6−3 実験
この国に生息する魔物の多さや種類はそれぞれだ。だが、辺境の魔物の多さは他に類を見ない。多いと聞いていても、想像とはまったく違った。
疑問に思ったのだろう、ラチェットが首を傾げる。
「魔物って、普通どこに出てくるんですか? 辺境の山とか? 防壁の中に入ってくるんですか?」
「入ってくるさ。空からな」
「空……」
「魔物は山とか森とか行けば、運が良くない限り大抵出会う。狩りをする者は団体で行って、鹿とか狩ってくるが、まあ会わないことはない。魔物の群れに遭わない限りは、鉢合わせても何とかなるな。あとは空からだ。空を飛ぶ魔物でも群れることがある。大群が押し寄せて、パニックになったこともあった。道ゆく者たちが襲われて、誰かの家に逃げ込んで、間に合わないとか、な。最悪だったのが、その襲撃で、門が閉まらなくて、地上の魔物も防壁の中に入り込んで、大騒ぎになった」
エルンスト卿の話は、私が辺境に行ったときの話だ。
私は城壁からそれを見下ろして、その壮絶さに気を失いそうになった。
空を埋める、飛翔型の魔物。地を走る、四つ足の巨大な魔物。逃げる人々。矢を射ても、跳ね返ってしまう。
魔法で戦うにも、全員が魔法を使えるわけではない。限りある能力で戦わなければならなかった。
「城中の騎士たちが総出で倒そうとしたが、あいにく外に討伐で出ていた者たちもいて、よりによって町の守りが薄いときだったから、俺も、死を覚悟した。けれど……」
私に振り向いて、エルンスト卿は力を抜くと、柔らかに目を細めた。
「急に青紫の光が落ちてきたんだ。そうしたら、途端に魔物たちがふらついて、俺は目を疑ったよ。何もしていないのに、魔物が足を絡ませて後ろにバッタリと倒れて、覗き込んだら死んでるんだ。何が起きたのか、みんな唖然として。でも、誰かが言ったんだ。城門壁から光が届いたって。そこにはリュシエンヌ様がいた。皆が、あの方が毒の聖女なのかと、なんて救世主が来てくれたのだと、リュシエンヌ様を仰ぎ見た瞬間だった」
そこまで神々しいように言われると、すごく恥ずかしくなってくる。
けれど、大袈裟ではなかったことも、私は知っていた。彼らがどれだけ苦しんでいたのか、目の当たりにしたのだから。
ラチェットとニーネが、エルンスト卿の言葉に尊敬の念を見せるように私に注目するので、もうそれくらいにしなさいと、咳払いした。
「あっ! デラージュ聖女様、こっちの猫から、魔物が剥がれました!」
ラチェットが大声を上げた。私たちはすぐにその個体の前に集まる。
檻にいた犬が小さくなって震えている。その横に、黒い泥水の塊のようなものがひくひくと動いていた。魚のような目があり、それをキョロリと動かして、そのまま動かなくなると、土のように固まって崩れていった。
「この個体に与えた毒の種類と、分量を見せて」
犬は犬、猫は猫で毒の種類と分量を変えている。その一つの個体の魔物が剥がれたので、同じ種類で同じ量を使い、再び魔物だけを殺せるか確認する。
実験は一朝一夕でできるものではないが、辺境でも多くの魔物を使って実験を行っていた。その甲斐あって、寄生型の魔物の毒は早めにできそうだ。
だが、個体の魔物は剥がれているが、犬は息も絶え絶えだった。毒が強すぎて母体に影響が出たのだろう。これでは意味がない。どれだけ母体に影響を及ぼさず、魔物だけを殺せるかが必要なのだ。
引き続き確認していると、ノックの音が聞こえた。
「お話があって来たんですけれど、いいですか?」
「聖女様、どうぞこちらに!」
入って来たのは、エリサだ。いいですかに答える前に、ビートが勝手に部屋に通してしまう。
すぐにエルンスト卿が私の前を塞いだ。エリサはそれに気付いていないか、私の姿を見つけて近寄ろうとする前に、別のところで視線を止めた。
「話があるんですけど……。え? なんですか、これは!?」
エリサが檻の中の動物を見るなり、倒れて虫の息の犬に近寄った。
「こんな、ひどい。あなたは何をしているんですか!? 動物を虐待するなんて!」
「は?」
私はつい眉を傾げた。何を言っているのか、そう逆に聞き返そうとしたとき、エリサの髪がふわりとなびいた。
「ちょっと!」
何をする、そう咎める前に、エリサの魔力が動物たちを覆った。
途端、ぐったりとしていた動物たちが起き上がって、普通の動物のように鳴き声を上げる。白く濁り始めていた目は輝いて、瞬きし、口から垂れ下がっていた黒ずんだ舌は、健康な赤色に戻る。
私は額を押さえた。エルンスト卿は、何やってんだよ、と嫌悪感をあらわにする。
しかし、当の本人は、私に振り向き、涙で赤く滲んだ瞳で睨み付けてきた。
「あなた、今、何をしたかわかっているの?」
「何をですか! こんなひどいことをしているなんて、最低です!」
話にならない。まだ魔物が剥がれていない動物たちが、狂ったような鳴き声を発し始めた。動物は元気になったが、毒で弱っていた寄生型の魔物まで元気になってしまっている。
寄生型の魔物が剥がれた動物も生き生きとしていたが、これでは毒を与えた予後がわからなかった。寄生型の魔物を殺した後、動物がどのようになるのかも分析するつもりだったのに。
私はニーネに、もう何匹かサンプルを貰えるように、騎士に頼んできてと命令する。実験するのに数が足りなくなったのだ。ニーネはエリサの怒りを横目にしながら、部屋を出ていく。
「私、毒の聖女様に話があって来たんです!」
「今、仕事中なんだけれど。見てわからないの?」
「わかりません。人払いをお願いします!」
聞く耳を持つ気もないか、エリサは私を噛みつかんばかりに睨んでくる。
彼女の癒しの聖女たらしめたるその精神には感服するが、時と場合を選んでほしい。そう思うのは私の我がままだろうか。
「悪いけれど、皆、廊下に出ていてくれるかしら」
「しかし……」
「大丈夫よ。廊下で待っていてくれる?」
エルンスト卿は食い下がろうとしたが、私の頷きに渋々廊下に出ていく。皆が外に出て、動物たちの鳴き声だけになると、エリサが口を開いた。
「王子様に、何を話されたんですか」
動物のことを言ってくるかと思えば、それよりもアルテュール様の方が優先か。エリサは脈絡なく、私にそんなことを聞いてきた。話の筋がわからないので、私はつい眉尻を上げる。
「何の話?」




