第14話 初めての播種
「エカテリー……。……絶対に、…………!」
セリーヌは飛び起きた。まだ窓の外は薄暗く、明け方のようだ。
「なっ、なんですの?」
また、あの夢を見た。そんな気がする。
「なんや今朝、騒いどったやろ」
「お騒がせしましたわ。なんだか最近毎日、嫌な夢を見るんですの」
「夜はちゃんと寝なあかんで。朝ごはん食べたら、これして来な」
朝ごはんの最中、おばばに紙の小さい袋を渡された。『ゴールドラッシュ』という文字と、野菜の写真が載っている。
「これは……野菜、ですわよね? なんという野菜ですの?」
「見たことないんか? とうもろこしっちゅうやっちゃ。夏に生る実をもいで塩入れてゆがいたらな、甘なるんやで」
パッケージに印刷された、金色の粒ひとつひとつが実なのだという。この世界では主流の野菜で、ある地域では主食になっているというのだ。(主食になる品種はまた別なんやで)
「美味しそうですわね……。植えるって、どうやるんですの? 種を投げたらよろしいですの?」
「ちゃうわ。こうやって土を窪ませてな、種を三粒播いて軽く土を被せるんや」
しばらく熱心におばばのジェスチャーを見つめていたセリーヌは微笑んだ。
「やっぱりわかりませんわ。外で教えていただきたいですの」
とうもろこしの種はまあまあ数があるので、プランターではなく耕した小さな畑に植えることにしていた。
「もう瓶の底でええから、こーやってくっ、てな」
おばばは種を播く場所の目安として、瓶の底で軽く土を凹ませた。
「くっ、てなんですの?」
「表現や」
首を傾げながら、セリーヌは瓶を受け取る。
「あっこい! やり直しや」
力を入れすぎて、思い切り地面に瓶をめり込ませてしまった。
「でもどのくらいにしたらいいのかわからないですの」
土をほぐし、もう一度。
「それ乗っけただけちゃうんか? ……まあええわ、それでやり」
軽く土にかたがいった程度だ。おばばはため息をついたが、もうやり直させようとはしなかった。
「これで埋めたら、芽が出るんですの?」
「ちゃうわ。まだ種植えてのうて、なんで芽が出ると思たんや」
おばばは種の袋を破り、手袋をした。薬品のついた種子を素手でべたべた触りたくないのだ。
「あんたさんも着けや、手袋」
「手袋? ……わかりましたわ、今から殲滅部隊としてわたくしが敵を討伐するのですわね! 行きますわよ、……シュッ! ヒュゥンカァン! ……くっ、かなり苦戦しますわね……」
「裏切り者めが。これで終わりや」
すかさずおばばが首元にぴたりと剣をあてがう仕草。セリーヌの顔が、険しく歪む。
「なん……ですのっ! 裏切ったのはおばば様ですわ! でも……完全にわたくしの負けですわ」
そのままうつむき、声に悔しさを滲ませる。
「じゃあ手ぇ出しや。一つの窪みに種は三つやで」
「三つ? 決まっているんですの?」
「わかりやすいからそう言うてるだけや」
セリーヌの差し出した手に、おばばは袋を振ってざらざらと種を出す。
しかし。ここで事件が起こった。
「わああっ! なんなんなん何ですの?」
ばら撒かれた種子を見た瞬間、セリーヌは大空へと種たちをリリース。
種数粒は勢いよく弧を描いて宙を滑り、どこかへ消えてしまう。
「なんぞい! 種投げたらあかんわ!」
「だだだだって……おばばば様、」
「ばが一個多いわ」
「種が! 血に染まっておりましたの! 紙袋! おばば様が持っているその種の袋に、誰かの手でも入っておりますのよ」
ゆう子は袋を一瞥した。
「入らんで」
「なら! 多分目玉でも……!」
ゆう子は袋を両手で潰した。
「あらへんけど?」
「じゃあ、じゃあ……! わたくしの手が、血に……!」
セリーヌは、己の手のひらを見た。手袋を捲った。
「……濡れておりませんわ」
おばばは、ふうとひとつため息をついた。
「種が赤いんは、芽ぇ出やすくするためや。赤い薬が塗ってあるだけや」
セリーヌの目が、徐々に見開かれる。まさか、そんなことがあるとは。
彼女は種苗会社の策略に、まんまと嵌まってしまったのだ。
「そんな……。そんなことが、あるなんて。思いもしませんでしたわ」
「もうどっか行ってもた種はほかして、新しく播くで。ほら、手ぇ出し」
今度こそ、無事に播種を終えたセリーヌであった。
「じゃあ次は水やりや。井戸水汲んできて」
「わかりましたわ! 間違えはしませんのよ!」
るんるん気分でバケツに水を汲んだセリーヌはよたよたと戻って来る。
「いっきますわー!」
そして、丁寧に種を播いて土を薄く被せた畝に、思い切り水をぶちまけた。
「やめんかーっ!」
セリーヌの晴れ晴れとした笑顔と、広がる水飛沫。軽く虹さえ見えるその光景は、いっそ快感といえるものだった。




