始まり
古都の外れの森の奥,青天の下に石の門が鎮座する.表も裏も同じ形で両側に閂がされている.門の周囲は青紫の花が咲いている.花と花の隙間からは鮮やかな緑が見える.ここは日の通らない暗い森の中,かすかに光のこぼれる花園.門の下には影が無い.
風が吹き荒れ,門の下に影が生じる.揺れる小花をより青く染める影.
「…着いたか」
濃紺のマントを羽織った男が門の上に立っていた.
「そこから降りてください!」
「ん?」
男は右人差し指を額の上に当て,目を細めて声のする方を向いた.鞄を持った女性が見上げている.
「それは神聖な社です」
「これは失礼」
男は道の上へ飛び降りる.
「ここで何を?」
「今来たばかり」
「旅の方ですか?あれを踏みつけるなんていけませんよ」
「すまない,門が閉じてたもので」
「…何を言ってるんですか?」
「…….お嬢さんはここで何を?」
「私は当番でこの社の掃除をしに来ました」
「なるほど,大切にされている」
「…それが分かるのなら,どうしてあんな真似を?」
「この門はどこに繋がっているか知っているか?」
「そんなこと聞いてどうなるんです?」
「……」
「…魔界だとか死者の国とか色々言われてますが」
「死者の国ではないな.魔界と呼称しよう.そこの住人がこの世界へ侵攻した.俺はその企みを潰しに来た狭間の世界の住人.しかし門が開いてないので回り道したら上に着いたわけだ」
「つまり魔族…?」
「いや,この世界でも魔界の住人でもない.君から見てこの世界と魔界の間にある世界の住人.回り道も知っている」
「1年ほど前に魔族が西の方から出現したと聞いています.あなたも知っているんでしょう?」
「それで出鱈目を言っていると?」
「にわかに信じがたい話ですから」
「その侵略者たちを送り返すために来た」
「……」
「さてどうしたものか….まあいい,じゃあな」
男は森の中へと消えていった.女は鞄を開けて掃除道具を出して門を掃除し,それを終えた後に帰路に就いた.
町の外れにある庭の大きな屋敷に入っていく.
「おかえりシャンタル.ん?」
「…?どうかした?…ナレル?」
「いや,気のせいか.また後で,そうそう,今日の夕飯なんだが海魚だ.もちろん漬けた魚だが」
「本当?やった!」
シャンタルは軽やかな足で階段を昇っていく.ナレルは玄関横の壁に背を付けて耳を飛び済ませる.
「隠れてないで出てきたらどうなんだ…」
「なんだバレてたのか」
マントが色づき始めて,男が姿を現す.
「おわっ!いつの間に!?」
「あれ?気づいてたんじゃないのか?出てきて損した」
「こんな気配は無かった.お前は…なんだ?幽霊か?」
「それよりも気配は残っているのか?」
「思い過ごしかもしれないが…まだ.この家の住人とは違う,かといって小型の動物が迷い込んだものとも違う」
「……」
「気配が遠ざかっていく.感覚が慣れただけなのか,遠くに行ったのか…」
「まあいい,俺は用あって来たんだ」
「お,おい!勝手に人の家を歩き回るな!」
ナレルは男の後を追った.しかし,姿が消えてしまった.
シャンタルは軽やかな足取りで廊下を歩き,曲がり角で誰かにぶつかって尻餅をつく.見知らぬ大男が立っていた.
「ご,ごめんなさ…ひっ」
大男はシャンタルの両肩を掴んで浮かび上がらせる.
「いっ痛いっ…」
シャンタルは体を揺らして蹴ろうとするが,肩に食い込む痛みで断念する.足がブラブラと吊られている.
「大人しくしろ.お前ら人間の柔らかい体を潰さないように加減するのは難しい」
「うう…」
大男はシャンタルを右肩に担ぎ上げた.シャンタルは両手を組んで勢いよく相手の背中目がけて打った.
「かっ…ああっ…」
シャンタルは岩に手をぶつけたような痛みで悶え苦しむ.表皮の奥,岩のような鉄のような固い骨が彼女の攻撃を阻んだ.
「…何の真似だ?」
「ご…ごめんなさい,もうしないから…」
「…次はない」
大男は彼女をどこかへと運んで行った.
「(気配あり.何かいる)」
ナレルは壁に掛かった剣を取って後ろへと跳ねる.上から大男が落ちてくる.ナレルは前に踏み込んで剣を振り下ろす.剣は大男の腕に弾かれ,ナレルは後ろによろめく.腕の中に衝撃がぐわんぐわんと残る.大男の皮膚にわずかに摩擦痕があるのみ.
「弱い弱い」
「(先ほどのは牽制.腰を入れた剣なら…!)」
剣を左後ろから構え,上に弧を描くように振り下ろす.大男は首を横に動かして肩で受ける.
「ぐああっ…」
ナレルは腕の骨にダメージが返り,剣を握る力がなくなって横へとよろめいた.
大男は剣の刃を掴んで持ち上げ,握りつぶす.刃はぐにゃりと曲がり,潰れた刀身をナレルの前に滑らせた.
「無駄な抵抗はやめることだ.尤も,当分は満足に動けないか」
大男はナレルを担ぎあげてどこかへと運んで行った.
若い当主が自室で手紙を書いていると幼い子供が部屋に入ってきた.
「どうしたルリ.ん…?」
「大広間,大広間に…」
「どうした,震えているぞ.何があった」
当主はルリを抱き上げて後頭部をなでる.
「早く…」
「…?そこで待ってろ」
当主は階段を走って降り,大広間に着いた.扉を開けると見知らぬ者たちに5人の仲間が捕まっている.
「初めまして,ダウン家当主,イマニュエル・ダウン.私はエイハチ.見ての通り魔族です.抵抗が無意味な圧倒的な体格差が分かるでしょう?」
「何の真似だ?」
「交渉です.その首から下げている当主の証,そう,あなたが今,手にとったその鍵.それを渡しなさい.そうすれば人質は解放する」
「これは大切なものだ」
「よく知ってますよ.それはダウン一族の守る門の鍵.先祖の血は途絶えたものの,その役割を引き継いだあなた方が守り抜いてきたもの」
「……」
「だからこそ,それと釣り合うものを用意しました.この人質たちです」
「……」
「あまり待たせないでください,イライラしてくる.こいつらが苦しむ姿を見ることになるぞ.…いや,助けてくれない当主への悲しみ,侮蔑,後悔…そういう目で君は見られることになる」
「彼らは関係ない」
「鍵を渡せば君たちは助ける」
「そんな約束を信じろと言うのか?」
「殺して奪ってもいい,しかしそれをしない.我々の思惑が何であれ,君らの命を取らないという証明には十分じゃないか?」
「…….分かっていないようだな,私たちは歴史に汚名を残すくらいならば死を選ぶ」
「善悪の価値観など時代や状況によって異なる.それは思考停止だ.生きていれば名誉は挽回できる」
「…そうだな,一族が生きていれば個人が死んでも挽回できる.だから私たちは死を選ぶ」
「チッ,そんなに死にたいのなら殺してやる」
鋭い爪がシャンタルの肩にゆっくりと食い込む.シャンタル眉間に力を入れて目を瞑る.
イマニュエルは鍵を手の中でスライドさせて親指,人差し指,中指の3本で掴んだ.
「その必要はない!」
光線が魔族たちに降りかかり,痺れさせる.
「今だ!走れ!」
人質たちは隙をついて逃げ出した.
「待てっ!」
魔族たちの前に1人の男が飛び降りる.ほんの数秒,広がったマントが人質たちを視界から隠す.
「当主さん」
「誰だ…?味方なのか?」
男は左手で当主の腕を持ち上げて,右手で当主の手を包むように鍵をしっかりと握らせた.
「俺が来たからには心配はない.その鍵を落とさないようにしっかりと握っていることだ」
「誰だお前は!?」
「追放の光,狩人レオン!」
「狩人…?ハハァ,愚かな….この程度で私たちを殺せるとでも?いや,傷一つつけることすらできない」
「フフ…」
「かかれ!」
レオンに向かって2人が1列になって突進する.力強く地面を蹴った衝撃で床石にヒビが入る.レオンは刃のない柄を相手に向ける.柄の軸から光線が発射され,魔族2人を貫く.2人は霧となって消滅した.
「な,なんだ,どういうことだ?」
レオンは続けざまに光線を放ち,魔族たちを消滅させる.エイハチは柱の後ろに飛び跳ねて身を隠す.
「そう恐れることはない.この光線を浴びた者はこの世界から追放され,魔界で転生する.お前たちの元いた世界に還るだけ」
「ほざけ!」
エイハチは石を投げ,姿勢を低くしてジグザグに跳ねつつレオンに飛び掛かる.レオンは柄から光る刀身を出現させると前に跳ねてエイハチを飛び越える.そのまま剣を振り石を切断,刀身を消して柄を後ろに向けて背後から迫るエイハチを光線が貫く.
レオンは着地して後ろを振り返る.霧の向こうにダウン一族が見える.
「もう気を抜いていい.全員倒した」
レオンは柄を仕舞い,一族の方へ向かって歩いていく.レオンは震えるシャンタルを自分の腕の中へ肩を引き寄せる.
「大丈夫.俺は奴らとは違う」
震えが収まった後,背中をポンと叩いて離れた.レオンは当主の前に来る.
「私は当主失格だ」
「ん?」
「口ではああ言っていながら…」
「ああ,緊張して手から滑りそうだったな.俺が位置を直さなきゃ落っことしてたぜ」
「え…?」
「それは当主の証だろ?そいつが君から離れたくなくて俺を呼んだ.俺は応えた.これでお終い」
「しかし考えた時点で…」
「あーもう,命の恩人にいつまで突っ立たせておく気だ?当主,彼らに指示して命の恩人に相応しいもてなしをさせろ!」
「そうですイマニュエル様,やりましょう」
「お前たち….…….よし,この恩人のために宴の準備だ」
「こっちこっち」
レオンの左右の腕に2人の少女が腕を通して引っ張っていく.レオンは後ろを向いてイマニュエルが指示をしている様子を見た後,前を向く.夕日が飛び込んできた.
久しぶりに書いたらキーワードの仕様が変わってました.ジャンル間違ってないといいですけど.




