表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
3章(分岐、もしかしてルナ√ですか!?)
46/48

9:生徒会長を説得する3つの方法

「あら、皆さん。忘れ物でもしましたか?」


 三人で連れ立って生徒会室に戻ると、エレナはいつもと変わらぬすました調子で疑問を投げかけてくる。

 手元の書類から顔を上げ、優雅にペンを置くその姿には、先ほどわたしを突き放した気まずさなど微塵も感じられない。


「エレナ」


 ずかずかと机の前まで歩み寄り、シリルが短く名を呼んだ。


「はい」

「助けてくれ」


 直球すぎる。

 何か策があるような顔をしていたのに、交渉でもなんでもなくただのストレートなお願いだった。


 わたしとアメリアが後ろでハラハラしていると、エレナは小さく溜め息をついた。


「……あなた達は、もう少し筋道を立ててお話をできないのですか?」

「何の話かわかっているのに、そんな風にはぐらかすのは非合理的じゃないか?」

「無駄な水掛論を交わす方がもっと非合理的ですわ」


 エレナの声音は冷ややかだ。

 彼女は『ルナの退学に口を挟む道理はない』と立場を表明しているのだから、当然の反応だった。


「じゃあ、助けてくれるつもりはないってことか?」

「助ける、助けないの話ではないでしょう。ルナさんのご家庭の事情に我々が介入する権利はありませんわ」


 はっきりとした拒絶。しかし、シリルは怯むことなく堂々と言い放った。


「ああ、そうだな。だから、これはそういう正論は無視した俺たちのわがままだよ」

「なら、なおのこと付き合う理由はありませんわね」

「本当にいいのか?」

「どういう意味ですか?」


 エレナが怪訝そうに眉をひそめる。

 シリルは少しだけ声を潜め、部屋の空気を一気に張り詰めさせるような、鋭い言葉を投げつけた。


「モントルヴァルの後ろ盾を失うのは、手痛いんじゃないかって言ってるんだ」


 その瞬間、室内の温度が急激に下がったように感じた。


「無礼者! 言葉を弁えなさい!」


 バンッ、と机を叩く音とともに、エレナの怒鳴り声が生徒会室に響き渡った。

 いつも完璧な所作を崩さない彼女の激昂に、わたしとアメリアはびくっと肩を震わせる。冷徹な仮面が、怒りで完全にひび割れていた。


「……失礼。ですが、シリル君。それはあまりに出過ぎた物言いですわよ」


 ハッとしたように表情を引き締め、エレナは咳払いをしてすぐさま元の『冷静な生徒会長』の顔を取り繕う。


 彼女の視線は氷のように冷たくシリルを射抜いていた。

 これ以上踏み込めば、本当に取り返しのつかないことになる――そう思ってわたしが慌てて割って入ろうとした、その時だった。


「……ははっ。安心したよ」


 シリルが破顔し、笑い出したのだ。


「……はい? なんとおっしゃいました?」


 エレナが毒気を抜かれたように瞬きをする。


「安心したって言ったんだ。『そうですわね』なんて、澄ました口調で言われちまったらそれこそ、可能性がないんだなって諦めるところだった」


 シリルの言葉に、わたしは目を見開いた。

 彼はエレナを挑発したわけじゃない。彼女の反応を試したのだ。


 もしエレナが、本当にモントルヴァル家の権力や打算、理屈だけで動く冷血な人間なら、あんな稚拙な挑発には乗らずに鼻で笑ってあしらったはずだ。

 それなのに、エレナは激昂した。

 同じ生徒会の仲間であるシリルが、ルナを打算の道具のように扱った物言いに、腹を立ててくれたのだ。


「……」


 沈黙するエレナに、シリルはニカッと主人公らしい満面の笑みを向けた。


「エレナ、お前もルナの事が心配で心配でたまらないんだろう!」

「………………は、はいっ?」


 これにはさすがのエレナも、目を丸くして完全に固まってしまった。

 先ほどの怒りも冷徹なオーラもどこへやら、見事に虚を突かれた顔をしている。


「隠すな隠すな。エレナは生徒会の皆が大好きだもんな」

「な、な、なにを……」


 図星を突かれたのか、それともあまりの的外れな物言いに狼狽したのか。

 エレナは頬を微かに赤く染め、しどろもどろになっている。


 ……すごい。あんなに隙がなかったエレナ様のペースを、交渉の理屈ではなく、泥臭い感情の力技で完全に崩してしまった。

 これぞ、正論も盤面も叩き割る“主人公の力”だろうか。


「エレナ」


 シリルが、今度は茶化すような響きを一切消した、真剣な声で再度エレナを呼んだ。


「……なんですか」


 ペースを乱されたエレナが、警戒するように身を強張らせる。

 そんな彼女に向かって、シリルはまっすぐにその目を見据え、言い放った。


「『願い』をここで使わせてくれないか? 頼む、俺たちの味方になってくれないか」


 そうして、シリルは深々と頭を下げた。

 生徒会室に、しんとした静寂が落ちる。


「アナタ、正気ですの? 自分に何の利益もありませんのよ!?」


 エレナが思わず立ち上がり、信じられないものを見るような声を上げた。

 その反応を見て、わたしの脳裏にひとつの記憶が閃いた。


 願い? ……あ。もしかして、願いってあれか。


 シリルをこの学園に無理やり入学させたのは、他でもないエレナだ。


 その見返りとして、エレナが叶えられる範囲でひとつ『願い』を聞くという約束を交わしている。

 本来のシナリオでは、その『願い』はルートによってはストーリーの展開を左右する超重要なファクターのはず。


 色々とシナリオから外れてしまっている現状でも、その約束自体は存在していたわけだ。


 って、そうじゃない!


「――ちょっと待ってシリル、それはダメだよ!」


 わたしは慌ててシリルを制する。


「ノネット?」


 シリルが顔を上げ、きょとんとわたしを見る。

 確かに今は今で大事な場面ではあるのだけれど、彼が持っているその大事な『願い』という切り札を、ここで使い潰させるわけにはいかない。


 それは主人公である彼自身のために取っておくべきものだ。


 だから、交渉の材料なら、わたしが用意する。


「エレナ様! だったら、わたしの『願い』を聞いてください!」

「は……? 貴女の願い、ですって?」

「言いましたよね、わたしのことを野放しにはできないって」


 身を乗り出して机に手をつき、わたしはエレナに詰め寄った。


「その見返りに、わたしの願いを叶えてくださいよ! これで、エレナ様が言っていた、“しがらみ”もできます!」

「ちょ、ちょっと、」

「お願いします! ルナ様に会いに行くために、わたしたちの味方になってください!」

「もう! なんなんですの、あなた達は!」


 打算も理屈もかなぐり捨てて、交互に無茶苦茶な要求を突きつけてくるわたしたちに、ついにエレナが悲鳴じみた叫びをあげた。


「エレナ様」


 その混乱を静めるように、澄んだ声が響いた。

 今まで後ろでオロオロしていたはずのアメリアが、静かに一歩前に出ていた。


「今度はアメリアさんですか……」

「申し訳ありません、エレナ様。二人とも、ルナ様を助けたい一心で、少しばかり不器用になっているだけなのです」


 アメリアは穏やかな微笑みを浮かべ、わたしとシリルの顔を交互に見た。


「シリル様とノネット様が、エレナ様とどのようなお約束をしていたのかはわかりませんが」


 アメリアが一度言葉を区切って、わたしたち一人一人をそれぞれ一瞥する。

 

「きっと、ご自身の大切な権利や貸し借りを、自分のためではなくルナ様のために使おうとしています。それは、損得や理屈を超えた、純粋な助けたいという思いからです」

「……」

「そして、エレナ様も。本当はルナ様のご事情を誰よりも心配して、心を痛めておられるのではありませんか? 先ほどお怒りになったのも、シリルがルナ様を政治の道具のように言ったからですよね」


 アメリアの真っ直ぐで優しい言葉に、エレナは図星を突かれたように小さく息を呑んだ。


「私たちは、誰もルナ様を見捨てたくないのです。ですからどうか、私たちの願いを……想いを、無下にしないでくださいませ」


 アメリアが胸に手を当てて深くお辞儀をすると、生徒会室は静寂に包まれた。

 感情論を、ただのわがままではなく、エレナの胸の奥にも届く真摯な訴えへと見事に整理してくれたのだ。


 エレナはしばらくの間、目を伏せて沈黙していた。

 やがて、小さく、しかしはっきりとしたため息をひとつ吐き出すと、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……はぁ。本当に、あなた達は」


 その顔からは、先ほどまでの冷徹な為政者の仮面は完全に剥がれ落ちていた。

 代わりに浮かんでいたのは、頭の痛い問題児たちを抱える、年相応の少女の疲れたような、それでいて少しだけ柔らかな表情だった。


「勘違いしないでください。わたくしはまだ、協力すると決めたわけではありませんからね」


 エレナはツンとそっぽを向きながらも、机の上に組んだ手の上に顎を乗せた。


「ですが……とりあえず、もう一度ちゃんと話をしましょう。今度は、頼れる先輩として話を聞いて差し上げますわ」


 それは実質的に協力してくれるという白旗宣言だった。

 わたしとシリルは顔を見合わせ、そしてアメリアの方を向いて、三人でこっそりと勝利の笑みを交わしたのだった。

次回投稿も1週間後くらいにあると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ