8 訪問
「数匹の犬が町の中を走り回り、道ゆく人を噛んだりしているそうです」
「騎士団長はどこに?」
ラチェットの案内で外に出ると、待っていた騎士が早歩きのまま説明をくれた。
「貴族の屋敷で、寄生型の魔物を飼っていたそうです」
「何ですって?」
「動物に寄生させて、餌をやっていたらしく、それが逃げたと」
「バカにも程があるわね。正確な数はわかるかしら?」
「残念ながら。野良猫などを食わせていたらしく、そこから数が増えたため、処分に困っていたとか」
頭が痛い。魔物をペットにしたつもりか。酔狂な真似どころか、頭がおかしいとしか思えない。
騎士と共に城壁門を登ると、騎士団長が私に気付いてかしこまる。
「辺境でのご活躍は耳にしております」
「口上はいいわ。状況は?」
「現在三匹の犬を処分しました。慎重に運んで焼却処分を行います。他の犬たちも騎士たちが追っておりますが、行動が予測不可能で、逃げ回っている状態です」
町中では魔法も使えないのだろう。犬のような素早い動物を人々がいる中で倒すのは、魔法でも難しい。
「その動物に傷付けられたら、傷口から魔物が侵入するかもしれないわ」
「はい。ですので、毒の聖女様のお力をお借りできないかと」
「逃げた範囲はわからないのね?」
「申し訳ございません」
「謝らないで。大丈夫よ。小動物であれば毒も少なくて済むから」
都でも寄生型の魔物が増えているという話だったが、それすらもその貴族のせいではないかと疑いたくなる。
「あそこに!」
ラチェットが指差して大声を上げた。大型の犬が走っている。その走りは異様で、壁にぶつかっては転がって、ぐるりと回って尻尾を追い、馬のように立ち上がってひっくり返った。
町行く人々が、その犬に注目する。追っていた兵士が、早く逃げろと叫んだ。犬は引き攣った鳴き声を発し、歩いていた母娘に飛び付いた。
「危ない!」
ラチェットの声と共に、私は片手を天に伸ばした。薄い紫色の光が、一瞬犬を包んだ。
周囲に悲鳴が上がる。犬に勢いよく飛びつかれて転んだか、女の子が泣いて、母親らしき女性がその女の子を抱き上げた。犬はふらついて、後ろに転ぶように地面に倒れた。
犬の側には、黒い影が地面に滲んでいた。それが砂のようになると、サラサラと風に流れていく。
魔物に寄生されて走り回っていたならば、脳にも達していたのだろう。そればかりは毒を消してもどうにもならない。
騎士団長や騎士たちが、唖然とその様を見つめてから、私に視線を向ける。
「ま、魔物は、あれで、死んだのですか?」
「そうよ。他も消しましょう」
私は両手を広げた。どこに魔物がいるのかは私にはわからない。けれど、町全体を覆うように力を広げれば、消毒するように滅せられるだろう。
薄い紫色の光が、町に広がった。空が覆われて、人々が空を見上げる。薄紫の光は雪のように地面に落ちていき、そのまま地面に沈んでいった。
「リュシエンヌ様!」
ふらりと傾ぐ私を、エルンスト卿が抱き止めた。規模が広かったせいで、魔力を放出しすぎたようだ。だが、軽いめまいがあっただけで、私はすぐに足に力を入れて自分で立つ。
「少しめまいがしただけよ。大丈夫」
「この規模を一気に行うなんて、倒れて当然ですよ」
「もう、終わったのですか??」
騎士団長が目を丸くした。薄紫の光は見えましたが、と町を見下ろす。人々にも光は見えたため、何があったのかとざわめいていた。
「他に隠して飼っていた貴族でもいれば、それらも毒に侵されたことでしょう。ただ、寄生された動物は、わたくしには治療できないわ。癒しの聖女に頼んでくれるかしら? 噛まれた者もいるでしょうから」
「しょ、承知しました」
「あとで魔物に効く薬を届けるわ。まだ実験段階で、効果は弱いのだけれど、ないよりはましだと思うわ。また愚か者のせいで寄生型の魔物を町の中に入れられたら困るから」
一刻も早く毒を作らなければと、そこを後にしようとすると、城門を出ていく女性の姿が見えた。エリサだ。
犬に飛びつかれた女の子はまだ泣いていて、エリサはその子に走って近付いた。パッと金の光がその女の子を照らす。まばゆい光は周囲の者たちを簡単に惹きつけた。
「聖女様! 聖女様が治してくださった!」
ざわめきは広がって、人々がエリサの周りに集まってくる。
「他に怪我をした人はいませんか! 私が治療します!」
「聖女様、あちらにも!」
人々に誘導されて、エリサは治療のために走り出す。そのまま人々の間を走り抜けて、倒れて動かない犬にも手をかざした。犬はすぐに起き上がって、クウンクウン鳴いた。おとなしい犬だったのか、尻尾を振るので、聖女様のおかげだと誰かが声高に言う。
「聖女様が、狂った犬も治してくださった!」
「さすが聖女様だ! なんて慈悲深い!」
「聖女様、万歳!」
その声を聞きながら、私は踵を返した。
自分の力を卑下するつもりはない。毒の聖女であることに不満を持ったことはない。毒を作ることが悪いことだとは思っていないからだ。自分の力が、珍しく、癒しの力ではないだけ。
なのに、どうしてこんなに、心の中が寒々しくなるのだろう。
「リュシエンヌ様」
「エルンスト卿? どうしたの」
突然、エルンスト卿が私の前で片膝を突いた。そして私の手に、そっと触れて口付ける。




