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第28話 つゆ、とは



「あら、セリーヌが話なんて、珍しいわね。なんですの?」

 セリーヌはワルノを連れて台所を出て、すぐの廊下で立ち止まる。最悪おばばに聞かれても問題はあまりない話題なので、ここで充分だ。

「ワルノ様、わたくしたちは知ってしまいましたの」

 ワルノがごくりと唾を飲み込む。これでいい。関心はひいたはず。

「この世界には、『つゆ』というものがありますの。それはときに、『つゆ入り』という形でわたくしたちの生活に関わってきますの」

 セリーヌは少し間を開けて、続ける。

「わたくしたちはこの『つゆ入り』というものが、めんつゆの解禁日だと考えましたわ。そしてその『つゆ入り』は今日なのですわ。だからおばば様は、解禁されたばかりのつゆを買いに行ったのだと思いましたの」

 セリーヌは、買い物に同行したワルノならばこの話の終着点がわかるのではないかと思った。だからワルノを見た。しかし、ワルノは黙って続きを待つばかりで、特に表情の変化もない。

 ワルノはお菓子を探していたので、おばばと会ったのはレジ前だったのだ。カゴの中身もよく見ておらず、おばばが何を買ったのかも知らなかった。

「……でも、おばば様はめんつゆを買っておりませんでしたの」

「…………あら……」

 もしかして、ワルノは『つゆ入り』の違う意味を知っているのではないか。自分たちの仮説は外れたのではないか。唐突にセリーヌは不安になる。

 しかし。

「おばば様も、もう歳ですものね……。忘れごとのひとつやふたつ、誰でもしますわ」

 セリーヌには、このワルノの返事がとても意外だった。

 あの傲慢で弱者の立場に立ちたがらないワルノが、優しい目で微笑んでいるのだ。

「あんたさんたち、さっきから何話してるんや」

 すっと襖を開けて、おばばが顔を出した。しまった、ワルノは口が軽いから言ってしまう。止めねば、とセリーヌは一歩踏み出す。

「おばば様様、わたくしたちはおばば様様がめんつゆを買い忘れたのではと心配しておりましたのよ」

「めんつゆ? んなもんまだ家にあるやろ、なんで買わなあかんのや」

 セリーヌは、間に合わなかった。ぽっかり口を開いたままのセリーヌを見たゆう子は、訝しげに問いかける。

「なんやセリナ。あんたさんが言ったんか?」

「そ、そうですわ……。つゆ入りって、つゆを買ってくるものだと思ったんですの」

 おばばの表情が掻き消える。セリーヌは終わったと思った。確実に怒られる。

「なーに言っとんや、梅雨入りっちゅーのはめんつゆのことちゃうわ。梅雨入りの梅雨っていうんは、雨がずっと降る時期のことや」

 しかしおばばは、豪快にセリーヌの不安ごと笑い飛ばしてしまった。

「…………へ? つゆ……が、あめ……?」

「そうや、ようけ雨が降ってな、気が滅入ってまう時期なんや」

「セリーヌが言っていたのは、間違っている情報ということですの?」

 すかさず投げかけられたワルノの質問にも、おばばは軽く答える。

「まあそうや。でもつゆっちゅう言葉も聞いただけやったらわからんし、しゃあないことやで」

「……そうですわね」

 つまらなくなったワルノは、冷たい視線でセリーヌを見て、それから部屋に戻った。

「おばば様、この世界にはまだまだわたくしの知らないことがあるんですわね。難しいですわね」

「ところでセリナ」

 ゆう子の目は、全く笑っていなかった。

「梅雨って一言も言っとらんのに、どこで聞いたんや?」


「セリーヌ様、災難でしたわね。お疲れ様でございますわ」

 ゆう子のお風呂時間は、ふたりだけの雑談ができる。しっかり怒られたセリーヌを、うまくばれずにお咎めなしだったコーデリアが慰めていた。

「ワルノ様が、お菓子をくださりましたわ。ふたりで食べましょう」

「ワルノ様が?」

「はい、なんでもこの世界のお菓子が美味しいので、ぜひ食べてほしいと……」

 差し出したコーデリアの手にあったのは、パイの実。ちゃんと二粒入った袋が、二つ。

「……珍しいですわ」

「わたくしも、そう思いますわ」

 せっかくだからお茶と一緒に味わいたいところだが、おばばはさらに隙がなくなっている。家中に目があるかのような心地だ。

 ふたりは、紅茶の代わりの水を片手に、お菓子を味わった。

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