第5話 一目惚れ(5)
翌日。椅子と机が円形に階段状に並べられた部屋。どの椅子に座っても自然と中央の舞台へ視線が向けるため、演説や講義に適した造りになっていた。
「ナシル神官様の説明理解できるんか?」
「いや、全然理解できない」
肘をついて講義を聞いているジュダの問いに、ナシルは首を横に降った。
今ジュダとナシルは魔法理論講義を受けていた。神に仕える神官に魔法はいらないと思いがちだが、これは間違った。神官という職業は他の職業に比べて里や村を渡り歩くことが多い。そのたび、森や人の住まないところを通りかかる時が多いが、その時魔獣や強盗に襲われる危険があったため、自分の身を守るために魔法を身につけなければならない。
「すでにわかっておると思いますが、改めて説明します。魔法には五つの属性があります。火、水、土、風、雷。これに加えて光属性である神聖魔法と、闇属性である黒魔法があります。この二つの魔法は五属性の魔法と違って霊的な力によって成り立ってます」
神官が黒板の前で魔法について説明している。黒板にはさまざまな魔法陣が描かれており、神官はそれを指し示しながら説明を続けた。
「魔法の中で最も強力なのは、なんだかんだ言っても神聖魔法です。その次は認めたくはありませんが、黒魔法です。強力な魔法ですが、この二つの魔法は使い手が少ないのです」
神聖魔法とは神が直接人間に授けた奇跡のようなものであり、神への信仰心をもとに扱う魔法である。教会に属する神官だけが使うことのできる魔法だ。信仰心によってその威力には大きな差があり、代表的な例として最も強力な神聖魔法を扱う者は、神に選ばれし存在と言われる大神官である。一方、悪魔との契約によって扱う黒魔法は物理法則を無視するほど強力な魔法であるが、その不吉な力ゆえに人々に忌み嫌われており、使いたがる者はごく少数しかいない。
「皆さんにはまず、五属性の魔法の習得に専念していただきます。まずは魔法陣をイメージしてマナを流し込むような感覚で行ってください」
神官の言葉に従って見習い神官たちは黒板に描かれた魔法陣をイメージしマナで具現化し始めた。見習い神官たちの手の動きに合わせて、空中にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。中には魔法の発動に成功し、水が空中にふわふわと浮いたり、小さな火花が弾けたりするものもいたが、ほとんどが失敗して魔法陣がかすかに光を放って消えていくだけだった。
「はあ、やっぱ難しいな」
失敗した者の中にはジュダもいた。ジュダは目の前では、水属性の基礎魔法陣がかすかに浮かび上がったものの、すぐに薄れて消えていった。
「ナシルお前はど・・・え、なんだ」
ナシルの方に顔を向けたジュダは目が大きくなった。ナシルの前には丸い球体の形をした水の塊がふわりと宙に浮かんでいた。それも見習い神官たちが成功させた他の魔法と次元が違うほど、非常に精巧な球体だった。
「お前どうやったんだ」
「そ、それが・・・僕もわからない」
ナシル本人もかなり当惑している様子だった。
「神官様の説明通りに真似しただけなんだ」
「なんだその才能。なんかムカつくな」
ジュダは気に入らないといった様子で舌打ちした。ナシルは苦笑いしながら視線を逸らした。
「あら、ナシル成功したね。形も綺麗にできてるね」
ジュダの後ろに座ったアビガがナシルの魔法を見て感嘆した。
「いきなりなんだおまえぇ・・・ちょっと、お前も成功したんかい」
アビガに八つ当たりしようとしたジュダは、彼女の前にふわふわと浮かんでいる水の塊を見て言葉を失った。
「わたしのよりずっと丸い。そのくらいなら大神官様と比べても遜色ないと思うけど。ナシル魔法に才能あるんじゃない?」
「そ、そんなことないと思う」
アビガの褒め言葉に、ナシルは顔を逸らした。
ミスった。フォルス様のことで頭がいっぱいで、つい本気で魔法を使ってしまった。これじゃバレちゃうかもしれない。
実のところ、ナシルがジュダとアビガの視線から目を逸らしたのは、褒められて照れたからではなかった。ひどくハラハラしていることがバレたら大変なことになるので、二人から顔を背けたのだった。
「ナシルコツがあれば教えてもらえないかな? あんたみたいに精巧に造りたいんだけど、どうすればいいかわからない」
「そういうのは、僕より神官様に聞いた方がいいんじゃないかな」
「でも、神官様の魔法よりナシルの魔法の方がもっと丸いんだもん」
アビガの言葉に、ナシルは魔法を教える神官へと顔を向けた。確かに精巧な丸い球体だが、ナシルのと比べものにならない。
「教えてくれよ」
「ぼ、僕は・・・それがね・・・・・・・えーっと」
「では、今日の講義はこれで終わりにします。皆さん復讐を忘れないでください」
アビガのしつこい要求に、もはや逃げ場がなくなって困っていたそのとき、ちょうど神官が講義を終えた。
「講義終わったから、あとで。あとで教えてあげる」
「ふーん、わかった」
「そんなことよりさ、飯食いに行こうぜ。魔法使ったせいか腹減った」
アビガとナシルの会話の間に、ジュダが割って入った。ジュダは自分の腹をさすっていた。
「あんたは失敗しただろ」
「喧嘩売ってんのか。集中はしたぞ」
「僕は用事があって二人で食べて」
言い争うジュダとアビガに、ナシルが言った。するとジュダとアビガは同時にナシルに目を向けた。
「なんの用事だ」
「大神官様のお使い」
「またかよ。一昨日も使いに行ってただろ。大神官様お前をこき使いすぎじゃないか」
「ジュダ大神官様の悪口を言うのは許さない」
「いっ、いや、そういう意味じゃない。ジュダ大神官様の気に入ったんだな」
アビガの鋭い眼差しに、ジュダは怖気づいて慌てて言い直した。その二人を見て、ナシルはニコッと微笑みながら席を立った。
「とにかく僕はお使いに行ってくる。二人で食べて」
「二人きりでは食べないよ」
「俺もだよ」
ジュダとアビガは睨み合った。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だったが、ナシルは二人をそのままにして講義室を出た。いつもあんな感じだから別に気にする必要はない、とナシルは思った。
しばらくして大神官の執務室に着いたナシルはドアを軽く叩いてノックした。
「上がりなさい」
中でペテールの声が聞こえてきた。ナシルは静かにドアを開けて中へ入った。前には書類に目を落としたままナシルを迎えていたペテールが、今度は机から立ち上がって彼を迎えた。
「授業を始めよう」
「はい、大神官様」
ペテールがナシルにゆっくりと近づいた。
「前に教えた上位魔法は全て身につけたかい」
「はい。後属性全て習得しました」
ナシルの手のひらで五つの小さな魔法陣が浮かび上がった。それぞれ異なる属性であり、いずれも強大な破壊力を持つ上位魔法だった。これを見たペテールの灰色の眉がわずかにぴくりと動いた。同時に異なる属性の魔法を扱うことは非常に難しい。ましてや上位魔法ともなれば、その難易度は飛躍的に上昇する。
「大したものじゃのう」
ペテールが小さく呟いた。
実は次代の大神官になるナシルはペテールに教えをもらっている。見習い神官には大神官との授業もあるけど、こうやって一対一で授業を受けるのはナシルの特権である。魔法とか聖書とか大神官に直々教えをもらったため、彼は他の見習い神官たちより遥かに優れているのだ。さっきの魔法講義で、講義を行う神官よりも遥かに精密に魔法を扱えたのも、そのためである。
この指導は徹底して秘密裏に行われている。体がいくつあっても足りないほど多忙な大神官から直接一対一の教えを受けていることが誰かに知られたら、ナシルが次の大神官になるものだと気付かれる危険があるからだ。そのため、この授業はナシルとペテール以外、誰にも知られていなかった。
「魔法を学んでまだ三年しか経っていないのに、もうこれほどとは、とてつもない才能じゃ」
「大神官様のおかげです」
ペテールの称賛に、ナシルは謙虚に言葉を返した。大神官から一対一で教えを受けているからといって、ナシルに才能がないわけではない。かみに選ばれたものだけが大神官になることができる。そして次代大神官になるナシルは、それを証明するかのように神に祝福された魔法の腕前を見せた。さっきナシルが見せた技は、魔法を極める者でも才能がなければ一生努力しても到達できない領域だった。
「神聖魔法の方はどうじゃい」
「それが・・・まだ」
ナシルは面目なさそうに視線を落とした。大神官は失望を隠すように、手で口元を覆った。
大神官にさまざまな教えを受けてきたナシルは、これまでいい成果を上げてきた。しかし、なぜか神聖魔法に限っては成果が出なかった。神への信仰心が大事だとはいえ、神に選ばれて次代大神官になる運命のナシルなら問題なく扱えるはずなのに、それにも関わらずナシルはどれだけ努力しても神聖魔法を使うことができなかった。
「魔法はもう教えることはない。これからは神聖魔法に集中してみよう。ここに座りなさい」
「はい」
ペテールが椅子を一つ持ってくると、ナシルはその上に座った。ペテールはナシルの背後に回り、両肩に手を置いた。
「神聖魔法は信仰心が最も重要だということは、君もわかっておるじゃろう。その中でも一番大事なのは心構えじゃ。己の無力さを悟り、全てを主に委ね、頼るという心が肝心なのじゃ」
「はい」
ナシルは目を瞑ってペテールに言われた通りに「自分は無力だ。主を頼りにしよう」と思った。しかし何分経っても何も感じ取れなかった。
「今日はここまでにしよう」
「はい」
ペテールの声に、ナシルはおもむろに目を開けて椅子を立った。
「今日は失敗したが、落ち込まずに次にまた挑戦してみよう」
「はい」
気落ちしたのか、ナシルの声に力がなかった。ペテールは自分の執務机に戻って腰を下ろした。書類に目を通して仕事を始めようとしたが、扉の前に立ち尽くしているナシルが気になった。
「ナシル? そこに立って何をしておるのじゃ。授業は終わったのだから、日課に戻りなさい」
「・・・・・・」
「それとも、わしに何か言いたいことでもあるのか」
その言葉を待っていた
「フォルス様の護衛の件ですが、僕を護衛に任命・・・」
「却下する」
ペテールはナシルの言葉を遮り、キッパリと言った。
「しかし」
「またその話か。君も知っておるじゃろうが、護衛はパウル神官を向かわせると決まっておるのじゃ。もう諦めなさい」
「いやでも。僕がフォルス様の護衛になりたいです!」
ナシルの反抗に、ペテールは頭痛がするかのように額を押さえた。そして椅子から立ち上がり、ナシルに近づいた。
「ナシルよく聞きなさい。前にも言ったが、君は将来教会を導く大神官にならねばならぬ。それは数万の羊を導く牧者になるのと同じことだ。なのに数万を捨ててあのひ、いや、あの少女と一緒に旅をしたいと言うのか。今君に授けられた運命を捨ててたった一人の少女を選ぶと言うのか」
「・・・・・・・」
ペテールの言葉に、ナシルは何も言い返すことができなかった。常識的に見ても、ペテールの言うことは正しかった。ナシルは将来、全ての信徒や神官たちを正しい道へ導かなければならない。そのような重要な運命を背負うナシルを、たった一人の少女の安全のために死地へ送るのは、愚かな行為に違いなかった。
「返事がないということは諦めたと受け取る。もう出て行きなさい」
「まだ諦めてなんかいませんよ。そう言わなくても出ますよ。大神官様が下した罰を受けなきゃいけないので」
ナシルは皮肉げに言い残し、執務室を出た。執務室の木製扉がいつもより大きな音を立てて閉まった。
「君はまだ若いからわからぬ。そのうち、君もわかるじゃろう」
パタンと閉まった扉を見てペテールは小さく呟いた。
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