4−4 事後
「体調が悪いと聞いて、よろしければ私が癒して差し上げようと思ったのです!」
エリサに呼ばれて、エリサの部屋に訪れれば、まず一声がそれだった。
私はどう反応すればいいのか迷った。エリサは王子専属の癒しの聖女だ。簡単に治療を受けるわけにはいかない。
「ご厚意感謝しますわ。けれど、もう体調は良くなりましたの」
「そうなんですね。それなら良かった」
悪意のない顔でそんなことを言われて、肩の力が抜ける。
散々、毒の聖女と煽り散らされていた気がしたが、そうではなさそうだ。
私の前で毒の加護を与えたのは、いかがなものかと思うが、いつもそんな感じなので、何も考えていなそうだ。いわゆる、天然というものであろうか。
「あの、実はお話ししたいことがあって」
「……何かしら」
目的は最初からそのつもりだったようだ。エリサは立ったまま、組んでいた手の指を落ち着きなく動かす。
私はソファーに促されて腰を下ろしてから、何の気なしに部屋を視線だけで見回した。
エリサの部屋は私の研究室と同じで、薬草などを調合する部屋になっている。壁に沿って棚が置かれ、薬草の瓶が並んだ。長机の上には作りかけの薬草がある。調合中だったのか、薬研や刻み用のナイフがそのまま置かれていた。側には本が開いていて、実験中だったのかもしれない。調度品などは豪華ではないが、それなりに整えられていた
。
部屋には助手らしき男の子が三人。男性ではない、男の子だ。十五歳前後の子一人と、もう二人はさらに少し年下に思える。機関から連れてきた薬師にしては若すぎるので、小間使いだろうか。その一人の男の子が、お茶を出してくれた。
「それで、どんなお話かしら?」
「あの、勘違いしないでほしいんです!」
「……何の話?」
「王子様のことです。私が王子様の側にいるのは、王子様の専属の聖女になったからです」
何を今更。そんなこと、辺境に行く前から知っている。しかし、エリサはもじもじしながら、私をキッと睨みつけるように見つめた。
「だって、毒の聖女様、王子様と全然会っていないじゃないですか。それって、私のせいかなって思って」
いちいち、癇に障る。
これを計算していないのならば、無遠慮どころか失礼なだけだろう。
それに、人前で話すことだろうか。男の子たちは完全に話を聞いている。エルンスト卿は護衛だからまだしも、男の子たちはメイドですらない。機関から連れてきたであろう、いわば部外者だ。私用の話を聞かせる相手ではなかった。
私は人払いをさせた。まったく、絶対わざとだろう。エルンスト卿も廊下に出して、頭を抱えたい気持ちで向き直す。
こんなことに苛つきたくないが、話の内容は図星を突かれたようなものだった。それを表情に出さないように、私は無理に微笑む。
「わたくしも戻ってきたばかりで、お会いする機会がないだけよ。あなたが気にすることではないわ」
「そうでしょうか。私、心配で。私のせいで、お二人が喧嘩をしたらどうしようって」
だったら、私がアルテュール様と話す際は、さっさと席を外せばいいだろう。そうもしないくせに、よくもそんなことが言えるものだ。悪気はないと言いながら、行動が伴っていない。
これって天然なの? それとも、わざとらしい嫌がらせ?
けれど、アルテュール様はエリサを常に側に置き、私との時間よりもエリサとの時間をとるのだ。アルテュール様がエリサと共にいたがっているのは明白。
アルテュール様は、こんな女性が好みなのかしら。
わざとでなければ、天然で裏表のない女性なのかもしれない。私だったら今の言葉に何の意味があるのか、裏では何を思っているのか、瞬時に考えるだろう。そんなことに忙殺されたくないが、王太子殿下の婚約者に対する言葉を、譜面通りに受け取るわけにはいかない。気を抜いて曖昧な相槌もできない。気楽にしろと言われても難しい。
そう考えて、歪な気持ちが膨れ上がる気がした。これに劣っているのかという、見下した気持ちだ。
ああ、私のこんなところに気付いていたのかもしれないわ。嫉妬深くて、傲慢で、可愛げのない。
そんな女を事故で抱いてしまって、アルテュール様は心を痛めているだろう。どう対処すべきか、試行錯誤しているに違いない。私を慮る手紙もなく、会おうという話も一切出ていないのだから。
私は頭の中で首を振って、顔を上げる。
「ところで、さっきから気になっていたのだけれど。あの薬草、別のものが混じっているわよ」
私は机の上に乱雑に置かれていた草花を指差した。
緑色の長く細い葉を持ち、茎の頭に白い球状の花を持つ、ヤラーニャ。癒しに使う、薬草の一つだ。雑草のようにその辺に生えている草だが、薬効は万能だった。熱冷ましに痛み止め、風邪にも効けば、外傷痛にも効く。
癒しの聖女も万能ではない。傷などを治しても、深傷の場合、体力まで元に戻せない。そういった場合は、医師と同じで薬草を使う。そのための材料だろうが、ヤラーニャは一つ問題があった。
「毒草が混じっているわ」
「え!? どこにですか!」




