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運命の混紡者  作者: Ridge
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中部編12-1

 中部魔王軍臨時基地。指揮官に分遣隊隊長が呼び出される。

「…ワイク隊長、炎実震波作戦を発動する。予定を早めたのは、イリトットが敗れたためだ。彼が負けたとはいえ、敵は怪我や疲労があるはず。すぐには動けない、この隙を突く。尤も、万全の状態でないのに動けば仕留めることが容易いがな」

「…リオグミカ様、その…」

 ワイクは言いよどむが、覚悟を決めて目の前の指揮官の目を見て尋ねる。

「失礼を承知で尋ねます。しかし、明らかにしなければ私は戦えません。…このためにイリトット様の情報を敵に流したのですか?」

 リオグミカは表情をほとんど変えずに、僅かに口角を上げる。

「ワイク、大それたことを言うじゃないか」

「申し訳ありません。気を害したことでしょう、罰は受けます。しかし、知らねばならないのです」

「いや、構わない。罰するなんてそんな時間はない。だが、誤解を解くのに時間を惜しんではいけないとも考えている。…むしろその方がまだ良かった、私は情報を流していない。偶然、対抗できる者が居合わせたのか、それとも居場所が知られていたのか」

「尾行や盗聴、あるいは部下の裏切りですか?私たちと違って、あの人の隊ならあり得ないとも言い切れませんが…」

「もしかしたら人間が隠し玉を持っているのかもしれない。僅かな行動を知るだけで、予測の立てられる天才かよく当たる占い師。人間でなくとも機械がそれを行えるかもしれない」

「私たちの世界で言う人工知能のようなものを?この魔力の薄い朧界じゃそんなもの作れる文明は出てきませんよ。そんな繊細な操作に耐えられるエネルギーの姿にならない」

「いずれにせよ、相手が私たちの行動から推測して動いていると言うのなら、今までと打って変わって迅速さ重視に切り替えれば予測はできまい。そのために作戦を開始する」

「そういう意味もあったのですね。了解、作戦指揮に従います」

「よし、放送を行う。速やかに準備へ移れ」

「了解」

 ワイクは部屋を出て足早に作戦待機室へ向かった。そこで直前の作戦確認を部下たちに口頭で行う。

 リオグミカの放送が基地内全域に届く。炎実震波作戦と告げられた。


 レオンとナレルはルードの家で一晩泊まり、次の日の朝に家を出た。家はミセオドアの端にあり、町の外は草原が広がっている。

「ふわぁ…もう少し休んでいけばいいのに」

「全部終わったらな。それに、昨日の夜に使いが来た時に明日の朝に帰ると言ったから」

「それじゃ、また今度」

 2人は手を振って町の中央にそびえ立つ塔へと歩を進めた。


 レオンは道中に人の視線に気づく。気配のある方を向くと見覚えのある人が立っていた。

「また会ったねレオン君、ナレル君」

「あなたは確か…メジェド議員」

「この前は確か王都に…ミセオドアへは仕事ですか?」

「その通り。お互いの利益が衝突しているように見えても、より細かく見れば衝突していないこともある。そのための情報収集にね」

「と言うと?」

「例えば、リンゴを食べたい2人がいて、でもそこには1つしかないとする。リンゴ以外にも色々あるけど、2人ともリンゴが食べたい。じゃあどうするか?きれいに半分に分けたり、片方に全てを譲ったり、何らかの理由を基に比率で分けるか…」

「それよりも何で欲しいのか気になるところだ」

「レオン、そういう話じゃないと思うよ」

「ところがそういう話だ。調べてみると1人は水が欲しいが、水が無かったので、自分の知っている限りでその場に最も水気のあるものとしてリンゴを欲した。もう1人はここのところ胃腸の調子が悪いので、自分の知る限りでその場に最も整腸作用のあるものとしてリンゴを欲した。他にも見た目や香りがそそられたという理由もあるのが難しいところだが、これは例えだから無視しよう。するとどうだ、1人は水が欲しくて、もう1人は胃腸にいいものが欲しかったということになり、必ずしもリンゴを取り合う必要はなくなる。それどころか、本当に適していたのがリンゴであったのかという可能性も出てくる」

「なるほど、よく調べないと分からないんだな」

「おっと、危うく長話を始めるところだった…。話相手が若いと遠慮するのか話の止めどころが分からずに話し続けてしまう。そうそう、これから王都に戻って異国の姫君と一緒に首相官邸へ行く」

「異国?外国人を首相官邸に入れて大丈夫なんですか?」

「問題ない。前もって話は通してある。名前はジリオーラ・ヘルメス。極秘事項なのであまり多くは喋れないが、故郷は災害が起きて大変なことになったので対策をとるためにこちらへ来たそうだ。作物は便利な数種とその派生に頼り切っていて、災害に耐えられずに壊滅。耐えられる種は昔は沢山いたかもしれないが、高収量や味の良い物は役に立たないとして保護や保存しなかったためにほとんど見つからないという。収穫しやすい高さに揃っていたり、大量に作れたりできるらしいが、リセットされるんじゃ進んでいるんだか進んでいないんだか分からないな」

「となると彼女の目的は、この国にある多様な種から、その災害に耐えられるものを譲ってもらいに?」

「いや、それは他の人がやっているらしい。彼女の目的は別にあって、それは喋れないということだった」

「……」

 レオンは無言でどこか遠くを眺めている。長話に退屈しているのか、それとも何か思い当たるようなことがあって思い出しているのか。

「おっといけない。私は鉄道で戻るからこっちだ。さよなら、元気で」

 レオンは現実に引き戻されたように視界が目の前に戻る。

「あ、ああ。さよなら」

「さよなら」

 2人は曲がり角でメジェドを見送ると再び塔に向けて歩き出した。

「どうしたんだ?ぼーっとして」

「気にするな。長話に聞き耳のスイッチが切れただけだ」

「…へえ、そう」


 情報庁本部塔。塔自体がセンサーの役割をしている。中部担当課長が副長へ内線を使って緊急報告を行う。

「副長、音を拾いました。魔王軍幹部リオグミカによるものです」

「内容は?」

「今日の9時より炎実震波作戦を実行すると」

 あと1時間と10分ほどである。

「今まで拾えた限りでは聞いたことない作戦だな。メティスに推理させよう」

 フォルスは作戦名と発信者の名を入力して、推理に関する操作を行う。推理に使う情報の範囲を限定する操作を行い、その範囲ごとに出て来たものを比べる。この様子は中部担当課のモニターにも映る。

「しかしあの性悪女…一体何を企んで…」

「ああ!きっとこれです!上から2番目の…。王室は炎の家紋を持って、宮殿にも炎の名前がつく。政府はたわわに実った果実の紋章を使っている。震波は地震波を表して、第一波と第二波のようにずれて辿り着くことを示したもの」

「今まで収集した作戦名の命名則から言えば間違いない。しかし、時々誤解させる罠なのか、ぴったりな表現じゃなかったのか、合っていないことがある。ずれて同じ場所へ辿り着くのではなく、途中から2つに分かれることを示す可能性もある。その列の上から3番目にあるように2方向作戦ではないか?推理結果リストから見て、王室と政府を狙ったのはほぼ間違いない。君らは引き続き調査に当たれ。私は長官に連絡を取って、総軍省から部隊を借りる。果たして間に会うか…先を越されるかもしれない」

「了解。首相官邸にいる派遣員に伝えますか?それとも、官邸へ伝えましょうか?」

「…官邸に伝えろ。そうでなければ間に合うか分からない」

「了解、私の方で伝えておきます」

 フォルスは引き出しを引いて、外部通信モードに切り替えて長官と通信を行う。


 レオンとナレルが情報庁の部屋へ戻ると、そこはあわただしく動き回る人たちがいた。邪魔をしてはいけない雰囲気があり、2人ははまずジェーンの席へ行き、いきさつを尋ねる。

「リオグミカが動き出したということ。作戦は王室と政府を狙ったもので、2方面に分かれて行う可能性が高い」

「どちらかが囮か?」

「まだそれは分からない。そもそもどちらも本命で、素早さを重視して2つに分けたのかもしれない」

「メジェドさんも大変な時期に重なったものだ。これじゃ延期…」

「ん?メジェド議員がどうかしたの?」

 ジェーンはナレルの言葉に食い気味に尋ねる。

 近くを通りかかったフォルスはレオンとナレルの姿を見つけて用件を伝えるために近づく。

「ここへ来る途中にメジェドさんと再会した。ジリオーラという異国の姫を首相官邸へと連れて行くとか」

「ジリオーラ?異国の姫?」

「どうした?」

「その姫君の本名は分かる?」

「本名は隠しているとかで、仮の名前はジリオーラ・ヘルメスと」

「何!?」

 フォルスは頭の中で不安定だったものが、繋がり一つの道が見える。

「しまった…泳がせるべきだと考えていたが、いきなり行動が早くなって出し抜かれた。…これならあらかじめ言っておくべきだった!」

「言ってくれないと分からない。つまりなんだ?」

「ジリオーラは情報を探るための仮の姿。正体は魔王軍中部指令リオグミカだ」

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