第30話 河童とがらくた
おばばより早起きして、おばばを部屋に入れないようにしないと、床に散乱した物たちが捨てられてしまう。
セリーヌはそれを阻止しなければならないのだ。だから、頑なにコーデリアのお願いを断った。
しかし。もう思い切って本当のことを伝えようとセリーヌが口を開いたとき。
かたり、と、窓が微かに音を立てた。
「ひええぇぇぇぇぇ…………」
「コーデリア様? 何かあったんですの?」
抱きつかれたセリーヌが戸惑って問いかけると、コーデリアは顔を埋めて答えた。
「河童がぁ……、わたくしの尻子玉を取ろうと企んでいるんですわ」
「かっぱ? しりこだま? コーデリア様、それはなんですの?」
日本の妖怪など、知り得るはずのないセリーヌは首を傾げる。コーデリアはそろりと後ろ手に持っていた本を渡した。
「これに……書いてありましたの。河童は人の尻子玉を取るのですわ。そして河童がいるのはきれいな川。ここは水源も近くにあるとおばば様が言っておりましたの。だから——」
コーデリアが言葉を切った途端、再び窓がかたかたと音を立てた。
河童が、来る。
「とととっ、とりあえず入ってくださいましコーデリア様ちょーっと部屋は汚いんですが」
セリーヌはなりふり構わずコーデリアの肩を掴み、馬鹿力で部屋に引き込んで襖を閉める。
「せせせセリーヌ様ぁ、どうしましょうわたくしと一緒にいたらセリーヌ様までっ!」
「わわ、わたくしは大丈夫ですわ。なんせおばば様のもとでかれこれ……えーっと、二ヶ月! しごかれてきましたもの! これしきのことで屈したりなど致しませんわ!」
「でも……っ!」
コーデリアは、鋭く息を呑んで言葉を引っ込めた。
「コーデリア様? なにか……」
「セリーヌ様、静かに!」
囁き声でコーデリアがセリーヌを遮る。あまりにも取り乱しすぎているコーデリアに気圧された。
「ひぃぃ……。あの本を読まなければよかったのですわ……」
コーデリアはセリーヌの寝床に潜り込み、枕に顔を埋めている。
古くなった床板の廊下が、重みを受けてぎしりときしむ。そしてそのぎしぎしという音は、体重の移動に合わせて、緩やかにこちらへと向かってくるのだ。
「ここ、コーデリア様? ほっ本当に河童……?」
「セリーヌ様、騒いでしまうと……!」
「コーデリア様も動いては!」
わたわたとどこにも隠れられず焦って小声を忘れているセリーヌと、布団の中にいながら足でセリーヌのがらくたを蹴ってしまうコーデリア。
ぎしり。
室内が静まる前に、音は部屋の前で止まった。
「セリーヌ様、開けてはいけませんわ」
「わかっていますわ、コーデリア様」
セリーヌは隠れるのをやめて、勇敢にも襖を押さえた。五秒ほどが経過する。心臓がうるさくて、思わず手が震えてしまう。
「……来た!」
ひんやりと張り詰めた空気の中で、ついに襖に外から力が加わる。セリーヌは全力で襖を押さえた。
「……くぅぅぅぅ…………っ」
しかし廊下にいる何かは力が強いらしく、セリーヌの手ががたがたと震える。劣勢だ。コーデリアは黙って見ていることしかできなかった。
「ゔ……っ! あ!」
セリーヌの手が限界を迎えて、ぱぁんと襖が開かれた。侵入を許してしまったセリーヌに、コーデリアが悲鳴をあげた。
「セリーヌ様ぁ……!」
返答はない。セリーヌは静かに目の前の人物を見据えていた。
「なんやねん夜中にぎゃーぎゃー騒ぎよって」
「…………おばば、様」
「え?」
コーデリアはいるはずのないゆう子の声に、唖然とする。
「足音がうるそうて来てみたら襖は開かんし、部屋が汚いってなんぞあるんか」
「……もしかして、おばば様ですの?」
「そもそもや。なんであんたさんがセリナの部屋におるんや」
よかった、おばば様だった。
安堵したコーデリアだったが、セリーヌが返事をしないことを訝しく思い、顔を覗き込んだ。
「セリナ、明日は自分の部屋の物をほかすんや。わかったやんな?」
ぽっかりと開かれた目が、死んでいる。
「……わかりましたわ、おばば様」
棒読みのセリーヌに、ようやくコーデリアはセリーヌの部屋に入ったのがいけなかったのだと悟った。
コーデリアを引き入れたのは、他でもないセリーヌだったのだが。




