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第16話 田舎付き合い昔話



「——そんでや。嬢ちゃんはどっから来たんや」

 セリーヌは、ちらりとおばばを見た。出身国名を告げたところで、この世界の人間が知る国ではないのだと、おばばが以前言っていた。ならば、どう答えるのが正解だというのか。

 タイミングが悪い。おばばはトイレに行っていて、セリーヌを庇う者が誰一人としていないのだ。おばばのトイレにしては少し遅いので、多分あれはトイレに座ってうたた寝を始めているはず。となると、しばらく増援は見込めない。

 セリーヌは息を吸い込み、背筋を伸ばした。おばばに勝てずとも、キヨコには勝たねば。彼女の心の奥底に、熱い炎がゆらめく。

「……わたくしは、わたくしは…………。剣と、魔法の世界から来ましたのよ」

 これだ。このフレーズはどの世代にも通じやすいはず。異世界という言葉もあるが、若い世代にしか通じない可能性があるのだと、エミチャンの漫画で主人公が言っていた。だから異世界の王子とのいちゃいちゃが家でできなくて、おばあちゃんの目の届かない裏路地に誘い込むのが成功の秘訣だと。異世界がわからないおばあちゃんは厄介らしい。どこかの国の王子を孫が誘拐したと思って血相を変えるのだ。それを考えると、セリーヌの説明を信じて、さらに『異世界』という言葉で母国を表現したおばばはハイテクだ。ハイテクおばばに出会えたセリーヌはラッキーなのだ。

 そして、キヨコは予想通りの言葉を口にする。

「なんや剣と魔法って。嬢ちゃんは夢見がちなんやねぇ。でもあかんで? そないして周り見ぃへんかったら、あっちゅー間に騙されるんやから。昔なあ、わしもはんさむな人がよう好きでなあ、そいで田舎の小娘だからよ、東京っちゅう都会に浮かれて、ふよふよしとったんじゃ」

「そ、そうなんですの……」

 しまった、これは悪手だ! 相手キヨコのペースに引きずられている。はやく話の流れを取り戻さなければ。

「東京ってなぁ、嬢ちゃんもびっくりすると思うで、なんとな、夜も明るぅて人がわらわら。そんじょそこらにカップル〜やらクラブの若いもんやらがおって、騒がしいんや。そんではんさむぅな人もいっぱいおるもんやから、わしはそのひとりに誘われてな、タケさんっちゅう名前やった、今もまだ覚えとるわ。ははは」

「あの、おばば様を見に行きたいですわ……」

「おー? なんか言ったか?」

 キヨコは目をしょぼしょぼさせ、耳を傾けた。

「いえ! な、なんでもありませんわわ〜」

「じゃあ空耳かいな。わしももう歳やからなあ、嬢ちゃんくらいぴちぴちしてた時は……おお、そいで東京の話やったなぁ。タケさんは毎日夜になると、女の子ひっかけて遊びよったんや。でもわしは会うたばかりで何も知らんかった。やからな、タケさんの一緒にいたいって言葉を信じてもたんや」

 セリーヌは、おばばのもとへ行こうとじりじりとキヨコの前から移動する。しかし、少しも話を止める気配のないキヨコに、なんだか申し訳なくなってきて、元の場所に戻った。

 彼女はきっと、セリーヌがいなくなってもしばらく喋り続けるのだろう。

「あのう……、キヨコさん、おばば様が」

 おばばのいびきが聞こえ始めている。あまり時間が経つと、おばばは起こされる時に怒りやすくなるのだ。はやく阻止せねば。

「おばばぁ? ……ああ、ゆう子さんのことやな。あの人と出会ぅたんはちょっと前やな。ゆう子さんが嫁入りでこっち越して来てなぁ、あんの人都会っ子やさけぇ、気取っとったんや。ほんま嫌なやつやでぇ? でもなぁ、畑仕事が忙しゅうていつの間にかあんなまあるくなりよったんよ」

「おばば様がトイレで寝ていますの。起こしてきますわ」

「なぁに言うとんや。寝たい奴は寝たいだけ寝かせたらええやろ? それとも用事あるんか?」

 駄目だ。話が通じない。おばば様を起こさなければ、トイレに行けなくなるというのに! トイレ通行止めは不健康まっしぐらだ。今までおばば様をみすみす寝かせてしまい、あとで腹痛を無言で耐えるという所業を成し遂げたわたくしは、身をもって知っている。これは危険だ。はやくおばばを起こさねば。

「わ、わたくし! おトイレに行って参りますわぁ!」

「おおそうなん。行っトイレー、ってなぁ」

 セリーヌは一目散に走った。まだ尿意を感じていない、いずれ限界に達する我が身の為。少し前にいびきが聞こえなくなった方へ。

「おばば様ぁ! 失礼致しますわ!」

 扉を開けた、その先に。

「セリナか、なんや?」

「お……おばばば様?」

「おばばやろ、そない急いでどうしたんや」

 おばばは、起きていた。

「いびきが聞こえたから心配だったんですの……」

 おばばは思い出すように、二度瞬きした。

「あれはな、まだ出そうな気がして踏ん張ってただけや」

 セリーヌの目が点になる。

「じゃあ……寝てなかったんですの?」

「そうや。そんで踏ん張ってたら、エミちゃんの古い漫画見つけてな、読んでたんや」

「もう……! 心配しましたのよ」

 セリーヌは何気ない動作を装い、おばばの手からエミチャンの幻の過去作を回収。

「これは渡さんで」

——できていなかった。

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