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王女様は明日のために

 窓の外から馬車の音が聞こえる。

 婚約破棄から1週間が経った。

 今日はジリアスが王宮を立つ日。

 

 アルテッサは窓に立ち、4頭立ての馬車が王宮の門を出ていくのをぼんやりと眺めた。

 ここのところジリアスの国との交渉で、あまり眠れておらず、アルテッサは寝不足だった。

 婚約をこちら側から破棄したのだから、それなりの対応をしないと相手も納得はしない。

 奇しくもアルテッサの外交はこれが初めてとなった。


 ジリアスには、婚約破棄を貴族たちの目の前で言い渡したあの日から、会っていない。

 王宮を出ていく今日、ジリアスの方から謁見の申し出があったが、アルテッサはそれを跳ね除けていた。

 あの日決意した気持ちは、会えば簡単に揺らいでしまう。会わない方が良い。


 アルテッサは窓を背に座り込んだ。

 立てた膝に顔を伏せる。


「もっと、強くなければならないのに」


 これから国を治めていけば私心など無関係に非情にならざる場面も出てくるだろう。

 好きな人に会えなくなったくらいでめそめそしててはいけない。


「あーあ、そんなところに座ったら、ドレスが汚れるぞ」

「うるさい」


 鬱々としたこんな時でも、いつものお小言が飛んできた。

 言われてもそのままの姿勢で動かないでいると、頭を撫でられる。

 払いのける気力もない。

 されるがままのアルテッサに、撫でていた手は驚いたように動きを止めた。

 隣に誰か座る気配がする。

 でもそれはジリアスではなくて……。


「あいつ、自分の国に帰ったんじゃなくて、この国にとどまったんだって?」

「ええ、そう。婚約者ではなくなったけれど、だからと言ってあっさり自国に返すわけにはいかないって」

「そうか……で? どこ行ったのか知っているのか?」

「表では辺境の離宮に住まわせるってことになっているけど、どこへなりとも好きなところに、とは伝えたわね」


 もちろん監視はつけている。

 しかし何の干渉もさせず、ジリアスの好きなようにさせておけ、との命を下した。


 孤児院を思い出した。

 彼はきっとあの場所に行ったに違いない。

 あの少女の元に。


 考えてから、ジリアスがどこに行こうとももう自分には関係ないのだ、と言い聞かせた。

 ため息が出てしまう。

 関係ないのに、なぁ……。


「あいつがどこに行ったか、教えてやろうか」

「別にいいよ」

「まあ、そう言うなって」


 お小言を言う時のような口調ではない、優しい声音。


「あいつ、離宮の方に行くって」


 アルテッサはその言葉に頭を上げた。

 離宮。

 表で公言した辺境の離宮?

 でもそこは王都から馬車で2週間かかるところにある。

 もちろん孤児院からも遠い。


「なん、で?」

「オレもそう思って、聞いてみたんだよ。そしたらあいつ、約束があるからって」

「約束?」


 何のことだろう……そう思いかけて、アルテッサはハッとした。


『君が望むならもう、僕は彼女に会わないよ』


 孤児院でのことを知り、ジリアスに問いただしたとき、彼はこう言っていた。


 あの言葉を守るっていうの?

 私にも会わないっていうのに?


 枯れたはずの涙が一粒、流れ落ちる。


「アルテッサ?」

「ううん、大丈夫」


 心配そうな人型の精霊、フィリックに首を振って応えた。


「大丈夫、だけどちょっとだけ、いい?」


 フィリックの服の裾を掴んで、お願いする。


「ウサギに戻って、背中を貸して」

「ええ? この恰好じゃダメなの?」

「もふもふがいいの!」

「はぁ……しょうがないなぁ」


 フィリックは不服そうにため息をついたあと、長い時間をかけながらウサギになってくれた。

 真っ白な毛並みのアルテッサが昔から親しんでいたウサギのフィリックだ。

 アルテッサはフィリックを抱き上げてその背に顔を埋めた。

 嬉しいような切ないような甘酸っぱい気持ちが込み上げる。


 アルテッサはもう一度だけ、静かに泣いた。

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