていても私はアルテュール様を思っていたのに、自分に思う相手がいるからと言って、私まで同じだと言うなんて。
無性に腹が立って、私はその手から逃れようとした。けれどアルテュール様は逆に強く握って、離そうとしない。
それどころか、その手をそのまま口元に持っていくと、その柔らかな唇を私の手の甲に押し付けた。
「アルテュール殿下!?」
「君の護衛は、何もないのに手に口付けていたのに?」
言われて私はカッとした。エルンスト卿が私にかしずくのを見ていたのか。
「あれは……」
エリサがチヤホヤされていたのを気にしているのではと、慰めてくれただけ。
それを、アルテュール様に言うのか?
私が、エリサの姿を見て、卑屈になっているかのように、気落ちしていたと?
それだけは嫌だ。まるで自ら負けを認めるみたいではないか。それを口にしたら最後、卑屈になってエリサに嫉妬していると思われてしまう。そんなこと思われたくない。そんな醜い心を持っていると思われたくなかった。
私は何も悪いことをしていないのに、自分が悪いと言っているようなものだ。
私が黙っていると、アルテュール様はその薄青の瞳をすがめた。アルテュール様は私の手を絡め取ったまま、口付けられるほど側に手を寄せて、今度は力強く引っ張った。
「きゃっ」
急に手を引かれて、私はバランスを崩すと、ボスンとアルテュール様の胸に受け止められる。ふわりとウッディな香りを感じて、あの日を思い出しそうになると、急いでその体を離そうとした。
けれど、アルテュール様の見下ろす、その冷たい視線と目が合って、私の体は硬直した。
降り掛かるような凍る視線。なのにそれは近付いて、長いまつ毛が頬に落ちることで、遮断された。
咄嗟につぶった自分の目は闇しか写さなかったが、自分の唇の、その温もりに、私の背はぞわりと粟立った。
何が起きたのか、一瞬わからなかったからだ。
「ある、」
「黙って」
「んっ」
催淫剤。その言葉が脳裏に浮かんだが、そんなものはここに存在しないはずだ。
ならば、どうして、アルテュール様は私に口付けているのだろう。
吐息と共に離れた唇が、再度私の口を塞ぎ、生ぬるい温度が私の唇を温める。
それが同じになったとき、アルテュール様はゆっくりとその唇を離した。
濡れたその朱の艶やかさに、私は心臓の音が耳元まで届くようだった。アルテュール様はそっと自分の唇を親指でなぞり、ぺろりと舐めて、緩やかに微笑んだ。
「なんで」
「何で? 自分の婚約者に口付けるのはいけない?」
「なっ」
私はカッと羞恥する。今まで、手紙の返事もよこさなかった人が、それを言うのか。
「わたくしは、婚約破棄を、」
されるのかと思って。そう言おうとしたのに、アルテュール様の腕は私の腰に絡まり、当たり前のように引き寄せて、その口を塞ぐ。
息が触れて、私が乱れることを喜ぶように、耳元に口付ける。
「アルテュール殿下!」
「私は、そのつもりはないと言ったよ」
どうして。
私のその問いは、再び覆われた唇によって、封じられた。




