8−2 訪問
「俺はリュシエンヌ様を誇りに思います。そして、リュシエンヌ様との出会いを感謝いたします」
「エルンスト卿……」
エルンスト卿は私を見つめて、それだけ言いたかったのですと、立ち上がる。
辺境に行くことになり、私には護衛が数人ついた。その中で一番若手で、年の近かったエルンスト卿は、私の話し相手でもあった。だから、表情を隠していても、私の考えていることはわかると言う。
今もきっと、私の心を読んだのだろう。
「ありがとう、エルンスト卿」
エルンスト卿がいてくれて良かった。王城に来て私の心はささくれて、棘だらけになりそうだった。それを、エルンスト卿はなめらかにしてくれる。
大丈夫。私にも味方はいるのだから。
私は歩き始め、エルンスト卿を後ろにする。エルンスト卿の気配を背後に感じながら、私は微かに微笑んだ。
「リュシエンヌ、休みの日くらい、机の前に向かうのはやめたらどう?」
お母様にそんなことを言われて、私は久しぶりの屋敷の庭園をのんびり歩くことにした。
「お嬢様、昔送ってくださった殺虫剤、とても効きました。おかげで見てください。綺麗に薔薇が咲いたでしょう」
「まあ、本当に美しいわね」
庭師に声をかけられて、私は満開のバラを見上げた。人が通れるように作られたアーチに、ピンクや白のバラが花飾りのように咲いている。
今年の夏は暑い日が続いたため、虫の発生がひどいと聞いて、人に影響のない殺虫剤を作って送っていたのだ。毒の聖女の力の賜物で、人や他の昆虫に影響のない害虫だけを倒せるものである。辺境でもそんな薬はよく作っていた。毒と聞くと人間か動物に使うのかと思われがちだが、虫にもそれは同じで、殺虫剤や農薬作りは私の十八番だった。
そもそも、毒の聖女として名高くなったのも、それがきっかけである。
他にも、池で飼っているアヒルの寄生虫退治。その池で泳いでいる魚たちの病気退治。病原菌も毒で死ぬのだから、私にとっては薬を作ることと毒を作ることは同義だ。癒しの聖女と違うのは、病の元は消せるが、その人が負った体の不調の治療はできないということ。もちろん、薬草は使えるが、癒しの聖女の力には及ばない。
癒しの聖女は、風邪を治療し、怪我を治療する。時にはその人の体力すらも元に戻すのだ。重症の場合は難しいとはいえ、軽い風邪くらいならば、あっという間に癒えてしまう。
それを羨ましいと思ったことはないけれど。
昨日のことを思い出して、私は頭の中で首を振った。
エルンスト卿には気を遣わせてしまった。アルテュール様のこともあって、私がエリサを気にしていることに気付いているのだ。
「私も、まだまだよね。エルンスト卿には簡単に読まれてしまうのだから」
辺境で妃教育を受けていたとはいえ、王城で多くの者たちに囲まれて対応をするような経験は少ない。辺境はやはり田舎であるので、貴族たちの鋭さは王城にいるほどではない。気を引き締めなければならないと考えながら、すぐに離れるかもしれないな、と思い直す。
やっと会えたアルテュール様に踊っていた心は、一瞬で静まり返り、今では枯葉が舞い上がるほど吹き荒んでいる。
会いたいのに、会いたくない。会えばエリサがいて、私の心を乱してくる。
エリサを思いながら、私と結婚しようとする。負う必要もない責任のために。
熟れた果物でも触れるように、繊細に、けれど荒々しく、私を攻め立てて、何度も口付けた。
熱い抱擁は偽物の愛で作られて、私はなされるがまま。それなのに幸福を感じていたなんて、死んでも口にできない。
その熱は、ただ薬で操られていただけにすぎなかったのに。
私は迷路のように植えられている垣根を通り、木々の隙間から届く光に照らされたガゼボに足を向けた。外はそろそろ冬に近いので寒いのだが、そのガゼボはガラス張りなので、温室のように温かい。座り込んでボウっとして、私は目を閉じた。
私は幼い頃、デラージュ侯爵家の屋敷で、何度か不思議な色を見つけていた。それが何なのかわからなくても、たまに見つけるその色に魅入られていた。そうして、厨房の倉庫に入り込み、それがなんなのか聞いたのだ。
『それはネズミの毒です。ネズミを退治するために、置いてあるんですよ』
ネズミの毒は、こんな色をしているのか。けれど、庭に咲いているあれは、ネズミの毒に見えない。ならば何なのだろう。庭師に言えば、すぐに除去しますと言われて、私はキョトンとしていた。よくわからないもの。けれど色は鮮やかで、まるで色彩のない黒で描かれているキャンパスに、一つだけ色を落としたような感覚。そこだけが明るく、時に濁り、けれど異質なものがあるとだけ頭に刻まれる。
それらがすべて毒で、危険なものだと知ったとき、私は毒の聖女として確立したのだ。
すぐに機関から調査団がやってきて、私の能力を調べながら、何ができてどんなことまで行えるのか、事細かに調べられ、その力の危険さを説かれ、いかに自分が特異であるかを混々と告げられた。そうして、教師がやってくる。薬師、癒しの聖女。医師もまた私の毒の効果を確認するため遣わされ、生成と除去を繰り返し行なわされた。そして、一年で能力の制御が可能になる。




