第6話 布教完了
セリーヌは、初めて見る類の書物に、目をしばたたかせた。
「これはどうやって読むんですの?」
おばばは表紙を捲り、遊び紙を見て、それも捲る。
「なんとなくでええから、読んでみ」
おばばに本を渡され、セリーヌはしばらく眉間にしわを寄せて見ていたが、やがてわかったようで、すいすい読み出した。
「まあ、これは恋愛ものですの? エミチャンはすごいですわね!」
読み終えたセリーヌは、興奮して語りが止まらない。
「例えばここ、王子様がノアのおでこに手を当てるシーンとか……っ! 輝いていますわ! 線の一本一本が細くて綺麗で、それにお姫様抱っこして敵と戦うとか、ストーリーも最高ですのよ!」
セリーヌが読んで沼にはまったのは、BLだった。
「せっかくやし、感想書きんか。そしたらまたエミちゃんが大量に送ってくるで。これを」
ひらりと掲げられし書物は、今やどんな財宝より、セリーヌにとって価値あるものだ。
「書きますわ! そりゃもちろんびっしり感想で埋めますわ」
宣言すると、おばばが鉛筆と便箋をセリーヌに渡した。鉛筆の使い方はすぐわかったものの、紙を前にすると自信がなくなってしまった。
どうしよう。解釈違いなことを書いたら。表現とか間違えて、意図しないことを書いてしまったらどうしよう。まだ顔も見ぬ作者に向けるファンレター。筆が重い。
「セリナ、書かへんのか?」
横でさらさらと紙に書きつけているおばばが手を止めた。セリーヌは机に突っ伏す。
「だって……エミチャンに嫌われたくないんですの……。わたくしが重いとか、思われたくないですわ」
おばばは書き終えた紙を簡単に折り、封筒に入れた。セリーヌの手元を盗み見ると、まだ白紙だった。
「さっき喋ってたので、充分喜ぶと思うんやけど、なんかあかんことがあんのか?」
「えっ……」
セリーヌの手から鉛筆が落ちる。彼女は唖然としている。
「そんなので、エミチャンは満足するんですの……?」
筍の下拵えをしようと立ち上がったおばばとセリーヌの目が合う。
「逆になんや? それ以上に満足させられる文章を自分が書けるとでも思たんか? やれるんやったらやってみいや」
机に転がり、落ちそうな鉛筆をセリーヌは奪うように取り、そのまま紙に滑らせた。
「有言実行ですわ! 今度こそおばば様をぎゃふんと言わせてやりますのよ!」
ゆう子はちらりとセリーヌの様子を見て無敵の笑みを浮かべ、台所へ消えた。
二週間後。おばばの家に封筒が届いた。
『ゆう子ちゃん、セリーヌちゃんと同居してるんだね。外国人の実習生とかかな? すごい長文の感想ありがとう。嬉しくて何回も読んじゃった。また新しい本出す時は送るね。あと他のサークルさんのも読んでくれたかな? セリーヌちゃんと話してみたいな。だってすごく話が合うと思うから。またお盆くらいにそっちに帰るね!
松田絵美子より』
セリーヌは、おばばの部屋にあるエミチャンたちの過去作を、全て読み尽くした。




