東部編2
町の中,ダウンの屋敷へ戻るレオンは大きい鳥の影に気づいて上を見る.鳥はゆったりと羽ばたいて城,あるいは宮殿の方へ飛んで行った.
「あれが何とか離宮か?今度ナレルに聞いてみるか」
前から男がふらふらと歩いてくる.レオンとすれ違った後に倒れ,振り向いたレオンが受け止める.
「大丈夫か?」
「すみません,日が強くて…」
レオンは肩を貸して水路沿いの木陰の下まで連れていく.レオンはしゃがんで男を機にもたれさせる.
「迷惑をかけました.私はもう大丈夫です.久しぶりに日中に外に出たもので…」
青クマのある男はレオンにお礼を言い,立ち上がろうと地面に手を置く.やっぱりやめて手が地面を滑る.
「普段は夜起きているのか?」
「昼過ぎから深夜までが多いですね.私はもう一人で大丈夫です.ありがとうございました」
レオンは立ち上がって水路を眺める.波紋に光が反射してキラキラと輝いている.
「どうしたのですか?」
「んー,俺はすぐに帰りたくないんだ.時間を潰させてくれ」
「何かあったのですか?」
「まず君に何があったか聞きたい.君からは声のない悲鳴が聞こえる」
「詩人ですね」
「いや,ボディーランゲージという奴だ」
「風情が無いですね….なぜあなたに話す必要が?」
「悩みというのは他人に理解してもらえないもの.なんでそんな恵まれたことで悩むのか,嫌味なのかと言われる.でも,そうじゃない場合もある」
「あなたがその例外だと?」
「そう,俺はこの世界の存在じゃない.宇宙人みたいなものだ.つい最近来たばかりの」
「おかしなことを….それが何だと言うのです?」
「俺はこの世界で客観的な肩書を持たない.誰でもないんだ.君をどうこうしようという意志の手下でもなければ,君の言葉が俺を介して組織を動かすことなどない.俺に肩書など無いのだから」
「おかしな人だ.あなたの纏う雰囲気は,本当に宇宙人みたいだ」
「鋭い感覚は死んでいないようだな」
「感覚があっても心が無ければだめですよ.…芸術家として致命的だ」
「心…」
「美というのは心の機微なしには察知出来ない.表現も出来ない.…いや,そんなことに意味なんてないのかもしれない」
「……」
「肌や鼻で感じる空気の違い.歩いていると途中で空気が変わった時に,気づいたものです.その動きは面白かった…でも,今はもう分からない」
「原因は分かっているのか?」
「端的に言うと頑張れなくなったから.頑張る意味が見いだせなくなったら全てが馬鹿馬鹿しくなって,力が出ない,世界が暗く色あせて見える」
「何があったかまだ聞いてないが,これだけは言える.無駄になってしまうかどうかは本人次第だ.世界が暗いのなら,君は目を閉じて休むべきだ.闇は悪いものじゃない,光のように急かさない,安らぎは闇の中にある」
「はあ,そうだろうか…」
「君に言うように,音を受け止めていても心が動いていないかもしれない.何があったか,良ければ聞かせてくれないか?」
「…そうか,そうですね….話しましょう」
「こちらはいつでもいい」
レオンは腰を下ろす.
「私は,詩や歌を書いて,それを売り物にして生活しています.活動拠点はこの町.この間,ある仕事の依頼が来ました.それはミセオドアで作詞の依頼です」
「ミセオドアとは?」
「中部の都市名です.情報首都ミセオドアとも呼ばれます.王都トカ・イザークよりも西,この国のほぼ中央にあります.ここから定期船に乗って4日ほどの場所です」
「なるほど」
「契約は2年ですが,ミセオドアに移住してその間に仕事を頼みたいとのことでした.店内に流す曲や広告の曲です.私にとってもあの町は憧れです.文化の最先端でもあり,全国から若者が集まりエネルギーに溢れているとも聞きます.私は是非,と思い両親にそのことを伝えました」
「(ん?)」
「両親は反対しました.お前は長男だから家を継ぐのだとか,世話になった祖父母や親戚に恩を返さないとだめだとか,とにかくこの町から出してくれないのです.そしてあろうことか,私の意志に関係なく,断りの手紙を出しました」
「……」
「私は思い知らされたのです,私は逃れられないのだと.養って貰ってるのに文句を言うな,養ってやったのだから恩を返すものだ,あんたが辛い思いをするのは見たくないから行くな…一族はどいつもこいつも自立のできない子のままでいて欲しく,頼られることに喜びを感じる者ばかり….でも私には逆らえる力が無いのです.彼らを納得させられるほどの売れっ子という訳じゃない」
「……」
「もう頑張っても外に出られない.このまま死ぬまで家の言いなりにならなければならない,そう考えたら,もうどうでもよくなってしまいました.でも,少なくとも今請けている仕事をしなければ….早く回復しなければいけないというのに…力が入らなくて…」
「そうか.言いづらいこともあっただろうによく喋ってくれた」
「おかげで考えが整理できたように思います」
「それはよかった.俺も帰る気になったよ,さようなら」
「さようなら.またすぐに会う気がします.私の勘ですが」
レオンは立ち上がり,ちらりと相手の顔を見てその場を去った.
レオンはダウンの屋敷に戻り,手伝いに来たダウン一族の者たちに買った物を屋敷に運んでもらった.
「目的地は西の門.船に乗って途中で降りて,その後で谷を越えて,砂漠を抜けないといけない」
「運行は2週に1度.あと5日ほど待たないといけない」
「やれることをやっておくさ」
某所.日が沈み,透明な球体の中で燃える火の街灯が微かに道を照らす.
「お久しぶりですね.覚えていますかディーゴです」
「えっと,どなたでしたか?」
「ほら,この曲の作詞を頼んだ者です」
ディーゴは木の板を差し出す.取り付けられた鉄板が震えて曲が流れる.
「こ,これは…」
「思い出しましたか?」
「申し訳ない.あの時はどうかしていて仕事をホイホイ請けてしまったが…,お断りしたい」
「今更ですか?無理ですよ」
「それは危険な音だ.人を壊す」
「気づいていたか.だが,お前が作るのだ.この音域を聞ける年齢で歌詞を作れるのはお前くらいだ」
「私は作らないぞ」
「帰らせると思ったか?お前は取り囲まれている.人間の脆弱な筋力では勝ち目はない.下手に暴れるなよ,腕が千切れないように,肩が砕けないように抑えるのは力加減が難しいんだ」
「…….分かった,従おう」
「フフン」
「その必要はない」
光線が降り注ぎ,5人が霧となって消えた.ディーゴは目の前の話していた男を掴み,盾にする.
「撃つなよ,こいつに当たるぜ…」
「彼を離せ」
「一体誰だ?姿を現せ!」
「黄金の調べ,狩人レオン!」
ディーゴの前に黒い人影が飛び降りる.
「あなたは昼間の…」
「間抜けめ,堂々と前から出てくるとは」
「さ,彼を離せ.片手で俺に挑む気か?」
「そいつは無理だな!」
ディーゴは前に踏み込み,レオンめがけて右足で蹴る.レオンは光る剣を出し,直線の蹴りを左へ避けた後,薙ぎ払いを剣で受けて後転する.剣を右手で持ち,背中に当て,左手と両足で地面と壁を蹴り右に跳び,ディーゴの左後ろへ回る.ディーゴは蹴りの余韻で右に回る.レオンは剣を消して,前に滑りこみ,柄の先から光線を放つ.光線はディーゴを斜め下から貫き,霧ができた.霧の向こうで男が地面に着地する.
「ありがとうございます.また助けられましたね」
「けがは無かったか?」
「ええ,私には掠りもしませんでした」
「良かった」
レオンは木の板を拾う.
「その中に音楽が入っています.どんな理屈か分かりませんが…」
「俺も知らない」
レオンは木の板を2つに折った.中の黒い板もあっさり割れてしまった.
「もう心配はない.じゃあな,しっかり寝ろよ」
「はい.…ありがとう,さようなら」
レオンは夜の闇に消えていった.
「レオンさん.私はミセオドアに行くことにしました.というのも,悪い夢から覚めたんです.もう家族はいなかった,今まで幻覚を見ていたんですね.私を気遣って話を合わせてくれていた皆さんに,もう大丈夫だと告げないといけない.夢は寝ている間に見よう」




