東部編1
翌日,レオンが窓際に椅子を置き,そに座って外を眺めていた.灰色の空の下,坂とそこに点々と家らしきものがある.レオンの目には焦点が合わずに虚空を眺めていた.
「暇そうだな」
「…ナレルか.違うな,必要な処理だ」
レオンは外を眺めたまま,部屋へ入ってきた者にそう答える.
「何か用か?」
「ドアが開いて,暇そうなのが見えたから….忙しいなら後で」
「開いていた…?ああ,あいつか.今でも大丈夫だ」
レオンは体を捻って伸びをしてから後ろを向く.
「当主の部屋へ来てくれ.話がある」
「話とは?」
2人は歩きながら話し始める.
「これからのことだ.ところで,レオンの姓はなんだ?」
「あったが,今の俺には不要だ」
「どうして?」
「俺も聞きたいことがある.なぜ,血がつながっているわけでもないのにダウンの姓を持つ?」
「それが大切な者を守る方法だから」
「しかし家に振り回されるのは不幸だ.機会も能力も奪われてしまう」
「ダウン家は違う,そんなことしない.俺たちが家の名誉を守り,名誉が俺たちを守る.1人ではできないことだ」
「自分が死ぬことがあっても?」
「自分の命よりも大切なもの,あるだろう?」
「…….効率の悪いことだ.まあいい,俺は文化侵略者になる気はない」
当主の部屋に着き,レオンは当主たちとこれからのことや魔族の説明をする.
そして当主の部屋でレオンは協力を要請する.
「これから旅に出る.力を貸して欲しい」
「そのつもりだ.旅の用意が要るな,ここから古都ザークに徒歩で30分ほどで着く.ナレルが案内しよう」
「古都?」
「およそ40年前に統一戦争が終結し,王都がここから西のトカ・イザークに変わった.行政首都はそこにある.昔の都なので古都と言われる」
「ザークは現在は東部の首都.残念ながら王国の首都の座を捨ててしまったぁ」
「金を持っていないんだろう?私たちが払うよ」
「いや,貸して欲しい.後で必ず返す」
「いいのか?」
「買ってもらうというのは気分が良くない」
「そうか,それなら仕方ない」
「必ず返す.だから証文は大切に保管しておいてくれ」
「…分かった.ナレル,帳簿を付けてきてくれ」
「了解」
「さ,行こう」
2人は買い出しに出かけた.
「いいんですか?貸すよりも奢った方が…」
「いいんだ.それよりも,彼に死なれて返せないなんてことが無いようにサポートせねばな」
「ああ,なるほど…」
レオンとナレルは買い物をしている.
「食料品や毛布は分かる.が,茶は要らないだろ!しかもそんなに沢山!」
「いいや要るね.レオンは分かっていない.川の上流にある東部の水の旨さ及び下流の不味さ.下流のは誤魔化さないと飲めたもんじゃない.東部の多様な地形,生態系の織り成す多種多様な茶葉と味と効能の違い.南部に行ってみろ.畑畑畑工場畑畑ばかりで,しかも高く売れる取れる茶葉しか作ってない.あのスカスカで薄味な茶では体が駄目になる」
「何お前,ついてくるの?」
「当然.誰が借金の帳簿を付けると思っている」
「あーあ,かわいい女の子についてきて欲しかった」
「ま,道中で会えるさ.目移りを恐れて邪魔されるよりいいだろ?」
「ふむ,それもそうだな…」
「それに,僕はこの国を以前旅していた.古い情報ではあるが,無いより役立つさ」
「情報料は取るのか?」
「売れるものなのか?」
「勿体ない奴….まあいい.…おい,財布はどうした?」
「え…?あれ?」
ナレルの腰に付けた財布に切り傷があり,中身が取られている.
「探そう」
路地裏に少年が走り込み,子供がギリギリ入れる隠し扉を開ける.
「ちょっと待ちな小僧」
「うっ,うわあー」
何者かが少年の背後から腹の前に腕を出して抱え上げる.
「お前,俺たちを何度も見ていただろう」
「レオン,そんなこと分かるのか?」
「背中でも自分に向いた視線は分かる.ナレル,この扉を調べてくれ」
「盗った金を返せ」
「知らない,僕は何も知らない!」
「何?」
「本当だって,ほら!」
「…….本当だ」
「レオン,その子は冤罪らしい.離しなよ.こいつは隠し通路になっている」
「その前に,なぜ俺たちをじろじろ見ていた?」
「……」
「当ててみようか.お前は共犯者が上手くいくか監視していた.うまくいくか心配で凝視してしまった.誰に指示された?」
「聞いてどうする?」
「ぶっ飛ばしてきてやる」
壁に穴の空いたボロ家で少女は袋から貨幣を出して,机に並べていた.鳥が壁の穴から室内に入ってきた.
「小鳥さん,あなたは飛べるからズルいね」
少女は木の実を台で押しつぶして,それを鳥の前に撒いた.
「そっか…私は飛べないけど,小鳥よりも力があるよね…」
大男が扉を開けて部屋に入る.鳥は飛んで外へ逃げ出した.
「ほう,今回は中々の額だな.よくやったぞシュリ」
「アールゴさん.私はもう盗みをしたくない.もちろん弟にもさせたくない」
アールゴは額に手を当て,目を閉じる.目をゆっくりと開けて少女を見る.
「…どこでそんなことを覚えた?」
「こんなの普通じゃない.見ていたら分かる」
「分からないか?お前たちのようなガキは保護なしには生きていけない.お前たちを守れるのは俺だけだ.親に売られた子供は,本来ならすでに死んでいてもおかしくない.いやあ同情するぜ,働き手の兄や姉が突如失踪してしまうなんて」
「あんたを倒して出ていく!」
「どうやらもう一度教育が必要なようだな」
「ヒッ」
ア−ルゴはシュリに右手を伸ばす.シュリは手を見上げて硬直した.
上からの光線がアールゴの腕に当たり,麻痺させ,足を後退させる.
「ぐっ,誰だ?」
アールゴは左手で壁の穴に向かって壺を投げ,壁に大きな穴を空ける.眩しい光にシュリは目を細めると人影が見えた.
「姉弟愛を護る鳥,狩人レオン!」
レオンは刃の無い柄から光線を放ち,アールゴを痺れさせると,下に飛び降りて左腕を使ってシュリを抱え上げる.
「あなたはあの時の…」
「何のことかな?友人の鳥から聞いて助けに来たのさ.悪事に加担させられている本当は優しい姉弟をね」
「不思議な技を使う…だがもう効かない.我々の皮膚は固化できるのだ,この程度の技はもう受けん!」
「フフ…」
「何がおかしい?」
「さっきのは,万が一この子に当たっても大丈夫なように威力を落としたものだ.もはや緩める必要はない」
「戯言を…,死ね!」
アールゴは前かがみで両腕を前に出して体の重心を前へ倒し,地面を蹴って突進した.
「おじさん!」
「動くな!」
レオンは右腕を突き出し,視線の先を右腕と並行させ,柄から光線を放つ.光線はアールゴを貫き,霧となって消滅させた.
「お姉ちゃん!」
「シュズ!良かった…無事だったのね」
レオンが片膝をついてシュリを下ろすと,シュリはわき目も降らずに弟の下へと走っていった.
「しかしねえ,おじさんは無いんじゃないの?」
「子供から見たら僕らはおじさんだ」
「シュズを助けてくれてありがとう,お兄さん!」
「えっ…」
「礼には及ばないよ.当然のことをしたまでさ」
「おじさんも,ありがとう!」
「あ,ああ….…….君はまだ戦うという意味が理解できていない,駄々をこねることの延長線上にあるだけだ.その心構えは戦いでは通用しない.難しかったかな?とりあえず,無茶しちゃだめだよ,分かった?」
「はい」
レオンは立ち上げり,柄を鞘に刺してベルトで留める.
「腑に落ちないようだね,おじさん」
「ナレル,お前もじきにおじさんの仲間入りだ」
「この子らを保護しよう.一先ずダウンの屋敷へ」
「余裕はあるのか?」
「心配いらない.僕らのような一等地に住んでいない小金持ちは,泥棒に盗られるより泥棒を減らすように投資した方が得なのさ」
「かっこつけちゃって.後はお前に任せる.ほら,財布の中身だ」
レオンはナレルに袋を投げる.
「君は?」
「友人を待つ.先に行ってな」
レオンは皿を持ち上げて埃を払った.
「」
ナレルは横からその様子を見る,足元には姉弟が喜びで踊っていた.




