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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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9.踊りましょう

妖艶に、純真なるままに、舞い踊る。

 大きく息を吐き出し、素早く新たな空気を吸い込むと、パルは駆け出した。

 それ見計らって対峙するルナが翳した右手に魔力を集中させると、一瞬の内に彼女の周囲にいくつもの火球が出現した。

 そして、彼女が右手を軽く一振りすると、火球は縦横無尽にパル目掛けて飛んで行く。

 彼女の魔法の発動時間が想定よりもずっと短く、一瞬パルは驚いたような表情を浮かべた。

 だが、油断を見せるわけにはいかないとすぐに意識を迫り来る火球に向けた。


 パルは身を翻し、跳んで、屈んで、必死に火球を避けながら自身の武術が届く距離を目指す。

 瞬発力の高い彼女は上手く回避しながら徐々に距離を詰めていたが、それを見かねたルナはより多くの火球を作り出しては彼女に向けて放っていた。

 火球が増えた事で次第に回避が追いつかなくなっていく。

 服や髪が焦げる匂いが漂い、手や足などの露出している部分には軽い火傷が出来て空気に触れるとヒリヒリとした痛みが感じられた。

 このままでは追い詰められるのも時間の問題だと思ったパルは、回避をしつつ胸の前で両手を構えて魔力を集める。


「水の精霊よ……私を、守って……!」


 その言下、パルの両手に集まった魔力が解き放たれ、水の膜となって彼女の周囲を覆った。

 躱しきれなかった火球は彼女の体に触れる手前で、水の膜によって消火され消えていく。

 これで幾らか安全に間合いを詰める事が出来るようになり、パルはこの好機を逃すまいと走る速度を上げた。


 その一方、ルナの作り出した結界に閉じ込められているマルスとアイクは独り戦うパルを不安そうに見ながら、どうにかここから脱出して彼女を助けられないかと思案していた。

 下から溜まってきている水は、現時点で二人の腰に到達しようとしている。


「ああどうしよう……! これ魔力ないと壊せないなら、オレ何も出来ないし……」


 結界を押してみながらマルスは悔しそうに呟く。

 ルナの結界を破壊するには彼女を倒すか、この結界に込められた魔力よりも強い魔力で攻撃するしか方法はない。

 だが、閉じ込められて戦えない上に、無いに等しい魔力しか持たないマルスにはこの状況では誰よりも無力だった。


「クライスと力を合わせれば、どうにか破壊出来るか……?」


 アイクは冷静な口調で呟く。

 平静を装っている彼だが、内心ではパルが心配で心配でならなかった。

 クライスと力を合わせれば破壊出来るのではないかという一つの希望を見出した彼は、試す価値はあるだろうと早速クライスに呼び掛けようとする。


「守護聖霊……だったかしら? その力を使う事は、あまりおすすめしなくってよ」


 アイクが呼び掛けるより一瞬早く、彼の呟きを知らぬ内に聞き取っていたルナが声を掛けてきた。

 彼女の物言いが気になったアイクは、眉根を寄せて視線を彼女に向ける。


「ここには、シャウム族か選ばれた者しか入る事が許されない。勿論あたしはシャウム族でも選ばれた者でもないわ。けれどこうして神殿の中にいる……賢そうな貴方なら、それがどういう意味か察しがつくでしょう?」


 ルナのその言葉で、アイクは彼女に向ける視線を鋭く険しいものに変えた。

 彼女の言葉の意味を理解したのだ。

 少々疎いマルスはどういう事かとアイクの顔を見ていた。


「カナンとティアに何をした」


「ちょっぴり脅して、この神殿の入り口を開けさせる以外は何もしていないわ。……今のところ、ね」


 怒りの滲んだ低い声でアイクが問うと、ルナは形の良い艶のある唇に指を添えながらそう答えた。

 マルスもようやく彼女の言った言葉の意味を理解し、眉間に皺を寄せて彼女を睨む。

 ()()()()()()何もしていない、という彼女の言葉はマルス達にとってカナンとティアを人質にしているという意味合いに他ならなかった。

 そして、二人が人質となっている以上、クライスを呼び出すという選択肢は消さざるをえなくなってしまう。

 一瞬にして希望の光は闇の中に消えてしまった。


「それじゃあ、そこでゆっくり彼女が死ぬのを見ていてちょうだい。まあ、貴方達が先に溺れ死ぬ事も有り得るでしょうけどねぇ」


 ルナはそう言って微笑むと、パルに一層多くの火球を放つ。

 水魔法の結界を盾にしながら回避をし、パルは怯む事なく間合いを詰めていく。

 しかし、ルナの魔力はやはり強く、火球が水の結界に当たる度に結界は揺らぎ、耐えきれなくなった部分から穴が空いてしまう。

 その穴を狙って飛んでくる火球も多く、パルは回避により意識を集中させて駆けた。


 もう一度結界を張り直したいところだが、魔力を集中させ魔法に変換するまでの時間はどうしても回避が疎かになってしまう。

 火球の数も先程結界を張った時より格段に増えており、回避が疎かになっては確実に命取りになるだろう。

 仕方なくパルは穴の空いた結界を纏ったまま、止まらずに間合いを詰めた。

 進めば進むほど結界の穴は増えていき、火球が彼女の体を直接狙ってくる。

 それでも走る速さを緩める事なく突き進み、あと三歩ほどでルナの間合いに届くかという所でパルは彼女に向けて両手のひらを翳した。

 その瞬間に魔力が集まり、魔法へと変換されていく。


「氷の精霊よ……!」


 彼女の両手のひらの前に青い魔法陣が出現し、そこから両手を広げたほどの大きさの氷塊が放たれた。

 氷塊は真っ直ぐに彼女の正面にいるルナを目掛けて飛んで行く。


「この程度……」


 ルナが自身に向かってくる氷塊に右手を翳した瞬間、彼女の右手の前にも青い魔法陣が出現し、パルが放った物と同じ大きさの氷塊が放たれる。

 氷塊同士はぶつかり合って、どちらも粉々に砕け散った。

 氷の破片達は煌めきながら宙を舞い、地面に落ちていく。


 その時だ。

 氷の破片で煌めく宙を何かが切り裂いた。

 それは、パルの脚だ。

 ルナの意識が氷塊に向いた瞬間を狙って、パルは一気に間合いを詰めて彼女に得意の蹴りを放ったのだ。

 当たった感触はした。

 だが、視線をルナの方に向けてパルは驚愕の表情を浮かべる。


「あたしの意識を逸らしたところを狙う……まあ、良い戦法だと思うわ。でも、あたしの方が少しばかり上だったわねぇ」


 ルナが紫色の瞳を細める。

 放たれたパルの蹴りは、彼女に当たる手前で彼女が瞬時に作り出した結界に受け止められていた。


「貴女の戦い方が魔法だけじゃない事くらい気づいていたわ。貴女は気づかれていないと思っていたんでしょうけれど。あの二人が閉じ込められた時、反射的に魔法ではなく蹴りを放ったのを見て確信したわ。普通の女の子なら、咄嗟に蹴りなんて出来ないもの」


 蹴りの体勢から構えに戻すパルを見ながら、ルナはそう言って小さな笑い声をこぼす。

 彼女の言う通り、パルは自分の戦い方が魔法だけでない事を今蹴りを放つまで出来る限り隠そうとしていた。

 だが、マルスとアイクが閉じ込められた時に反射的に蹴りを放ったのをルナは見逃していなかった。

 パルの方もその時の蹴りは突然の事態に対して無意識的に出てしまったもので、それがルナに自身の戦い方を明らかにしているとは思ってもいなかった。

 自分の甘さを痛感したパルは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「うふふ、残念だったわねぇ」


「……っ、きゃあ……っ!」


 ルナは笑い声をこぼした直後、パルに右手を向けて風魔法を放ってきた。

 突如発生した強い風に体を軽々と後方へ吹き飛ばされ、パルは思わず悲鳴を上げた。

 ルナの魔法の発動時間はあまりにも早く、パルが防御の体勢を取るよりも前に突風が襲いかかったため彼女は受け身も上手く取れずに地面に叩きつけられる。

 鈍い痛みが背中から全身に走り、唸るような声がパルの口から漏れる。


「……っ、くぅ……」


 追撃に備えねばとすぐに思考を切り替えたパルは、痛む体に鞭を打って立ち上がる。

 その瞬間、彼女は水色の瞳を見開いた。

 いつの間にか彼女の前には、彼女の体など軽く飲み込んでしまうほどに巨大な炎の玉が迫っていたのだ。

 凄まじい熱と共に迫るその炎はもう彼女に肉薄しており、回避も防御もしたところで何の抵抗にもならない。

 パルは反射的に両腕を顔の前で構えて目を瞑る。

 もう顎辺りまで水が迫っているマルスとアイクは、水から逃れようと必死に顔を上に向けながら彼女の名を叫んだ。


「………………あ、れ……?」


 こぼれたのは、パルの戸惑った声。

 恐る恐る目を開けると、肉薄していた巨大な炎はどこかへ消え、その代わりとでも言うように彼女の前には作り出した覚えのない水の壁が出来ていた。

 水の壁からは相当な魔力が感じられ、ルナの放った巨大な炎魔法を消したのはこの水の壁なのだとパルはすぐに理解した。


「何……この一瞬であたしの魔法を止めた……? 貴女、魔法の実力まで隠していたって言うの……?」


「違う……私じゃ、ない……」


 僅かに動揺した声で問うルナに対して、パルも戸惑いを隠せない声で答えた。


「本当はちゃんと起こしてもらってから出て行くつもりだったけど……可愛い子の危機だったから、勝手に手を出しちゃったわ」


 不意に、どこからか声が響いた。

 口調はどことなくルナに似ているが彼女よりも軽いもので、その声は明るく柔らかい。

 パルはますます戸惑った表情で周囲を見回し、ルナは眉を顰めて周囲を睨んだ。

 顎付近まで迫った水から逃れるようにマルスとアイクは必死に顔を上に向けながら、何が起こったのかとその様子を見ていた。


 すると、台座の宝玉がシアン色の光を放ち、その光の中から一際輝く同色の光の玉がパルのもとへと飛んで行く。

 光の玉は地面に着くと、弾けるように目映い光を放った。

 そして、光が収まるとその場には美しい女性が一人佇んでいた。


 臀部ほどまである桃色に近い薄紫色の長い髪は後ろで三つ編みに束ねられ、瞳は台座の宝玉と同じ透き通ったシアン色だ。

 大きな瞳も相まって強気そうな顔立ちをした、美しい女性だ。

 どこか神々しさを纏うその女性こそ、キューマ神殿で祀られている聖霊である事は言うまでもないだろう。


「ううーん、実体化して外に出るなんて何百年ぶりかしら? ずうっと眠っているなんて、退屈だったわぁ」


 彼女は大きく伸びをして、ようやく自由になった事を喜んでいた。

 それから彼女の視線は驚きと戸惑いの表情を浮かべたままのパルに向けられる。


「うふふっ、初めまして! あなたがアタシのご主人様ねっ」


「わ、私……?」


 彼女から言われた言葉にパルは変わらず戸惑った表情を浮かべて聞き返す。

 パルの様子に彼女は微笑みをこぼして話を続けた。


「そうよ。アタシの名前はアテナ。水と風を司る聖霊よ。そして、あなたの守護聖霊」


「私の、守護聖霊……」


 パルは何度も瞬きを繰り返しながら目の前の女性――聖霊アテナを見つめる。

 戸惑う彼女の右手をアテナは優しく取ってさらに続ける。


「パルちゃん……って言ったかしら? アジェンダ様のお選びになった、賢者の紋章を持つ子……」


 アテナは左手で彼女の紋章をグローブの上から撫でる。


「パルちゃんには、まだ秘められた力がある。彼女の魔力に十分対抗しうる力、いずれは邪神を打ち破る事の出来る力……それを引き出してあげる事がアタシの役目よ」


 アテナの語る言葉をパルは相変わらず戸惑いは消えないものの、真剣な表情になって聞いていた。


「アタシを守護聖霊として正式に受け入れる契約を結んでくれるかしら?」


「あなたと力を合わせれば……二人を、助けられる……?」


 守護聖霊としての契約を結ぼうと言うアテナに、パルはそう尋ねた。

 今何よりも彼女にとって重要なのは、マルスとアイクを助け出せるのかどうかだ。


「ええ、もちろん! パルちゃんとアタシの力が合わされば、何だって出来ちゃうわ!」


「…………お願い、します……。私に、力を貸して……」


 自信満々に答えるアテナの手を握り返して、パルは契約を結ぶ許可を出した。

 すると、アテナは嬉しそうな笑顔を浮かべて彼女の右手のグローブを外す。


「信じてくれて嬉しいわ。ええっと……神に選ばれし賢者の証を持つ者パル。あなたを守護し、力を与える契約をここに結びましょう」


 改まった口調でアテナは契約の言葉を言う。

 その瞬間、パルの紋章が白い光を放った。

 紋章にアテナが優しく触れると放たれる光はシアン色に変わり、徐々に輝きが収まっていく。


「さあ、彼女に一泡吹かせちゃいましょ」


 アテナの優しくも力強い声で掛けられた言葉に、パルは大きく頷いた。

 そして、ルナへと視線を向ける。

 シアン色の淡い光を宿した紋章が、彼女の右手で確かな輝きを放っていた。

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