東部編3
レオンとナレルは町のはずれにやってきた.
ナレルは建物を指さす.その建物は金属の肋骨で覆われたような姿をしたものだった.本体はおそらくは土や木を固めて作られたものだ.
「これは我が国最古の図書館です.大体2500年くらいの歴史があるんだ.噴火や地震などで何十回か壊れかけたようだけど,まだ現存している.何回か生まれ変わっているけど,まあ,同じ建物扱いということで」
「何が置いてあるんだ?」
「記録や重要な書簡の写しが多いかな.学問書や娯楽用の書物もあるよ」
「利用者はどれくらい?」
「そこそこいるよ.東部は皆字が読めるけど,普通の人はわざわざここへ来て読む必要は薄い.例えば,過去の戦役の事細かなことは,普段生活する上では必要ないから.学者がまとめた,ここが起点だったとかどういう結果になったかとかで十分.ただし,細かく知りたい人にとっては価値がある」
「入館料は?」
「無料だよ.入るのか?」
「どうしたものかな」
「注意しなくてはいけないのは,2階より上の本は読めない.読むには許可証が要る」
「面倒だな….そうだ,門に関する記述は?」
「たしか3階にある」
「入れないのか,じゃあこの国の地図は?」
「ここには無いよ,そんな重要なもの.この近くであるとしたら東部政府の塔の中」
「東部の地図は?」
「求める精度は?道や標高をごまかしたものなら家にもあるけど」
「完全版は無いか?」
「あるとしたらそれも東部政府の塔の中.そんなのがその辺にあったら国防上不味いって」
「…そうだな.眺めていれば魔族の隠れ家が分かるかもしれないと思ったが,その確証もない.楽せずに探すとしよう」
「あれ?入らないのか?」
「勘だが,あっちに何かある」
旧市街.朽ちた家が並んでいた.もう人は住んでいない.
男女2人が物陰に隠れつつ何者かから逃げている.男が小声で女に尋ねる.
「メイ,無事か?」
「ちょっとした擦り傷.コルドこそ」
「逃げる上では問題ない.しかしこのままでは先に体力が尽きる」
魔族は屋根から屋根へ飛び移ろうとしたが,支える柱が腐っており,穴が開いて地面に落ちた.
「どうしたピザン,太ったか?」
「ああ!?ボロ家が脆すぎたんだ,クソッ」
ピザンは瓦礫を押しのけて姿を現す.服に傷はあるが,体には殴打痕以外の傷は無かった.
「いつまで逃げるつもりだ?人間.お前たちの持久力が俺たちに勝てると思うか?無駄な抵抗は止せ.苦しいだけでいいことはない」
ピザンは大声で警告する.
「…….そうか,まだ逃げる気か?これまでは生け捕りのつもりだった.ここから先は,死を覚悟してもらう」
「おい,アイロコ様からは生け捕りの指示だったはずだ」
飛び降りた魔族の1人がピザンに小声で言う.
「もはやこれ以上の手間をかけてまで捕まえる必要はない.代わりなどいくらでもいる」
「仕事熱心なこった.奴らを追い詰めるのも楽しいぜ」
「そうか?俺は飽きてきた」
ピザンは足元の石を蹴る.吹っ飛んだ石はいくつものボロ家を貫き崩していく.砂煙がさあっと走る.
遠くでコルドとメイは斜めになった家の2階から滑り落ちる.
「まずい,奴らは本気だ.お前だけでも逃げろ」
「嫌!なんなら私が囮になるから」
「そんなことさせるか!」
「あなたのいない世界じゃ生きていても死んでいるようなもの.またあの彩りのない世界へ戻るのは嫌」
「聞く耳持たないか….とにかく,あの塔へ.他よりも頑丈だ」
「……」
コルドはメイの手を引いて塔へと走った.塔の前に着くと2人はひび割れた壁を昇って,大穴から中へ入った.所々はがれた床を隙間から差し込む日の光が照らしている.
「ふぅ….あ,だめだ…,気を抜くと眠ってしまいそうだ」
「すぐには壊れない.落ち着かなきゃ…」
「メイ!後ろだ!」
「えっ?」
メイはピザンに捕まり,締め付けられる.
「かっ,かはっ,はっ,はあっ…」
「止めろ!メイを離せ!…!」
コルドは背後の気配に気づいて横へ避ける.そのまま,足を崩して抜けた床から下の階へと落ちた.
「うっ…ぐう…」
「頑丈そうなここに逃げることなどお見通しだ」
「ここまでか…」
コルドに歩み寄る大男の上から光線が当たり,霧となって消えた.ピザンは背後からの光線で体が痺れてメイを手放し,背後の壁の穴に立つ黒衣の男を見た.
「く…何者だ?」
「尖塔に落ちた雷,狩人レオン!」
メイは床を這いながらコルドの方へ向かう.
「逃がすか!」
「おっと!」
レオンは距離を詰め,光る剣を上へ振ってピザンの首元を狙う.ピザンは腕を体に寄せて,体をひねらせつつ回転して後ろへ避ける.レオンはメイとピザンの間に立つ.
「妙な技を使う.しかしそれでは俺は倒せない」
「ではなぜ避けた?」
「理由は2つ.1つは脊椎反射,もう1つは…」
ピザンは足元に転がる燭台に足をかけた.その瞬間には光線が胸を貫いていた.ピザンは霧となって消えた.
「光速相手に蹴りじゃ分が悪かったな.なあレオン?」
ナレルが壁の穴から体を乗り出して出てくる.
「そんな高いところでよく見てられたな」
ナレルはメイに手を差し伸べ引っ張り上げた.レオンはメイに手を伸ばす.
「やめてください」
メイは右腕を胸の前に当て,左手を前に出して拒絶する.
「震えているじゃないか,鼓動を聞けば落ち着く」
「私にはコルドが…」
「なあに,いいじゃないか?彼氏は見てないだろ?」
「あなたへの恩はあります.けれど駄目です!」
「…そうか,分かった.じゃあ最後に,君は助けられていただけじゃない.君もまた彼を助けていた」
「…!ありがとうございます」
「振られてやんの…痛っ」
レオンはナレルに軽くデコピンをした.
「些細なことだ.いいものを見せてもらったのだから」
「ふうん…」
コルドが下の階から上ってきた.
「終わったよ.もう奴らはいない」
「……」
「どうした?」
「俺は役立たずだ.メイの傍にいたら邪魔だ」
「君は彼女を今まで守ってきたじゃないか」
「いや,逃げていただけ.敵を倒してメイを守ったのはあなただ」
「俺は雷.奴らは落雷を受けて倒れた.君が暗雲の下に奴らを誘きこまなければ,その機会は永遠に訪れなかった.自然物を利用して君が勝ったんだ」
「利用しようなどと考えてない…ただ逃げることだけを…」
「なら,それは運が良かったということさ.しかし運も実力の内.君たち2人の互いを思いやる心が運命を変え,雷を落とした.これは君の手柄だ」
「あなたはそれでいいんですか?」
「いいよ.それがいい」
「敵わない….ありがとうございます」
コルドはメイの方は歩いていき,2人は抱擁を交わした.背中ではなく互いに正面を見るのは久しぶりであった.
「さ,行くぞナレル」
「ああ,聞きたいことが…」
「また今度だな.なに,また会えるさ」




