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トワとタマキとセレスの休日  作者: ぶらっくそーど


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3/3

「釣り」


 土曜日。


 冬夜は九時に目を覚ました。目覚ましをかけない朝。社会人にとって、土曜日の朝の目覚ましなしは、ゲームのレアドロップに匹敵する喜びがある。


 布団の中でスマホを見た。画面の隅でセレスがまだ寝ていた。丸まって、角の先がぴょこっと画面の端からはみ出している。通知ランプのあたりでテンが弱く光っている。寝ぼけているのか、点滅の間隔がいつもより長い。


 ゆっくり起きて、トーストを焼いて、コーヒーを淹れた。休日の朝のルーティンだ。BCOではセレスに急かされるが、現実では誰も急かさない。……セレスが寝ている間は。


 宮瀬から昨日の夜にメッセージが来ていた。


『明日は午後からログインしますね。午前中は買い物に行ってきます!』


 午後からか。じゃあ午前中は一人で入るか、と思って昼前にヘルメットを被った。



    ◇



 リベルタの噴水広場にログインした。昼のリベルタだ。陽が高くて、石畳が白く光っている。噴水の水が陽光を弾いて虹を作っていた。


 広場のベンチに、見覚えのある黒い外套が座っていた。


 ゼクスだ。


 ベンチに深く腰を下ろして、腕を組んで、何もしていない。


「ゼクス。珍しいな、昼から」


「暇だった」


「暇で来たのか」


「暇以外の理由で来ることの方が少ない。最近は特にやることがないからな」


 セレスがトワの肩から手を振った。


「ゼクス、ひま!」


「ああ、俺も暇だが、セレスもいつも暇だろう」


「ぜんぜん。セレス、あっちでもこっちでも、トワのそばにいて、いそがしー」


「……それは難儀なものだな」


「ぜくすは、ひまだと、ベンチにすわるんだね」


「影に潜って寝る方が好きだが、この町の影は浅くて寝心地が悪い」


 ゼクスが立ち上がった。外套の裾を払う。


「トワ。どこか行くなら付き合うぞ」


「散歩でいいなら」


「いい。歩くだけでも、暇潰しにはなる」


 二人で南門を出た。前に星花の湖に行った時と同じ道だ。昼間だと、草原の色が違う。緑が鮮やかで、花が咲いている。夜とは別の場所みたいだった。


「この前、ここで魚が跳ねていたんだ」


「魚か……」


「セレスが気に入ってな。素手で捕まえられないかという話になって、ゼクスなら影の中から掴めるんじゃないかと」


「影から魚を掴む? やったことはないが」


「そもそも釣竿がなかった。今日は買ってみるか」


「……釣りか」


 ゼクスが少し考えて、頷いた。


「悪くないな」



    ◇



 南門の近くに雑貨屋があった。NPC店主のおばさんが、「釣り竿ですか?」と聞き返した。冒険者が釣竿を買うのは珍しいらしい。


 竹の釣竿を二本買った。餌用の虫かごと、小さなバケツ。合わせて120ゴールド。旅立ちの剣より安い。


「こんな細いもので魚が釣れるのか」ゼクスが竿を持って、怪訝そうな顔をした。


「振り回すものじゃないぞ。糸を垂らして待つんだ」


「待つのか」


「釣りとはそういうものだ」


「……俺は待つのが苦手だ。影潜りで奇襲する方が性に合っている」


「魚に奇襲をかけるのか」


「冗談だ。やってみよう」


 星花の湖に着いた。昼間の湖は夜とまた違う。水面が青くて、底の石が見える。魚の影がゆらゆら泳いでいるのが、水の上からでもわかった。


 湖畔に並んで座った。竿を伸ばして、糸を垂らした。浮きが水面にぷかぷか浮いている。


 三分経った。何も起きない。


 五分経った。何も起きない。


 ゼクスが腕を組んだまま、水面を睨んでいる。


「……来ないな」


「来ないな」


「魚は見えているのに、何故食いつかない?」


「餌に興味がないんだろう」


「餌を変えるか」


「変える餌がない。虫かごの虫はこれだけだ」


「……」


「……」


 セレスが二人を交互に見た。


「トワとゼクス、しずかすぎる。おしゃべり、しないの?」


「釣りの時は静かにするものだ」


「ゼクスもそう思う?」


「ああ、魚が逃げるからな」


「ふうん」セレスが角を傾げた。「でも、おさかなに、みみ、ある?」


 トワとゼクスが顔を見合わせた。


「……あるのか?」


「さあ。見聞録で調べるか」


 見聞録でスキャンした。



  ──BCO淡水魚(種類:銀鱗魚)。聴覚:なし。振動感知:あり。



「聴覚はないが、振動は感じるらしい。声は聞こえないが、地面を踏む振動は伝わるんだな」


「おしゃべり、しても、いいってことだね」


「まあ、そうなるな」


「じゃあ、セレスがしゃべる。トワとゼクスがしずかだから、セレスが、にぎやかにする」


「にぎやかにしなくていい」ゼクスが言った。


「する。しずかは、つまらない」


「トワ。お前の精霊を何とかしてくれ」


「俺に言われても困る。セレスは俺の言うことを聞かない」


「きく。トワのいうこと、きく。でも、しずかにしてっていうのは、きかない」


「……選択的に聞いているわけだな」ゼクスが呆れた声を出した。


「せんたくてき。セレス、あたまいー」



 十分経った。浮きが一回沈んだ。


「来た」ゼクスが反射的に竿を引いた。速い。影潜りの反射速度で竿を引く。


 糸が切れた。


「……」


「力が強すぎるんだ。釣りはもっとゆっくり引く」


「ゆっくりは得意じゃない」


「知ってる」


 糸を結び直した。また垂らした。


 五分後。今度はトワの浮きが沈んだ。ゆっくり竿を上げた。手応えがある。リールを巻くと、銀色の魚が水面から飛び出した。


 手のひらサイズの魚が、糸の先でぱたぱた跳ねている。


「おさかな!」セレスが目を輝かせた。


「釣れたな」


 バケツに入れた。魚がバケツの中で泳ぎ始めた。


 メブキが頭の上から身を乗り出して、バケツを覗き込んだ。


「くるくる! おさかな、ちいさいはこのなかで、およいでる! ここ、みずうみじゃないのに!」


「バケツだ。水を入れた容器だよ」


「はこのなかのみずうみは、ちいさいみずうみ!」


「まあ、そうとも言えるか」


 ゼクスが黙々と糸を垂らし直した。今度は引く力を加減しているらしく、表情が真剣だ。影潜りで暗殺者の首を取る時と同じ集中力で、浮きを見つめている。


 三分後。ゼクスの浮きが沈んだ。


 ゼクスがゆっくり、慎重に、竿を上げた。糸が張る。魚が抵抗する。ゼクスがさらにゆっくり巻いた。


 銀色の魚が上がってきた。トワのより一回り大きい。


「……釣れた」


 ゼクスの声に、わずかに驚きが混じっていた。


「おお、大きいな」


「ああ、大きいな」


 バケツに入れた。魚が二匹になった。二匹がバケツの中でぐるぐる泳いでいる。


「ゼクス、やるね」セレスが言った。


「力加減を覚えた。二回目は楽だ」


「かげから、おさかなをとるのと、どっちがかんたん?」


「比べるものじゃないが……釣りの方が難しい。影潜りは自分の速さで決まるが、釣りは魚の動きに合わせないといけない。相手に合わせるのは、暗殺者の流儀ではない」


「でも、あわせたね」


「……まあ、たまには」


 ルーナが影の中から小さく笑った。


「……ゼクス、釣りが上手。意外」


「意外とは何だ」


「……ゼクスは、壊す方が得意だと思ってた」


「壊す方が得意なのは……まあ、否定しないが……」



    ◇



 二時間ほど釣りをした。土曜日だから時間に余裕がある。トワが三匹、ゼクスが四匹。ゼクスの方が多い。力加減を覚えてからは、暗殺者の集中力が釣りに向いていたらしい。


 午後になって、タマキが走ってきた。薬師の鞄と、手に小さな水筒を持っている。


「トワさん、ゼクスさん! お待たせしました!」


「タマキ。ゼクスが釣りで俺に勝った」


「えっ、釣り?」タマキがバケツを覗き込んだ。「わあ、こんなにいっぱい。七匹もいます!」


「俺が四匹だ」ゼクスがさらりと言った。


「ゼクスさん、なんだか嬉しそうですね」


「嬉しくはない」


「嬉しい時の顔ですよ、それ。わたし、表情を読むのは得意なんです」


「……余計なスキルを持っているな」


 タマキが水筒を差し出した。


「これ、星夜草のお茶の改良版です。苦味を抑えて、甘みを足しました。よかったら飲んでください」


 三人分のカップに注いだ。セレスの分は小さなカップ。湖畔に座って、釣り竿を置いて、お茶を飲んだ。


 ゼクスが一口飲んで、少し目を見開いた。


「……悪くないな」


「ほんとですか?」


「甘すぎない。飲める」


 セレスが自分のカップを両手で抱えて、ふーふーして飲んだ。


「おいしー。きのうのより、にがくない。タマキ、かいりょー、せいこー」


「えへへ……ありがとう、セレスちゃん」


 湖の水面に午後の日差しが反射していた。バケツの中の魚がぱしゃぱしゃ泳いでいる。釣竿が四本、地面に並べてある。


 ゼクスがお茶を飲みながら、湖を見ていた。


「トワ」


「何だ?」


「釣りは悪くなかった」


「ああ、またやるか」


「……まあ、暇なら」


 ゼクスは「暇なら」と言ったが、来週の土曜日も暇だと言って来るだろう。トワにはそれがわかっていた。ゼクスは暇だから来るのではなく、来たいから暇だと言う人間だ。一緒に戦ってきたから、それくらいはわかる。


「おさかな、どうするの?」セレスが聞いた。


「逃がすか、料理するか。セレスはどうしたい?」


「にがす。おさかなは、みずうみで、ぱしゃぱしゃするのが、いちばんいー」


「ゼクス。逃がすぞ」


「構わない。釣ることが目的だったからな」


 バケツを傾けて、七匹を湖に戻した。魚が一斉に泳いでいく。銀色の鱗が水の中できらきら光って、すぐに見えなくなった。


「おさかな、ばいばい」セレスが手を振った。


「ばいばい、か。食物連鎖の頂点にいる暗殺者に釣られて、精霊に見送られる魚の気持ちは複雑だろうな」


「おさかなに、きもちはあるの?」


「さあな。トワの見聞録に聞いてくれ」


「きかない。おさかなには、きもちがある。セレスのじてんに、かいてある」


「セレス辞書、また項目が増えたな」


「ふえる。まいにち、ふえる。セレスのじてんは、あるくたびに、あたらしいことばがふえる。トワのたびと、おなじ」


 ゼクスが横で小さく笑った。


 湖畔で三人と精霊四体が、午後の日差しの中でお茶を飲んでいた。何も起きない。何も起きなくていい。金色の足跡が、湖畔の草の上にぼんやりと光っていた。



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