東部編5-1
宮殿の外堀,川から光られた水が張ってある.その外側には,見晴らしのいい大通りがあり,そこには一階建ての建物が並んでいる.
レオンは透明になって水面を歩き,堀の内側へ渡る.上空に光球を飛ばす.強烈な光は,見張りたちに眩暈を起こす.ナレルは堀に滑り降り,でっぱりの上に立ち,弓を引いてロープのついた矢を対岸へ放つ.矢は放物線を描いて着地した.レオンは矢に駆け寄り,ハンマーで地面に突き刺す.ナレルはロープをピンと張って足元の岩にしっかりと留める.両足をロープに引っかけロープに沿って登って対岸に着いた.
「レオン?どこだ?」
「ここだ.まだサングラスは取るなよ」
レオンは光線でロープの端を焼き,ロープを回収する.光球を消して,ナレルのサングラスをとんと突く.ナレルはサングラスを外す.
「そんな便利なものがあるなら,もっと楽に渡る方法は無いのか?」
「無い.俺の故郷は光に関しては進んでいるけど,他はそうでもない.それに環境が違うから,向こうでは使えてもこっちでは使えない」
「一人だけ水面を歩くなんてずるいぞ」
「お前の体じゃこの磁力に耐えられない.俺よりも消化できる物多いんだからお互い様だ」
「まさか本当に潜入するとは…」
1日前のダウンの屋敷,庭の木陰にテーブルと椅子がある.レオンとナレルは茶を飲みながら話をしていた.
「魔族たちの拠点の予想がついた.行ってみたい」
「どこだ?」
「陽炎離宮.遷都前の王宮だ」
「残念だけど,一般人は入れないよ」
「だからそこが怪しい.通行証なんて制約を受けるものは使うつもりはない」
「ん,まさか…」
「まさか,強行突破はしないよ」
「そっちじゃない!」
「潜入をする」
「ああ,君は透明になれるから行けるね」
「…?何勘違いしているんだ,お前もついてくるんだ」
「嫌だ死にたくない…」
「見つかったらだろう?見つからなければいい」
「え…,そうだけど,ダウン一族に汚名を着せるわけにもいかないし…」
「なあに,万が一の時は顔を変えてやる.俺たちの光学技術はすごいんだぜ」
「別の候補地は無いのか?」
「森の中が怪しいが,あの広大な森を手探りで探すのは辛い.まず楽な方から」
「楽…ねえ….分かったよ,再びここが襲われて明日を失うことに比べたら,ここで足踏みしているなんてできない」
「よろしく相棒」
「ああ…,でもやっぱり怖いかも」
「捕まったら助けてくれよ」
「シッ!無駄口は終わりだ」
2人は高い叢の中をゆっくりと歩き,宮殿に近づく.共通の制服を身に纏った宮殿警備兵が歩いている.レオンは身軽に音もたてずに走り,開いている窓から館内へ飛び込む.手でナレルに合図を出し,ナレルも館内に入る.
「隊長,考えておいてくれましたか?」
2人組の近寄る気配を感じ,レオンとナレルは近くの部屋へ入る.
「何のことかな?」
「私に教えてください.ここに何がいるんですか?」
「機密事項だ.お前は考える必要はない.規律ある兵士に頭脳は要らない.堅物の頭脳で動いたところで,天才相手にとってはカモだ」
「…承知しました」
足音が遠のいていく.
「行ったか?ここは何の部屋か分かるか?」
「この剣と杖の紋章は…第一執政室,王室関連の政治の本拠地だった場所.組織は昔の名残でそのままだけど,一室なんて規模じゃない.この周りにいた警備兵たちはその付属機関.まあ何にせよ,王族が普段住んでいた部屋の近くだ」
「最近使った形跡がある.本棚も引き出しも鍵がかかっていて開けられない…」
「彼らが仕事に使っているんだろう.貴重品類を置いているんだと思う.昼間は使ってないのか?寝る前に記録を残すための部屋かな」
「控え室はこの階でも別の場所か.王族の生活空間もこの階か?」
「1階は儀礼用や炊事,倉庫の部屋.2階は王族たちと警備兵たちの部屋だろう.3階より上は政治の部屋ともう1つの倉庫のはずだ.第一執政室だけ2階にあるようだけどね」
「だとすれば,最上階が怪しい」
「どうして?」
「今は使われてない部屋で,警備兵たちよりも離れている場所は最上階である5階だろう.とりあえず出るとしよう」
レオンはドアの隙間から外を見る.目の前からのぞき込む相手と目があった.レオンは扉を思い切り開き,相手が腰の剣に手をかけたところを上から抑え込み,足払いをしつつ肩を引っ張り,部屋に転がしこみ,扉を閉めた.
「動くな,大人しくしていれば悪いようにはしない」
「見つかってしまったか.顔を見られた以上は…」
「やめろ.人間は俺たちの敵じゃない」
「誰なんだお前たちは?」
「狩人だ.ただし獲物は魔族.こいつは借金取り立て人」
ナレルは何か言いたそうにレオンを見るが,諦めて肩をすくめる.
「魔族か…,相談があるんだ」
「何だと?」
「俺の名はルード,ルード・ザイベイン」
「ルードか.それで相談とは?」
「……」
「…この建物,俺たち以外に何か別の存在がいる.隊長は知っている.それも逆らえないような強い何かが.それが何か確かめたい.お前たちのことを黙っているから,力を貸してくれ」
「知ってどうする?」
「危険な気配がする.だから知りたい.…!一先ず場所を変えよう」
「念のために言っておくが,裏切る素振りを見せたら…覚悟しろよ」
「裏切りはしない.君らなら,何とかできそうだとそんな気がするんだ.この機会を失うことはない」
3人は窓から外へ出て,壁をつたって上の階へ登った.ルードが隠し扉を押して,そこから館内へ入る.
「魔族について何を知っている?」
「色々と.特徴的なことを言うと…魔族は魔界の生物.魔界は魔力に満ちた世界であり,この世界とは比べ物にならない.だからこの世界では,あいつらの作り出した文明の利器はまともに動かない.しかし,俺たちよりも屈強な体躯を持っているから素手でも相当強い.見た目が似た姿だから同じだと思うなよ.中身は大分違う.弱点は特にない.強いて言えば,人間よりも手が不器用」
「初耳だ.中央にいた時は,強靭な体を持つくらいしか知らなかった」
「そうだろうな.危険な気配について教えてくれ」
「ここに来た時からおかしいと思っていた.俺たち以外に何かいるというのに上官は隠している.考えるのは頭の柔らかい指揮官の仕事で,俺たちは頭の固い兵隊,そんなことは分かっている.しかし…」
「態度から察したか?」
「そう….考えじゃなくて感覚で,何かやばい奴と関わっているということを…」
「その上官と話したいところだが…捕まるのも嫌だな.敵を倒してから会うとしよう」
「ここに来る前はどこにいたんだ?」
「生まれは北部の田舎.家は兄が継いで,俺は中央で王室警護団員になった.若いうちに各地の離宮や神殿での訓練がある.といっても全部はやらない,5つか6つ.そしてここが6つめ.これが終わったら中央に帰って彼女にプロポーズするんだ」
「へえー,その子かわいい?」
「超かわいい」
「長いこと離れてるんだろ?もう心変わりしてたりして」
「あいつに限ってそんなことないさ.今朝も手紙が来たんだ,なんて書いてあったと思う?」
「もう分かった.聞くまでもない」
「喋らなくていいぞ,お前のにやけ面なんて見ても面白くない」
「では,読み上げさせていただきます」
ルードは懐から手紙を取り出した.
「待て!物音がした!」
「俺が見てくる,団長に見つかったらやばい.君らは隠れていてくれ」
ルードは扉を開けて廊下に出た.ルードに赤い光があたり,矢が遅いかかる.矢の突き刺さる音が残った.




