中部編11-4
ノーマは強い光を瞼越しに見て目の前が真っ赤になった。
おそるおそる目を開けると、イリトットが地に伏せていた。イリトットは麻痺して体が満足に動かないものの、追撃の光線を避けるように体を転がして治療台の後ろへと身を隠す。
「本当にお前という奴は…いつもいつも僕の邪魔をしてくれる…」
雲が晴れ、赤い光が廊下に差し込む。白い廊下は夕焼け色に染まり、黒衣の男の姿をはっきりと浮かび上がらせる。開いた扉の奥に立つ姿がノーマの瞳に映った。
「もう邪魔はさせない、ここがお前の墓地だレオン!」
「俺は死なない、役目はまだ果たせていない。俺は、お前たちを朧界より追放する、理法の執行者、狩人レオンだ!」
レオンはイリトットの隠れた台の周囲に光線を放ちつつ、近づく。
「今だ、ナレル!」
呼び声に反応して扉の裏に隠れていたナレルは走り、ノーマを捕らえる布を剣で切り上げる。
ノーマはふらっと前に解き放たれ、立ち上がったルードが支える。
「やった!」
レオンは横目で確認して、刀身を出して台に向かって斬りかかる。
イリトットはその刃を右手で掴んで止める。手のひらから血がツーっと流れる。
「あの時、奴ら諸共僕を葬らなかったことを後悔させてやる」
「その必要は無かったとすぐに分かる」
イリトットは剣を掴む右手を後ろに引き、レオンを引っ張る。しかし、刀身を消して脱出され、光線を胸に受ける。
「ハハハハハ!レオン…僕が力を分け与えている意味が分かるか?」
胸元の服に穴が空き、肌が少し焦げる。
「僕が有り余る力を持っているからだ!力を込めればこの程度の攻撃など効かない」
「そうか、なるほど。しかし俺たちの種族は最強のハンター、どんな相手でも仕留めてみせる」
レオンはイリトットの飛び掛かりを避け、横から刀身を垂直に相手の首へ押し付けて押し込む。イリトットは押された方へ転がって部屋の壁まで下がって距離を取る。
「ナレル、2人を連れてもっと離れてくれ。流れ弾に当たるぞ」
「…ああ、分かった。気を付けてくれ」
ナレルは2人を前に走らせて廊下へ出した。レオンとイリトットは近接戦を行い、違いに決定打にかける攻防を繰り広げる様子をナレルは見つつ、2人が外に出たことを確認して、後ろを向いて走り出した。
ナレルたちが走ってレオンとイリトットのいる部屋から離れる途中で異変が起きる。
ノーマは息が上がったかと思うと咳き込んで床に崩れ落ちた。胸元をぐっと握って片目を微かに開けてゼエゼエと息を荒げている。
「大丈夫か?」
ルードの声に聞く耳を持つ余裕なく、肩を大きく上下させながら地べたに倒れている。
「しまった…肺が弱っていたから、走るのは危険だった…」
ノーマは汗を流し、その髪は乱れて頬に張り付き、歯を食いしばって、僅かに開いた目の視線は下を泳いでいる。
ルードは雰囲気に気圧されてノーマの前でオロオロとする。
「何もしないならどけ!僕がやる!」
ナレルはルードの横から割って入り、ノーマを抱え上げる。
「もう少し離れよう」
ナレルは抱えたまま歩き出す。ルードは急かすように振り向いた後ろ姿を見て、小走りで後って横に追いついた。
「ここに来てから薄々と感じてはいた。君は彼女に対してレオンや僕とは違う」
「同じ血を引く兄妹だから、何らかのシンパシーはあるかもしれない…」
「そういうことじゃない。いや、きっかけがそうであったとしても…君は彼女を直視できていない、目を背けている」
「それは…!いや、そうかもしれない…。俺はノーマを失うかもという恐怖で直視できていなかった。ノーマの中に死神が見えているようで…」
「全くこの兄妹は…目を覚ませ!僕らの側に死神はいない!疲労と弱った心から来る幻影だ、僕らの側にいるものか!」
3人は人々が逃げ出して空いた部屋に身を隠す。
ノーマを台の上に横にして、ルードを椅子に座らせる。
「レオンは1人で戦っているというのに俺たちは隠れていていいのか…」
「君はもう無理だから大人しくしているんだ。大体、君が勝手に1人で突入なんてしなければ僕らはもっといい手を打てた…が、今更恨み言を言っても仕方ない」
「俺はまだ戦える」
「無理だ。それに行く必要はない。レオンは勝つ」
「打てる手は打つべきじゃないのか!?」
「よく見ないといけない。レオンは奴に負けていないし、勝ってもいない。それは攻撃が通らなかったから。なら通る攻撃をすればいい。周囲を巻き込みかねないほどのものを。彼は僕らと違うから、彼に適した戦いがある。レオンは勝つ」
「頭で分かっていても何もせずにいられるか!」
「それは逃避だ。何かやっていないと不安で仕方がない。不安が収まるまで満足いくまで逃げればいい。でも逃げた先が死地ではだめだ、意味がない」
「そうか…。そうか分かったぞ。俺は足でまといなんだな。今まで鍛えたものも育てたものも何の役にも立ちはしない」
ルードは何とか体を突き動かしていた義務感が薄らぎ、覇気が抜けて力なく椅子にもたれかかる。
「…ルード、それは違う。できることとできないことがある、それは誰にだって言えることだ」
「……」
「この事態の前に、僕が君に休めといったのは、そうでなければ彼女を救えないと思ったからだ。レオンや僕よりもずっと近い兄妹という関係である君は、彼女の支えというか踏みとどまるというか、とにかくそういうものだった。君が弱々しく棒立ちして、ただ状況に突き動かされているだけじゃだめなんだ。考えることが必要だ、じっと見ることが必要だ。それができる体力や気力が無いのなら、回復するまで僕らに任せろ。君が戻って来るまで繋いでみせる」
「いや、それには及ばない」
「何?」
ルードは立ち上がってドアの前で立ちふさがるナレルの前に立つ。
「目が覚めた…ようなものか。お前たちの自信が伝染したようだ」
「はは、何だか引っかかる言い方だなあ」
「俺はここでノーマの様子を見ておく。もう見張りは要らない」
「僕は今の君の言葉を信じる。じゃあ僕はレオンの手伝いをしてくる」
「巻き添えにならないのか?」
「僕の役割はそっちじゃない」
ナレルたちを逃した後、レオンは攻勢に入り、イリトットはそれに攻撃で応じる。
イリトットが大振りの拳を外し、ガードが解けた瞬間にレオンは相手の目に斬りかかる。イリトットは背筋のみで後ろに避ける。目の寸前を光る刃が通過し、突き出した後に剣を返して右耳から右頬にかけて斬られる。レオンは引きつつ後ろに距離を取った。
「少し切れたが…それが限度か。さて、どう調理してやろう」
イリトットは舌で口の近くの血を舐める。
レオンは光球を飛ばして、強い光を放つ。イリトットは目を閉じて耐え、再び目を開けるとレオンの姿は無かった。耳を澄ませつつ周囲を見渡す。
バン!という音とともに扉が閉まる。部屋に1つだけある窓ガラスの前に机が転倒して叩きつけられる。
「(何だ?部屋の中にいるのか?)」
イリトットは手を顔まで上げて構える。
プリズムがキラキラと空にばら撒かれ、そこに光線が当たったかと思うと直後に光が満ち、部屋は完全に白く染まった。
明るさが戻り、レオンは透明状態を解いて姿を表す。イリトットは目を失い、焦げた息を吐いて倒れた。
レオンはイリトットに近づいて柄を構える。
「まだまだ…もう1度やらなければ僕を倒せない。…でも、人間を巻き込むぞ…ククク…」
「お前が魔族に変えた人間を操るつもりか?それは無理だな、ナレルが抑えているはずだ」
「なに…。…!」
イリトットは操作中の魔族の感覚を使って見るが、ナレルに妨害を受けてこの部屋へ辿りつけない。
「終わりだイリトット」
レオンは光線を放つ。イリトットの体が当たったところから黒い煙が出て消えていく。
「く…嫌だ、消えたくない…、僕がこんなところで終わるなんて何かの間違いだ!」
「…世の中は思い通りにならないことだらけだ」
「…!」
「それでもどうにかできるんじゃないかという可能性があり、それができそうな力を見てしまうと揺らぐ。過ぎた力は視界を歪ませる」
「僕が間違えたとでもいうのか、僕は、僕は…。……狩人レオン、お前さえいなければ…お前の方が間違った存在なのだ。お前たちのような上位の狩人がいなければ、僕たちはもっと採れた!獲れた!奪い取れた!繁栄できたんだ!僕らが捨てられることなんて無かったんだ!…くそぉぉ」
イリトットは消滅した。残った四肢も根本から順に霧になって消えた。
「過ぎた力か…、もし弱った人を勇気づけることができたら…それは過ぎた力の見せる幻だろうか…」
レオンは目を閉じて息を吐き、再び開けた。閉じていた部屋の扉を開けて外に出て光線を放つ。長い廊下の反対側で膝をついている魔族に当たり、霧を出して人間に戻った。
ナレルと合流してルードとノーマのいる部屋に行く。
「まさか勝つなんて…。無理だと思ってたのに…フフッ、なぜだろう、すごく嬉しい…」
ノーマは今までの自身に向ける嘲笑ではなく、歓喜の笑みを浮かべる。
「フフ…そうか。これが幻のわけがない」
「ん?何のこと?」
「聞きたければまた今度会った時に」
「そうだね、それがいい」
「いつまでも他人の部屋にいるのも変だな。部屋に戻ろう」
「ねえレオン、力が入れようとしたら痛くて起き上がれないの」
レオンは笑って手を差し伸べる。ノーマは手を掴んで引っ張られて起き上がり、そのままレオンの胸の中に倒れていった。
「お、おいノーマ、大丈…」
レオンは手でルードを制した後にノーマの頭を撫でる。
「ごめんなさい、こんな真似して」
レオンは無言で、その雰囲気で許しを示す。弱った少女は今日、急に戻った感情の戸惑いをその抱擁の中で紐解いていった。




