第36話 ジャムパンと蛇口
時間は過ぎ去り、翌日。
コーデリアは、無事ワルノに連れられて帰還した。
「セリーヌ、これからはわたくしを見習って、コーデリアの体調を気にかけることですわ! おーーっほほっほ!」
何やら変な笑い方をして、ワルノはキヨ子と車に戻ろうとする。セリーヌは呼び止めた。
「ワルノ様、コーデリア様だけでなくワルノ様が体調を崩されるのも良くないことですわ。ゆっくり休んでくださいまし」
セリーヌの気遣いの一言に、ワルノは明らかに動揺した。
「な……なんですって? わたくしが寝不足だとでも言いますの? ざんっねんですわ、わたくしは夜もたーっぷり寝ていましてよ!」
狼狽えながらも声を張りあげるワルノの目の下には、はっきりとくまが出来ていた。どうも本人は気付いていないらしい。
「ワルちゃん、はよ帰って稲見に行くで」
「わかりましたわ。……セリーヌ、言いたいことはそれだけですの?」
「はい、ワルノ様。コーデリア様を見ていただいて助かりましたわ」
セリーヌは、ワルノのくまについて言うのをやめた。
そうしてワルノとキヨ子は、去っていった。
「コデリカ、朝ごはん食うたんか?」
「まだですわ。ワルノ様もキヨ子さんも忙しそうだったので、気を遣わせてしまってはあっこいと思いましたの」
「そない考えんでもええんや。まあまだなんやったら、これ食うてみんか」
ゆう子は食パンを取り出した。セリーヌとコーデリアがこの世界に来るまでパンを食べていたであろうと考えたゆう子は、毎日米ではなく、たまに二人にパンを与えるようになっていた。
「あれ、そないな瓶、昨日はありませんでしたわ……?」
冷蔵庫から取り出された瓶を見て、コーデリアは目を丸くした。それもそのはず、昨日の夜作って瓶に詰めたばかりのジャムだ。
「これ塗って食ってみんか。そや、セリナ先食うたんやろ? どないやったんや」
話を振られたセリーヌは一言、元気いっぱいに答えた。
「美味しかったですわ!」
セリーヌに、語彙は皆無だ。おそらく専属シェフはこだわり抜いた作品のような料理もこの一言で片付けられ、悲しかっただろう。
尚、専属シェフはのちに『お嬢様はご指摘こそ致しませんが、その笑顔に毎日わたしは元気付けられました』と語る。そしてセリーヌの「美味しい」という言葉の少しの違いすらもシェフは聞き分けていたという。
「おばば様、これは何のジャムですの……?」
「あんたさんはセリナに聞こうとせぇへんのやな」
「あっ……。セリーヌ様」
「まあ一回、食べてみぃ」
答えかけていたセリーヌは、行き場を失ってきょろきょろした。
「あー……。わたくし、水遣りに行ってきますわ」
「まだ行ってなかったん。はよ行くって昨日言うたやんか」
気まずそうに目を逸らしたセリーヌ。パンを一口食べたコーデリアが、ぱっと目を見開いた。
「う、美味い……ですわ。おばば様、これ何のジャムですの?」
「おばば様、暑いのでこの帽子使いたいですわ!」
「もう何でもええからさっさと行かんかい! ……コデリカ、それはな、昨日コデリカが出たあとにセリナが採ってきたヤマモモで作ったジャムや」
「ヤマモモ? 聞いたことがないですわね」
「おぶぁぶぁ様! 蛇口がぶじゃーッて、つっめたいですわ!」
「セリナなんぞい! コデリカ悪いんやけど、あとでな」
ゆう子の家は昨日よりも、明らかに騒がしかった。




