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第12話 断念(2)

「うあ、やっと息ができるわ」


 フォルスはベッドの上にどさっと身を投げ出し、大の字になって横になった。フォルスの部屋は教会が一時的に貸し与えた部屋であり、教会を訪れた貴賓たちに提供される部屋だった。だから、神官たちが泊まる部屋とは違って高級なベッドや上質な家具が置かれていた。


「セシル様、はしたないです。姿勢を正してください」

「まあいいじゃん。小言言ってる人もいないし、誰かに見られてるわけでもないから。いちいち礼儀を尽くすのはやっぱ柄じゃないわ」

「わたくしが見ていますが」

「ラティスは家族みたいなもんだから平気平気」


 セシルは親指を立てながら言った。ラティスは無表情にセシルを見つめた。


「それよりさっきわたくしどうだった。緊張してたんだけど、顔に出てなかったわね?」

「全く。むしろ無礼すぎて問題でした」

「それは仕方なかった。ちゃんとした理由を話してくれないんだもん」

「他人に話せない事情があるのでしょう」


 ラティスは大きくため息を吐いた。


「それより今日のことで教会にまで見放されたら、どうするつもりですか。教会以外にわたくしたちを助けてくれるところはないって、セシル様もよくわかってますよね?」

「うう、だからセシルって呼ぶなって言ったのに」


 ラティスの小言に頭が痛くなったセシル(フォルス)は、わざと揚げ足を取って話題を変えようと思った。


「ここにセシル様とわたくししかいないのですから、別に構わないのではありませんか。さっき家族みたいな存在だから平気だと言いましたよね」

「確かにそう言ったけど・・・・・・」


 さっき自分が口にした言葉を、そのままそっくり返されるセシル(フォルス)だった。


「あと、ナシルってどちら様ですか。どうしてあの人にこだわるんですか」


 ラティスは理解できなかった。実はさっきペテールが紹介してくれたパウルという神官のことを、セシル(フォルス)の護衛としてかなり気に入っていたからだ。身体もしっかり鍛えられており、魔法の扱いにも長けた魔法使い並に巧みなマナ運用が見て取れた。あの神官なら、セシルが旅に出ている間も安全に守ってくれるだろう、とラティスは思っていた。なのに、その提案をセシル(フォルス)は本人の前ではっきりと断ったのだった。あれほど頼もしそうな人より、ナシルという聞いたこともない見習い神官を自分の護衛につけて欲しいと言い出したのだ。だから、ラティスは理解できなかった。


「え、ラティス知らないの? わたし言ってなかったっけ。昨日わたしを守ってくれた方だわ」

「あ、あの方の名前がナシルですか」


 ラティスは知らなかったかのように答えたが、実は昨日セシル(フォルス)が全て話していた。全身が傷だからになりながらも、自分を守ってくれた人がいたのだと、昨日セシル(フォルス)は語っていた。ラティスもその話自体は覚えていたが、セシル(フォルス)が襲撃を受けたということに頭に来ていたため、ナシルという名前を覚えている余裕はなかった。


「あのナシルという方のおかげで、セシル様が無事でいられたことは明らかな事実です。ですが、これからの旅では昨日の襲撃のようなことが日常になるほど頻繁に起きると思います。そんな中で、たかが見習い神官がセシル様を守り切られるかわかりません。見習い神官よりはちゃんとした神官を護衛につける方が」

「ちょっと、今たかがって言った?」


 ラティスの言葉に、セシルの声が重くなった。さっきまでベッドに寝転がっていたセシルは、いつの間にか身を起こしてベッドに腰掛けて鋭い目でラティスを見つめていた。ラティスは自分が失言をしてしまったのだと悟った。


「セシル様が心配すぎてつい言葉選びを間違えました。申し訳ありません」

「次から気をつけて」


 セシル(フォルス)は重々しく警告した。ラティスはもう一度頭を下げた。


「それで、本当にあのナシルという方以外には護衛を頼まないつもりですか」

「うん」

「ですが、あのナシルという方もセシル様の護衛にしたがってるのですか」

「どういう意味なの」


 ラティスの問いに、セシルは不思議そうに首を傾げた。


「もしナシルという方がセシル様の護衛になりたくないと言ったら、どうするんですか。おそらく本人も望んでいないと思いますが」

「えー、そんなわけないわ」

「そこまで言い切れる理由でもあるのですか」


 確信に満ちたセシル(フォルス)の声に、ラティスは聞いた。すると、セシル(フォルス)はニヤリと笑った。


「わたしを守ってくれたもの。自分の身体を張ってまで守ってくれたわ。だから、わたしが護衛を頼めばきっと快く引き受けてくれるはず」

「そうでしょうか。わたくしは違うと思いますが」


 ラティスの言葉に、セシル(フォルス)はきょとんとした顔をした。


「むしろ逆ではないでしょうか。あのナシルという方、死にかけたと聞きました。それ、普通はトラウマですよ。セシル様を守ってあんな目に遭ったのに、護衛をしたがらないと思います。またこのようなことが起こるのですから」

「で、でも丁寧に頼めば」

「無理です。わたくしなら絶対やりません」


 ラティスは念を押すように、きっぱりと言い切った。あまりにも冷たい返答に、セシル(フォルス)は泣きそうな顔になった。


「や、やらないって?」

「今回は運が良かったとはいえ、これから先どうなるかわかりないじゃないですか。死ぬかもしれないのに、好き好んで護衛を引き受ける人はいませんよ。それに正直に言えば、わたくしはその見習い神官は反対です。もしその見習い神官が護衛を務め、セシル様と一緒に旅に出たとして、そこで強敵に遭遇したら、今回のように運良く住む保証はどこにもありません。その見習い神官が命を落とせば、セシル様も危険な目に遭うことになります。ですから、最初から実力が保証された方を連れていくべきだと思います」


 セシル(フォルス)にとってあまりにも冷たい言葉だったが、それが現実であり、ラティスの立場からすればそう考えるしかなかった。見習い神官といってもまだ教会の正式な神官ですらない。それに魔法の扱いだって熟練した神官たちに劣るはずだった。

 そもそも見習い神官は神聖魔法を使えるのか。

 神官に護衛を頼む最も大きい理由は神聖魔法だった。しかし、見習い神官は文字通りまだ見習いにすぎない。神聖魔法を扱える可能性も低い、いや、ないと思ってもいい。

 だから、ラティスの立場から見れば、実力も保証されていない相手よりは、パウルのような教会に認められた者をセシルの護衛につけたいと思うのは当然だった。


「ですので、ナシルという方より大神官に紹介していただいたパウル神官様を護衛につけるのはどうですか」


 ラティスの言葉に、セシルは沈黙した。しばらくの間。何も言わずじっとラティスを見つめていた。

 セシル様はナシルという方を護衛に望んでおられるのでしょう。ですが、仕方ない。

 これはセシル(フォルス)の命に関わる問題である。ここでの選択次第で、セシルが無事に旅を終わらせるかどうかが決まる。だからラティスは冷静に言うしかなかった。たとえ、セシル(フォルス)に冷たいと思われようとも。


「ラティス」


 セシル(フォルス)が口を開いた。ラティスは「はい」と答えた。


「それでもわたしはやっぱりナシル神官様に護衛を頼みたい」

「・・・・・・」

「見習い神官とか、安全んじゃないかもしれないとか、そんなのどうでもいいわ。わたしは本気でわたしを守ろうとしてくれたあの人がいいのよ。あの人を護衛にしたい」


 セシルは(フォルス)は真剣な口調で言った。


「明日直接頼む。わたしの護衛をお願いしたいって」

「もし断れたらどうするつもりですか」

「それは想像もしたくないけど、もし万が一断れたら無理やり連れて行くわけにはいけないから、その時は諦めるしか」

「そう、ですか」


 セシル(フォルス)の真剣な返答に、ラティスは小さく微笑んだ。普段から表情の変化が乏しいラティスにしてはかなり大きな表情の変化だった。


「じゃあわたくしはナシル様が断ってくださるよう祈ります。ここ教会ですし」

「ちょっ、何それ!?」


 セシル(フォルス)がベッドからパッと立ち上がった。


「あんただけはナシル神官様がわたしの護衛を引き受けてくれるように祈ってよ」

「わたくしはパウル神官様の方が護衛にふさわしいと思いますので。あと、どう祈るかはわたくしの自由だと思いますが」

「で、でも!」


 セシル(フォルス)は両手をギュッと握って怒鳴った。


「ほんとひどい。ラティスだけはわたしの味方だと思ったのに」

「わたくしはいつもセシル様の味方です。そのうえで、一つセシル様が忘れているようなので申し上げます。大神官をどう説得するつもりですか」


 ラティスの言葉に、セシル(フォルス)は「あ」と声を漏らした。ナシルの意思にばかり気を取られていたせいで、大神官が反対していることを忘れていた。


「正直、ナシルという方に護衛を頼むより、大神官を説得すれば全て円満に解決できると思います」

「どうして」

「大神官の命令なら嫌でも従わなければなりませんから」

「大神官の命令って、そんなに絶対なの?」

「はい。神官にとっては、神の言葉と言っても過言ではないほどです」

「え、本当に?」

「知らないんですか。大神官は人々から神の代行者と見なされていて、その一言一言が政治に大きな影響を及ぼします。しかも四百年前には、大神官の一声で一国の王が引きずり下ろされたこともありますよ」

「それはわたしも教わって知ってるよ」


 セシル(フォルス)は自分を馬鹿にするなと言わんばかりに言った。


「そんなにご存じの方が、大神官に丁重にお願いするどころか、あんなふうに強く押し切ったのですか。このまま教会にまで背を向けられたら、どうするつもりですか」

「フフッ、そんな心配はいらないわ」


 セシル(フォルス)の笑みに、ラティスは首を傾げた。


「なにしろ、このわたしのお願いなんだもの。いくら大神官といえど、わたしの頼みを無視できないはずだわ。教会だって、わたしに背を向けたくはないだろうから」


 セシル(フォルス)は確信に満ちた口調で言った。


「さあどうでしょうか」

「心配しないで。明日になればきっとナシル神官様を護衛としてつけてくれるわ」


 一体何を根拠にそこまで断言しているのか、とラティスは疑問に思った。


 そうして翌朝。セシル(フォルス)はベッドに腰掛け、ラティスを待っていた。無表情のまま平穏に待っているように見えるが、内心ではかなりソワソワしていた。無理もない。今ラティスは昨日のセシルの要求に対する大神官の返答を持ってきている最中で、セシル(フォルス)はそれを待っている。


「遅い。いつ来るんだろう」


 セシル(フォルス)は足を小刻みに揺らし始めた。ラティスが出発してから十分が過ぎていたが、まだ戻ってこない。

 それからどれほど時間が経っただろうか。セシル(フォルス)の腹がぐうと鳴り始めた頃、部屋の外から足音が一つ聞こえてきた。その足音は次第に近づき、やがて部屋の前で止まった。そして部屋のドアが開き、ラティスが入ってきた。


「ただ今戻りました」

「遅いよ!」


 ラティスが入ってくると、セシル(フォルス)はベッドからバネのように跳ね起きて、彼女の前に立った。


「それで、返事は?」

「こちらです」


 ラティスはクルクルと巻かれた一本の巻物を差し出した。セシル(フォルス)はそれを受け取り、紐を解いて巻物を広げた。広い紙面には、整った筆跡でたった二行だけが記されていた。


 教会はセシル様のご要望をお断りいたします。パウル神官がお気に召さないのであれば、こちらとしてもできることはございません。


「あ、あり得ない」


 セシル(フォルス)はつぶやいた。


「なんと書かれているのですか」

「断られた」


 セシル(フォルス)はわなわなと震えながら顔を上げた。彼女の表情は暗くなっていた。ラティスは身を乗り出してセシル(フォルス)の手にある巻物の内容に目を通した。


「これではナシルという方は護衛として連れていくことはできませんね」

「それは嫌だ!』


 セシル(フォルス)は大声を上げた。


「では、他に何か方法はあるのですか。明後日は王国に戻らなければなりませんよ」

「やっぱり直接頼むわ」


 セシル(フォルス)は巻物をベッドに放り投げた。


「本人が行くと言えば、いくら大神官でもダメだとは断れないだろう」

「さあどうでしょうか」


 セシル(フォルス)の言葉に、ラティスは小さくつぶやいた。


「今行ってくる」

「待ってください」


 ラティスは今にも飛び出そうとするセシル(フォルス)を呼び止めた。


「ナシルという方がどこにいらっしゃるのか、わかって行かれるのですか」

「っ!」


 ラティスの問いに、セシル(フォルス)は図星を突かれたようにビクッとした。セシル(フォルス)は振り返り、両手を合わせるようにしてラティスに言った。


「ラティスお願いがるんだけど」

「いやです」

「そんなこと言わずに、ちょっとだけ手伝ってよ」


 セシル(フォルス)はできる限り哀れな、いかにも同情を誘うような表情を浮かべた。その顔には、見る者に助けたいと思わせるような力があった。ラティスでさえ、どうすることもできなかった。


「はあ、わかりました。見習い神官のスケジュールが知りたいのですよね?」

「うん。お願い」


 セシル(フォルス)の頼みに、ラティスは深いため息をつき、部屋を出た。

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