6−2 実験
「体調が悪いんですか?」
エルンスト卿の言葉にハッとしながら、私は薬草を前に顔を上げた。
そんなことではないのに、申し訳なさと恥ずかしさが相まって、私は苦笑いしながらメモをとる。
「少し、夢見が悪かったのよ」
王太子殿下毒殺未遂の夢とは言えない。王妃様の話を聞いて、そのときの夢を見たのだろう。
あの事件の後、アルテュール様と婚約して、私はアルテュール様の寝室によく遊びに行くようになった。アルテュール様は体調が悪いことが多いので、寝室が多かったのだ。ベッドの傍らに私の椅子があり、私は会っていない間の出来事を話す。今日は薬草の授業があった。妃教育があった。そんな、私に起きた出来事でも、アルテュール様はよく聞いてくれた。時折体調が悪くなって中断したり、眠っているからと断られたりすることもあったが、幼い頃は短い時間でも会えることを楽しみにしていたものだ。
たまに外に出られれば、庭園などを歩く。調子が良ければ、お茶もする。そんなおままごとのような時間でも、私には充実した時間だった。
今では、そんな時間も与えられないけれど。
「デラージュ聖女様、こちらサンプルの分析です。昨日と変わりがなく、毒の効き目が薄いようです。ただ、進行は止まっているみたいで、表面積の量は増えていません」
研究員のラチェットが、担当したサンプルの分析内容を見せてくれる。寄生型の魔物を母体に影響なく毒だけで殺すには、毒の量を細かく計算しなければならない。同じ材料でも私が作れば強い効果が得られても、他の人たちが作ったら効果が薄いことがある。この差を埋めるのは、私でも難しい。
「辺境と比べてこっちは魔物が小さいから、毒の量に迷うわね」
「都の寄生型の魔物は、ネズミや犬猫で、小型ですからね。あっちは鹿や熊などでしたし、家畜も牛など大型の動物ばかりでしたから」
「ネズミに関しては、駆除していいと思うんですけれど」
サンプルのネズミを前に、ラチェットが首を傾げる。たしかにドブネズミなのだから魔物だけを殺して治療する意味はないのだが、ネズミほど小さな動物でも寄生された魔物を駆除できるかは、分析結果として必要だ。
「今は必要ないかもしれないけれど、今後必要になるかもしれないわ。この辺りで全滅させるとかね」
「全滅……、ですか」
そんなことできるのか? という顔だが、目指しているのはそこだ。だからといって、ネズミを根こそぎ殺すわけにもいかない。
「貴族で鳥を飼っている人もいるから、それに寄生されても困るわ。鳥のサンプルは手に入らなかったようだけれど」
「魔物が寄生した鳥を飼うとか……」
エルンスト卿はうんざりを顔に出す。鳥型の魔物に苦しめられているので、冗談ではないと思うのだろう。辺境では寄生された鳥が人を襲う例がある。巨大な猛禽類が人めがけて爪を立てて降りてくるのだから、ちょっと爪で引っ掻かれたという程度ではすまない。頭皮は削られるし、最悪肉まで抉り取られる。小動物でも、噛みつかれたら、魔物に関係なく病気になってしまう。噛みつかれたからといって、その傷から魔物が取り憑くことはほとんどないが、まったくないわけではない。
「辺境の寄生型は、目で見てくっついているなってわかりますけど、こっちの魔物ってわかりにくいんですよね」
「辺境は森ばかりで餌が豊富だから、寄生型の魔物も大きくなってしまうのよね」
「あっちは、人に寄生するくらいですからねえ」
「人に寄生するんですか?」
隣で個体の観察をしていたニーネが、驚いたように口を挟んだ。ラチェットは口を開けたまま、絶句する。
都ではその例はないので、聞いたことがないのだろう。辺境では手や足に魔物が寄生して、切断しなければならない事案が何度か起きている。私がいれば助けられるが、放置しすぎて内臓や脳に回ることもあった。その前に、魔物ごと切断しなければならない。
「田舎、怖いですね」
「田舎言うな」
ニーネが淡々と言うので、エルンスト卿が目くじらを立てた。
「森に入った際に襲われることがあるんだよ。藪の中、足とか、肩とかにくっ付いてくるんだ。戦いで傷付いたのかと思ってると、いつの間にか布と肌を溶かして、血液に入り込み、そこから段々と」
「ひえっ、やめてください! 寒気が!」
ラチェットが耳を塞いだ。だが、動物たちはそうやって寄生されている。人間の場合は媒体が大きいので取り憑くのに時間がかかった。ただ、剣などで刺しても内部に入った細胞は死なないため、火で患部ごと炙るしかない。少しでも残せばそこから成長する。患部が火傷で痛いと思っていれば、実は寄生されていた、ということが起きるのだ。
聞いていたラチェットが、震えてサンプルを見やる。
「大丈夫よ。一度寄生した魔物は、それを食べ尽くさない限り、次の獲物に移動しないの」
「動物は森に住んでいるから取り憑かれるんですよね。家畜などが森に入るんでしょうか?」
「城や町は防壁に囲まれているから、その中にいて寄生されることはないが、村は防壁のない野っ原にあるから、放牧していたら寄生されていた。っていうのは多いな。牧羊犬とか、鶏とか」
「普通に生活していて、寄生されるんですね」
ニーネは興味深そうにエルンスト卿の話に耳を傾ける。のどかな風景でも思い浮かべているのだろう。実際そうだが、主戦場ではない。




