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第8話 水道こわい



「ゆう子ちゃんは、刺客を育成してたのか」

 一週間ほど前。エミちゃんこと松田絵美子は、ポストに入っていた封筒を手に震えていた。中身の便箋は二枚。二つ折りのものと、四つ折りにしてそっと入れられているものだ。

「僕を褒めちぎる目的なんて、ひとつしかないよ。——そう、暗殺だ。嬉死うれしさせるのが目的なんだ。くくく、僕がこれしきのことで屈するとでも思うのかい? 甘かったな、まだまだ足りないに決まってるよ」

 余裕の表情で、返事を書くためにスクリーントーンの欠片を手で払い退けると、転がっていたコピックも落ちてしまった。

「あ、そうだ。0番買わないといけなかった。……あ! 今日用事あるじゃん、もう出ないと!」

 絵美子は、五日後に白紙の便箋と再開することになる。


「おばば様、今日はどこに行くんですの?」

 ゆう子はめんどくさ気にセリーヌを一瞥した。

「あんたさんは毎日どこか行きたいんか?」

「い、いえ……そういうわけではなくってよ」

「なら聞かんでよかったやんな」

 ゆう子は水道代のお知らせを確認しながら言う。井戸水もうまく使っているので水道代は安い。だがセリーヌが来たことにより、これから徐々に上がるだろう。

「そうやセリナ、外出たいんやったらやることあるで」

「わたくし、出たいわけではなくっ」

「木に水撒いて来んかい」

 おばばは頑固だ。これはゆう子だけではなく、多くのおばば様方に言えるかもしれないようなことだ。セリーヌは仕方なく戸口に向かった。

「水道は使つこたあかんで。井戸水の蛇口使ってな」

「イドミズ……? 蛇口は、たしか水栓のことでしたわね」

 つばの広い帽子を被り直したセリーヌは、風に煽られてまた帽子を被り直した。

 蛇口はふたつある。おそらく片方が井戸水だ。だが特徴もなく、どちらも同じデザインである。

「正解の方を使えば、おばば様が救われるのですわ。ここは真面目に推理しないと、エカテリーネの名に傷がつきますわ」

 よく見ると、片方は使い込まれているようで、やや黒ずんでいる。水が出ない程度に捻ると、軽い。

 もうひとつは捻っても硬く、なかなか動かなかった。

「なるほど、わかりましたわ。おばば様は外の水を使う時は飲まないからイドミズと言っていましたし、栓が軽い方がイドミズですわ!」 

 解決したとはいえ、何か道具がないと木に水をかけられない。彼女は逆さまに置いてあったバケツを使うことにした。

「これでわたくしの勝ちですわ! 指示が少ないと何も出来ないなんてことはなくってよ!」


 米を研いでいたゆう子は、セリーヌが向かった裏庭がやけに騒がしい気がして、洗う手を止めた。

 何だか激しく水の音がしている。嫌な予感しかしない。

 そしてそれは、違わず的中した。

「なんぞい! 使たあかんて言ったやろ!」

 水道を全開にして、セリーヌが水を汲んでいる。おばばは思わず怒鳴った。日々節約に取り組んできた意味がない。

「わあ、おばば様騒がしいですわ。何かありましたの?」

 そうしている間にも、水が出ていく。ゆう子は大急ぎで水を止めた。

「あっ、おばば様、今バケツに溜めているところですの。止めないで欲しいですわ」

「これは井戸水ちゃうんや。もう使たあかんで」

 セリーヌが目をまんまるにして、ゆう子と水道を交互に見た。ゆう子はふと、セリーヌが間違えた原因に思い当たる。

「……もしかして、井戸水の場所がわからんかったんか?」

「そ、……そうですわ。どちらかがイドミズだと思ったんですの」

 おばばの剣幕におじけづいたセリーヌは、おずおずと話し出す。

「栓が緩いから、これがイドミズかと思いましたわ」

 おばばははっとした。セリーヌが来る前から、なぜか少し水道代が高かったのだ。ここから漏れていたのか。

 ひとつ問題が解決したおばばは、上機嫌になった。

「まあええわ。今回だけやで。井戸水の場所教えるわ」

 井戸水の蛇口は、家の影になった薄暗い敷地の隅にあった。

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