第23話 堆肥と虫の守り人
「——アクアクリア!」
魔法の泡が表面の埃を浄化し、消えてゆく。
茶色く輝きを失ったその球体は、セリーヌの手の中で冷たくなっていた。
「……悲しいですわ。でも、あなたのおかげで、この世界の魔素はかなり薄く、魔法も最低級の生活魔法しか使えないとわかりましたの。手厚く埋葬しますわ」
魔素虫。大気の魔素濃度を測るための貴族の必需品だ。体が光るのだが、その色で魔素の濃度を判別するのである。
この世界に来てから、見たこともない土気色の光で、かつ弱々しくしか光らなくなった虫は、ついに死んでしまったのだ。魔素を主食とするので、手の施しようもなかった。
ちょうど家の裏手に、落ち葉に隠れて盛り上がったふかふかな土があったので、そこを掘り返す。
「ここなら、ゆっくり眠れそうですわね」
ふわふわ布団に埋もれ、幸せそうな顔をしていたのを思い出し、涙が滲む。
「きっとゆっくり眠れますわ」
彼女は、数分後に訪れる悲劇をまだ知らなかった。
「セリナ、見い。この落ち葉の下はふかふかな土があるんや。……イノシシか何かが掘りよったんやろな。中身が見えよるわ。これを堆肥っていうんや」
おばばはセリーヌを、堆肥の山に連れてきた。おばばは何気ない知識の話をしているが、セリーヌは青ざめていて、いつ切り出そうかと迷っていた。おばばが指差した場所は、彼女が魔素虫を埋葬した場所なのだ。
「あ、あの、おばば様……」
「なんや、匂いは気にせんでもこれが普通や、すぐ慣れるで」
「おばばァ! 様アァ!」
大きなスコップを携え、まさに今土に突き刺さんとするおばばの前に、セリーヌは立ち塞がった。
「何や急に。名前と様を分けるくらいなら呼び捨てにせんかい」
「ここは! 何がなんでも掘らせませんわ!」
「……なんか、やったんか?」
おそらく、おばばの勘が鋭かったのは偶然だ。だが、セリーヌはチャンスを見逃さなかった。
「そうなんですの! ここに、少し……。その、埋めたものがあるんですわ」
「埋めたんか」
「もちろん、埋めましたわ」
ゆう子が考えている。そこまで悩むものだったかとセリーヌは内心首を傾げたが、静かに待った。
「ならええやん。どうせ朽ちるんやしべっちょないわ」
一瞬の油断。セリーヌの横をすり抜けたおばばは、違わずその場所にスコップを突き立てた。
「何するんですのぉぉ! そこにはわたくしの魔素虫ちゃんが眠っているんですのよ!」
「なんや、マソチュ? 新しい品種の草か?」
「違いますの! わたくしのお供ですわ!」
途端に、おばばの目が鋭く光った。
「あんたさんは死体の遺棄でもしたんか? そりゃあっこい、今すぐ出さなあかん」
ざくざくと掘り返し始めるおばばに、思わずセリーヌは抱きつく。
「埋めたのは人間ではありませんわ! せっかく埋葬したんですの、掘り返さないでくださらない?」
「そや、コデリカ! ちょっと来い、セリナがなんか埋めてもたんやて、あんたさんからも言ってやらんかい」
「セリーヌ様? 死体遺棄はお巡りさんに連れて行かれると、ニュースが言っておりましたわ。いけませんわよ」
「ニュースは人ちゃうわ、言ったんはアナウンサーやろ」
藁に縋るような思いで、セリーヌはコーデリアに説明した。
「コーデリア様、違いますの! わたくしが埋めたのは魔素虫で、人間ではないですわ」
「魔素虫……。本当に魔素虫は死体遺棄になりませんの?」
「えっ? どういうことですの」
「ペットを公共の場所に埋めるのも、おまわりさんに連れ去られる行為ですのよ。そしてここは、おばば様とわたくしと、それからセリーヌ様の使う土地、つまるところ『公共』の土地ですわ。セリーヌ様がここに魔素虫を埋められると、セリーヌ様はお巡りさんと仲良くすることになるのですわ。べっちょない! とはなりませんことよ」
「コーデリア様……。物知りですわ」
「わたくしはおばば様のテレビを盗み見て、日々賢くなっておりますわよ。もっと頼ってくださいまし、セリーヌ様」
ふふんと得意げにそりかえるコーデリア。そこに、おばばからの容赦ない一言。
「なんや、ペットやったんかい。ここは公共でもなんでもあれへん私有地やからええけど、折角やしもっと別の場所に埋めんかい。埋め直すから一旦掘り出すで」
「なななっ、なんてことするんですの……!」
「埋め直すからええやろ」
コーデリアは、あっさり知識を否定されて、開いた口がしばらく塞がらなかった。
そして、魔素虫の墓は玄関前に、立派に作り直されたのだった。




