表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワとタマキとセレスの休日  作者: ぶらっくそーど


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

「蛍」


 金曜日の夜。


 今週は忙しかった。入社三ヶ月目に入って、そろそろ新人扱いが薄れてきた。先輩の補助ではなく、自分の担当が増えてきている。VRインターフェースの描画最適化。結局ゲームの技術を仕事にしているのだから、人生は面白いものだ。


 冬夜はいつも通り帰宅して、いつも通り夕飯を食べた。今日は自分で作った。野菜炒めと味噌汁。宮瀬に「自炊した」と報告したら、「えらい!」のスタンプが三連で返ってきた。


 スマホの画面で、セレスがスタンプの上に座っていた。



「トワ、えらいのスタンプ、みっつ」


「三つは多いな」


「タマキ、うれしかった。トワがごはんつくると、うれしくなる」


「そういうものか」


「そーゆーもの」


 20時半。VRヘルメットを被った。



    ◇



 リベルタの噴水広場にログインすると、タマキがもう待っていた。


「あの、トワさん! 早速ですが、今日はお願いがあるんです」


「何だ?」


薬草(やくそう)を摘みに行きたいんです。リベルタの東の丘に、この季節だけ咲くカモミールに似た花があるって聞いて。それでハーブティーのブレンドを試したくて」


「薬じゃなくて、茶か」


「お茶も薬の一種ですよ。飲んでほっとするのが効能です」


「まあ、散歩の目的地としては悪くないか」


「でしょう? ほら、早く行きましょう!」


 セレスがトワの肩で首を傾げた。


「やくそー、おいしい?」


「薬草は食べるものじゃなくて、お茶にするんだよ、セレスちゃん」


「おちゃ。のめる?」


「飲めるよ。美味しいお茶にするからね」


「じゃあ、いく」


 リベルタの東門を出た。夜の道だ。街灯の光が途切れて、月明かりだけになった。金色の足跡が暗い道に淡く光っている。


 丘への道は緩やかな坂で、両側に草が茂っている。昼間はプレイヤーが行き来するが、夜はほとんど人がいない。虫の声と、草を踏む足音だけ。


 五分ほど歩いた時、セレスが声を上げた。


「トワ。ひかってる。くさのなかで、なにか、ひかってる」


 草むらの中に、小さな光が浮いていた。黄緑色の光。ゆっくりと点滅しながら、ふわふわと漂っている。


「蛍だ」


「ほたる?」


「六月の夜に光る虫だ。求愛のために光るらしい」


「きゅーあい。すきなひとに、ひかるの?」


「そういうことらしい」


 一匹だけではなかった。坂道の両側の草むらから、ぽつ、ぽつと光が浮かび上がってくる。五匹、十匹、二十匹。丘の斜面が、黄緑色の小さな灯りで満ちていった。


「わあ……」タマキが足を止めた。「きれい。こんなにたくさんいるんですね」


「浄化の後、虫の種類が増えたと聞いた。蛍もその一つかもしれないな」


 蛍たちが、ゆっくりと光っている。明滅のリズムはばらばらだが、時々偶然揃う瞬間がある。一斉にふっと光って、一斉にふっと消える。その瞬間だけ、丘全体が呼吸しているように見えた。


 テンがブーツの上で光った。


 いつもの一回きりの光ではなかった。テンが蛍の点滅に合わせて、自分の甲殻を光らせている。蛍がゆっくり点灯すると、テンもゆっくり点灯する。蛍が消えると、テンも消える。


「テンちゃんが……蛍のリズムに合わせてる」タマキが小声で言った。


「ああ、光で真似しているんだ」


 テンの光は蛍の黄緑色とは違う、白い光だ。でもリズムが同じだった。テンが蛍の言葉を覚えようとしているみたいに、丁寧に点滅を重ねている。


 すると、蛍が一匹、テンに近づいてきた。


 ブーツの上のテンの周りを、ゆっくり一周した。テンが光った。蛍も光った。テンが消えた。蛍も消えた。


「……おはなし、してるのかな」セレスが小声で言った。声を出すと蛍が逃げてしまいそうで、セレスにしては珍しく小さな声だった。


「何を話しているかは、テンにしかわからないが……たぶんそうだ」


 蛍がもう一匹寄ってきた。三匹目。四匹目。テンの周りに蛍が集まっている。テンの白い光と蛍の黄緑の光が、交互に明滅して、小さな光の輪ができた。


 テンの甲殻が、いつもより少しだけ明るく光った。嬉しい時の光だ。


 メブキが頭の上で、双葉をそっと揺らした。声は出さない。テンの時間を邪魔しないように、見守っている。


 ルーナが影の中から、ぽつりと呟いた。


「……テン、楽しそう。よかった」


 五人で黙って蛍を見ていた。テンが蛍と光を交わしている。誰も急かさなかった。時間はないのに、誰も「そろそろ行こう」と言わなかった。



    ◇



 十分ほど蛍を見てから、丘の上に着いた。


 テンの周りからは蛍が離れていったが、テンはしばらく蛍のリズムで点滅し続けていた。覚えた言葉を反芻するように。


 丘の頂上に、白い小さな花が群生していた。月明かりの下で、花びらが銀色に光っている。


「これです! 星夜草。カモミールに似てるけど、BCO固有の薬草で、リラックス効果が高いんです」


 タマキが鞄から小さな採取バサミを取り出して、花を摘み始めた。丁寧に、茎の根元から切る。薬師の手つきだ。


「トワさん、少し待っててくださいね。すぐ終わりますから」


「急がなくていい。景色がいいからな」


 丘の上からリベルタの街灯が見えた。遠くに海が光っている。月が水平線の上にかかっていて、海面に銀色の道が伸びていた。


 セレスがトワの肩から丘の景色を見渡した。


「トワ。ここ、たかい」


「丘の上だからな」


「たかいところから、まちがみえる。セレスのかたのうえからみるせかいと、にてる」


「セレスの肩の上?」


「トワのかたのうえが、セレスのせかい。セレスは、トワのかたのうえから、ぜんぶみてる。トワのうえからみるまちは、おかのうえからみるまちと、おなじくらい、きれい」


「そうか。俺の肩はそんなにいい場所か」


「いちばんいー。いちごジャムのつぎに」


「いちごジャムの次か。相変わらず二位だな」


「にい、えいえんのにい。でも、にいは、わるくない。いちばんのつぎに、だいじなばしょ」


 タマキが薬草を摘み終わった。小さな布袋がいっぱいになっている。


「摘めました! じゃあ、ここでお茶を淹れてみますね」


 タマキが携帯調合セットを広げた。小さな銅の鍋。水筒の水。薬草の花弁を数枚ちぎって、湯を沸かして、花弁を入れた。丘の上に、甘い花の香りが漂った。


「いいにおい」セレスが鼻をひくひくさせた。


「でしょう? 星夜草は香りが強いんです。少し蒸らしたら飲めますよ」


 三分間。タマキが小さなカップに注いだ。トワの分と、セレスの手のひらサイズの分と、自分の分。


「どうぞ! 星夜草のハーブティーです」


 セレスが両手でカップを持って、ふーふーと息を吹きかけた。小さなカップから立ち上る湯気が、月明かりの中で白く揺れた。


 一口飲んだ。


「……」


「セレスちゃん、どう?」


「にがい」


「あ、苦い? 蒸らしすぎたかな」


「にがい。でも、あとから、あまい。くちのなかで、おはながさく、みたいなあじ」


「お花が咲く味……なるほど、そういう表現もあるんだ」


 トワも飲んだ。確かに最初に苦味が来て、その後に花の甘さが口の中に広がる。


 悪くない。むしろ、いい。


「うまいぞ、これ」


「ほんとですか?」タマキが嬉しそうに顔を上げた。「トワさんがうまいって言ってくれると、自信が持てます」


「本当のことを言っただけだ」


「本当のことを言ってくれるトワさんが好きです」


「……茶がうまいという話をしていたはずだが」


「お茶の話から、トワさんが好きという話に発展しちゃいましたね」


 セレスがカップの中を覗き込んだ。残りの半分を、ゆっくり飲んだ。


「のみおわった。おいしかった」


「よかった。セレスちゃんに気に入ってもらえたなら、このブレンドは成功ですね」


「タマキ、おちゃのてんさい」


「天才は言い過ぎだよ、セレスちゃん」


「てんさいじゃなかったら、なに?」


「……薬師、かな。お茶も薬の一種だから」


「じゃあ、タマキは、おちゃのくすし。おちゃくすし」


「お茶薬師。新しい肩書きですね」


 テンがブーツの上で光った。蛍のリズムはもう消えていて、いつものテンの光に戻っていた。一回だけの、穏やかな光。お茶の時間が好きなんだろう。



    ◇



 21時20分。丘を下りた。


 帰り道、蛍はまだ光っていた。テンがまた蛍のリズムに合わせ始めた。


「テン、また蛍とおはなしだね」セレスが嬉しそうに言った。


「テンちゃん、蛍が好きになったんですかね」タマキが微笑んだ。


「光で話せる相手は、テンにとっては珍しいんだろうな。俺たちは言葉で話すが、テンは光しかないからな」


「光しかないから、光で話せる相手が嬉しいんですね。……なんだか、すてきですね」


 テンの周りに蛍が数匹、また寄ってきた。白い光と黄緑の光が交互に明滅する。テンのための会話を、邪魔しないように少し離れて歩いた。


 リベルタの東門が見えた。


「テン。そろそろ帰るぞ」


 テンが一回光った。了解の光だ。蛍たちが離れていった。テンが最後にもう一回光った。さよならの光なのか、また来るの光なのかは、テンにしかわからない。


 噴水広場に戻った。


「トワさん。今日のお茶、もう少し改良してみますね。苦味を抑えたバージョンも作ってみます」


「楽しみにしている」


「えへへ……楽しみにしてくれるの、嬉しいです。おやすみなさい、トワさん」


「おやすみ」


 タマキがログアウトした。


 セレスがトワの肩で、小さく欠伸をした。


「トワ。きょうは、ほたると、おちゃ」


「ああ、いい夜だった」


「テン、ほたるとなかよくなった」


「そうだな。テンにとっていい出会いだったかもしれない」


「であいは、だいじ。セレスもトワにであったから、いまここにいる」


「そうだな。出会いは大事だ」


「あしたも、なにかにであえるかな」


「歩いていれば、何かには出会えるだろう」


「たのしみ」



 ログアウトした。


 ヘルメットを外した。スマホを見た。


 画面の隅でセレスが丸くなっている。通知ランプのあたりでテンが点滅していた。蛍のリズムで光っている。まだ覚えているらしい。


 宮瀬からメッセージが来ていた。


『今日のお茶、苦味の調整メモしました。明日の夜、改良版を試してもいいですか?』


『ああ。楽しみにしている』


『やった! あと蛍、また見に行きたいです。テンちゃんが蛍と光ってるの、すごく可愛かった!』


 エクスクラメーションマークが二つ。宮瀬の嬉しさは、いつも記号の数でわかる。


 窓の外を見た。現実の空には蛍はいないが、星がいくつか光っていた。テンと蛍の会話を思い出しながら、冬夜は歯を磨いて、電気を消した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ