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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第7章 海に揺られて
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7.自分に出来る事を

誰一人死なせないために。

 警鐘が鳴り響き、焦ったように走る人々の足音や悲鳴、心臓に響くような大砲の音が聞こえる。

 部屋に残された三人は互いの顔を見合った。


「とりあえず、オレ達も行こう!」


 マルスの言葉にアイクとパルが頷くと、三人はすぐさま部屋の扉を開けて廊下に飛び出した。

 そして、指示された通りに下の階に行くために階段を目指して廊下を駆けて行く。

 リヴァイアサンによって引き起こされた波で何度も船が揺れ、その度に転びそうになりながらも三人はどうにか先へと進む。


「リヴァイアサンの野郎、相当暴れてやがるな。こっちの魔法も大砲も大して効いてねぇぞ」


「誰も犠牲を出さずに済むと良いけどよ……」


 階段に向かう途中、後ろからマルス達を追い越して駆けて行く船員二人の会話が耳に入った。

 するとマルスは足を止め、駆けて行く船員の背中を見つめる。


「どうしたマルス」


 彼が足を止めたのにつられて立ち止まったアイクが声を掛ける。


「あ、いや……クライスとアテナの力を借りたら、あのでっかい竜もどうにか出来るんじゃないかなぁと思ってさ。客船に乗ってる時に思い付けば良かった気もするけど……」


 まさしく人智を超えた存在である聖霊の力をもってすれば、巨大な怪物を倒すなり、退けるなり出来るのではないかとマルスは思ったのだ。

 確実とまではいかないが、幾らか勝算はあるであろう彼の思い付きに、アイクとパルは納得したように頷く。


「うーん、無理な相談じゃあないけれどねぇ……」


「私達守護聖霊の力は、契約者の力と合わさる事でより強いものとなるのだが……奴の巨体と、私達と契約者との力の親和度合いを考えると、主と賢者の少女には少々……いや、かなりの負担を強いる事になる」


 その会話を聞き取っていたアテナとクライスが、声だけでそう答えてきた。

 船の倍はある巨体を持つリヴァイアサンを相手にする事、守護聖霊と契約者がまだ出会って数日、アテナとパルに関しては昨日出会ったばかりという事を踏まえると、契約者であるアイクとパルは今持てる力の全てでもって挑まなくてはならない。

 二人にかかる負担がどれほどなのかは、疎いマルスでも想像出来た。


「う、うーん……オレの思い付きで、二人にそんな苦労を押し付けるのは何だかなぁ……。オレの守護聖霊でもいれば、オレが頑張るんだけど……」


 マルスは苦い顔をして、自分の思い付きを引っ込めようとする。

 同時に、アヴィス四天王のゼロスとルナを退けた時の要領でリヴァイアサンも退けられるのではないかと簡単に思っていた自分の浅はかさを呪った。

 今この場に自分の守護聖霊がいるのならば、自分が誰よりも奮闘して自分の思い付きを実現させようとマルスは思うのだが、彼の守護聖霊はまだいない。

 自分の適当な思い付きでアイクとパルだけに苦しい思いをさせるのは、どうにも気が進まなかった。

 だが、前線で戦っているであろうレオギスや船員達、再び命の危機に晒されている乗客達をこのまま無視する事も彼には出来ない。


「私……頑張ってみるよ……。他に、良い方法……ない、から……」


「これ以上犠牲者が増えるくらいなら、俺達が多少の無理をした方がマシだ。客船の時は助けがあったから良かったが、今回も都合良く助けがあるとは限らないからな」


 頭を抱え始めそうなマルスに向けて、パルとアイクはそう声を掛けてきた。

 客船でリヴァイアサンに襲われた時は幸いにも、海賊団ユスティア・イグニスを含む海の警備組織の助けがあったために、乗客も乗組員も全滅するという最悪の事態は免れられた。

 だが、今回もそういった助けがある可能性は限りなく低い。


 そして、戦況が芳しくない様子である事を考えると、ここで全員リヴァイアサンに喰われるか、溺死するかの未来しか今は見えない。

 自分達が多少無理をする程度で多くの命が救われる未来への道が開けるのであれば、その思い付きに乗ろう、それがアイクとパルの答えだった。


「何か、ごめん。ありがとう二人共。よし、オレもオレに出来る事を死ぬ気で頑張るよ!」


 マルスは謝罪と感謝、そして自身への激励の言葉を口にしてから視線を前に向けると、三人は階段を目指して再び駆け出した。




 *   *   *




 船の甲板では、レオギスとフェーナ、そして招集された船員達がリヴァイアサンと対峙していた。

 魔法や大砲などでどうにかリヴァイアサンを近づけさせないようにしているものの、その巨体が引き起こす波で船が揺れる度に陣形が崩れ、凍てつく吐息や水の槍に襲われ戦線離脱を余儀なくされる船員もおり、船が転覆して皆がリヴァイアサンの餌になるのも時間の問題だった。


「クソッ、どうにか……どうにかしねぇと……!」


 せめて乗客が避難出来るだけの時間を稼ぎたいところだが、それすらも不可能になりそうな状況にレオギスは堪らず舌打ちをする。

 焦りは人から冷静な思考力と判断力を奪うものだ。

 そして、彼は今亡き父親の仇を前にしているという事もあり、尚更冷静にはなれなかった。


「レオ、落ち着きな。船長のアンタが揺らいだら、全員が揺らぐ」


 レオギスと共に戦闘の指揮をとっているフェーナが、冷静さを欠き始めている彼に声を掛ける。

 その声は落ち着いているが、彼女自身も内心穏やかではなかった。

 レオギスに掛けた言葉も、半分は自分に言い聞かせているようなものだった。


 指揮をとる自分達が揺らいでしまえば、その揺らぎは指示に従う船員達にも伝わって士気が下がってしまう。

 そして同時に皆が生き残る可能性も大きく下がる。

 何度も海の魔物や悪事を働く海賊と戦う中で理解してきた事だ。

 だが分かっていても、劣勢に追い込まれている状況ではいつも出来ているはずの事が出来なくなってしまうものである。

 レオギスもフェーナも、戦う船員達も、絶望を瞳に映し始めていた。


「レオさん! フェーナさん!」


 不意に、背後から声が掛けられる。

 誰かと思いながら二人が振り返ると、息を切らして走って来るマルス達の姿が視界に入った。


「お前らどうしてここに? ここはオレ達に任せて、お前ら乗客は早く避難しろ」


 驚きの表情を浮かべたレオギスだが、すぐに厳しい顔つきになって三人に避難を促す。

 そんな彼の表情には、一瞬前に浮かんでいた絶望の色が見当たらなかった。

 乗客であるマルス達を心配させまいとしたのだろう。


「迷惑だと思うから、最初はそうしようと思ったんだけど……。でも、やっぱりオレ達も力になりたくって」


「状況が状況なので今は詳しく語れませんが、俺達にはここまでの旅で得た強大な力があります。俺達も協力すれば、リヴァイアサンを退けられるかもしれません。どうか、共に戦う許可をいただけませんか」


 レオギスからの問いに、マルスとアイクが答える。

 それを聞いたレオギスとフェーナは一瞬悩むように眉根を寄せて互いの顔を見合う。

 海で困難に巻き込まれている者の救助を生業としている彼らには、今まさに助けなくてはならない者を、ましてや子どもを戦わせるのには酷く気が進まなかった。

 だが一方で、全員がリヴァイアサンの餌となる未来しか見えないこの状況を打破出来るのであれば、子どもの手でも何でも借りたいという思いも強くあった。


「……お前らを前線に出すのは気が進まねぇが……どうにか出来るんなら、今は猫の手だって借りたいところだ。だから、その強大な力ってのをオレ達に貸してくれ」


 レオギスは少々気の進まない様子を言葉に滲ませながらも、三人が戦いに(くみ)する事を許可した。


「今の状況じゃあ、オレ達はお前らを守ってはやれねぇ。自分の身は自分で守れ。いいな?」


 強大な敵を前にしている今、レオギス達にはマルス達を守れるだけの余裕はない。

 自分の身は自分で守れというレオギスからの忠告に、三人は大きく頷いて返事をした。

 そして、五人はリヴァイアサンに視線を向ける。


 吠えるリヴァイアサンを見たマルス達は、これまでの人生で見たどの生物よりも巨大な怪物に改めて畏怖の念を抱く。

 同時に、ある事に気がついた。

 リヴァイアサンの右目と、胸鰭(むなびれ)同士の間――人間で言う胸部分には大きな切り傷がついていたのだ。

 右目の傷は古いものであったが随分と深く刻まれたものらしく、リヴァイアサンが右目を自力で開ける事はもう叶わないのであろう。

 硬い鱗で守られていたはずの胸部分は、そこを傷つけたものによって鱗を削ぎ落とされており、水色の体に滲んだ赤い血が異様に目立って見えた。

 血が滲んでいる事から、胸の傷はまだ新しい――ここ数時間の内に付けられたものである事が推測出来る。


「奴の右目を潰してる傷、あれはオレの親父が命と引き換えに与えた傷だ。あれのおかげで奴は右からの攻撃に弱い。しかも、どういうわけか分からねぇが、胸んとこにも新しい傷が出来てる。この二つを上手く利用出来れば、どうにかなるかもしれねぇ」


「それと、あいつの心臓は二つある。一つは目と目の間。もう一つは胸の所。あの新しい傷がついてる辺りだ。中途半端に退けて、また後であいつに襲われる危険は避けたい。だから、出来る事ならここであいつを仕留めたいんだ」


 レオギスの助言に合わせて、フェーナはリヴァイアサンの心臓についての知識を三人に伝えてきた。

 二人には、乗客を一人でも多く無事に避難させられるよう、リヴァイアサンを近づけさせないようにしなければという思いもあれば、海の治安維持を使命とするユスティア・イグニスとして、これ以上の被害が出ないようにするために、ここでリヴァイアサンを仕留めたいという思いもあったのだ。


 とはいえ、二ヶ所に心臓を持つリヴァイアサンを葬るのは今の状況では不可能に近かった。

 だが、幸運にも敵が心臓近くに傷を負っている状態であれば、そしてマルス達の言う「強大な力」があれば、それは(あなが)ち不可能な事ではないという僅かな希望がレオギス達には見えていた。


「けど、まずは乗客の避難が最優先だ。今はとにかく奴を船に近づけさせないようにするぞ!」


 三人を、そして自分自身を奮い立たせるようにレオギスは声を上げると、拡声機能を持つ魔法道具を用いて船員に砲撃の指示を出し始める。


「アンタらには、第三部隊と一緒に魔法での攻撃を手伝ってもらうよ。ついてきな」


「あっ、フェーナさん! あの……」


 レオギスが幾らか冷静さを取り戻し、再び奮起した様子にフェーナは一瞬だけ安堵したように柔和な微笑みを浮かべてから、三人に魔法攻撃の補助を任せるため、その部隊が展開している場所へ向けて足を踏み出した。

 その時、マルスが声を上げて彼女を引き止める。


「こんな状況で言うのも何ですけど……オレ、実は魔法が使えなくて……」


 何事かと振り返るフェーナに、マルスは心苦しげな口調と表情で魔法が使えない事を打ち明けた。


「……分かった。じゃあ、アンタには治癒専門の第四部隊の補助を任せるよ。案内は一緒にするから、とりあえずついてきな」


 彼の実情を知ったフェーナは少し考えてから、彼に怪我人の治癒を担当している治癒部隊の補助を任せると答えた。

 ひとまずはこの戦場で僅かながらも力になれる事に、マルスは安堵の溜め息をつく。

 そして、フェーナと共に三人はそれぞれの戦いの場へと向かって行った。

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