4−5 事後
私は広げられたヤラーニャの中から、一本だけ取り出す。このヤラーニャだけ、葉の下の方が緑から薄い紫になっていた。ヤラーニャは繊細で、風などの衝撃でストレスを溜めやすい。そうすると、その部分が劣化し、毒を持つのだ。はっきりと紫色になることもあれば、微かに黄緑がかった紫色になることもある。これはわかりやすい方だが、わかりにくい場合もあった。選定する者が見逃したのだろう。
量が多いと、慣れた者でも間違うことはある。草を刈ったときは色がついていなのに、少し経つと色が表れることがあるからだ。
万能ではあるが、扱いが難しい薬草だ。
「へえ、知らなかったです。そんなことがあるんですね」
「使うときにはよく見たほうがいいわよ。この毒は猛毒だから」
エリサは目を丸くしながら、ヤラーニャを見つめてごくりと喉を鳴らす。
私はエリサの爪先を見つめた。薬草を触り慣れていない、綺麗な指先と爪。自分で薬草に触れないのだろうか。私の指は爪の裏に薬草の汁が滲んで、薄く茶色になっている。上からマニキュアを塗って誤魔化しているが、手のひらを見せればその爪の色が見られた。エリサの爪にマニキュアは塗られていないし、薬草の色も見受けられない。
エリサが薬草を扱うことはほとんどなさそうだ。薬草は業者が選んでよこしたのだろうか。そんな知識も持っていないならば、知らずに使っていたはずだ。彼女が薬草を作ったとき、それを口にするのはアルテュール様。間違いでは済まない。癒しの力があれば即座に対応できるだろうが、毒を飲ませたとあれば専属はクビだろう。
その方が助かるけれど。そんなことを思って、私はまた頭の中でかぶりを振る。
私って、こんなに嫌な女だったのね。
私はつい息を吐き出した。エリサはびくりと肩を上げる。
嫌味のつもりなどはなかったのだが、エリサからしたら嫌味にとれたかもしれない。
「わ、私」
「とにかく、気を付けるといいわ」
私は決まりが悪くなり、その部屋を出ることにした。
まるで、この程度で王太子殿下の隣にいるの? と非難したようなため息と思っただろう。
実際、お粗末ではあるけれど。
薬草の知識に深くないとすると、自分の力での治療しかしてこなかったのだろう。予後の診療は他人任せか。体力など滋養を高める場合は薬草が不可欠なのに、薬草への知識が浅い。しかし、王太子殿下の専属となって、薬草を作らなければならない状況になった。腕が良すぎるのも良し悪しである。
「何言われたんですか? 眉間に皺寄ってますよ」
廊下で待っていたエルンスト卿に指摘されて、私は眉間を指で伸ばした。
「何でもないわ。そこまで急用じゃなかったみたい」
「侯爵令嬢を呼び出しておいて、あのセリフですか?」
途中まで聞かれていたので、誤魔化しようがない。気まずくて、曖昧な微笑みを浮かべる。
「その前に、わたくしたちは同じ聖女よ。身分は関係ないわ」
「そうは言いますけど」
そもそもエルンスト卿は、エリサが私を呼び出したことが気に食わないのだろう。いくら聖女同士でも訪問には手紙を使うし、仲が良いわけでもない。しかも、仕事に関わる話でもなかった。
貴族として足りないところがあるとわかっていても、限度がある。
まあね、私もこれ以上が関わりたくないわ。二人でも会いたくないし、それ以外でも会いたくない。そうはいかないだろうけれど。
「リュシエンヌ様、あの男」
エルンスト卿の声に、私は前からやってくる男を見やった。相手もこちらに気付くと足を止めて、畏まる。
「ステンロース卿、お久しぶりね」
「リュシエンヌ様にはご機嫌麗しく」
そう言って、私の手を取ると口付ける。そこまで親しいわけではないのだが、彼はいつもこうやって私の手に口付けを落とす。エルンスト卿は睨め付けていることだろう。
「ご挨拶をと思っておりましたが、こちらでお会いできるとは、うれしい限りです」
「辺境では世話になったわね」
「こちらでも、ぜひご贔屓くださいませ」
ステンロース卿の礼を横にして、私は歩き出す。背後で礼をしたまま動かないステンロース卿の気配を感じながら、急ぎを見せないように廊下を曲がった。
「相変わらず、気持ち悪い男だな」
エルンスト卿はボソリとつぶやく。
イェスタフ・ステンロース伯爵子息。
表情はいつも不敵な笑みを称えており、貴族らしい貴族だと思うのだが、青白い肌、瞼が下りて虚ろに半目で陰鬱な雰囲気を持つため、血気盛んな辺境の騎士たちからは敬遠されていた。かくいう私も若干苦手意識がある。彼の値踏みするような視線が苦手だった。話す言葉も独特の抑揚を持ち、なぶられているような気持ちにさせる。
辺境で薬草を売買する商人のオーナーをやっており、彼自身も辺境によく顔を出していた。機関相手にも商売を行っていたが、オーナー本人が辺境に訪れるのも珍しかった。辺境とはいえ、王からの命令で王太子殿下の婚約者が滞在しているのだから、商売人としても訪問は行うべきと考えたのかもしれない。だが、それが年に何度もあったので、他の思惑があるのではと気になっていた。
イェスタフ・ステンロース伯爵子息は、癒しの聖女派だという噂があったからだ。
「癒しの聖女に薬草卸してるんですかね」
「そうね……」
癒しの聖女派がミスをしたら、目も当てられない。優秀な業者を使っている彼の店で、毒草を混ぜらせるとは思わないけれど。
「なんだか疲れたわ」
「病み上がりなのに、いろいろありすぎましたね」
病になった理由を思い出して、私はつい空咳をする。
王城にやってきたら、声をかけてきたのはエリサで、アルテュール様ではなかったが。
エリサは何も知らず、私を心配して声をかけてくれた。若干、その気遣いは空回りしていたが、それでも優しさだ。エリサの気持ちはあれだけではわからないが、アルテュール様のことは嫌いではないはず。
アルテュール様は、あの事故で何を思っただろう。
不意に、笑いそうになった。事故。そう、事故なのだ。誰かがアルテュール様との既成事実を作り上げようとして、私が入り込んだ。アルテュール様はその事故に、私と共に巻き込まれた。
これからどうするのだろう。私はアルテュール様に、事故は忘れるべきと言うべきなのだろうか。望んでいない相手との情事など、きっと思い出したくないだろうから。
やはり、一度話し合わなければならないのかしら。
けれど、その後もアルテュール様からの連絡はなく、私は別の招待状を受け取ったのだ。




