精神年齢
蒼空が水を飲んでから一週間。
順調に慣らせていき流動食が開始となった。
まだ上手く手をうごかせない蒼空に響や渚が口に運んで食べさせていく。
蒼海もやりたいと言って1回ほどやらせたのだが、力の加減がわからずこぼして食べさせることができなかった。
その日は一日中ごめんなさいと蒼海は呟いていたという。
流動食が始まり、本格的に胃にものが入るようになったことで蒼空は排泄を日に数回行うようになっていた。
当然動けない蒼空はトイレになどいけない。オムツを履いての排泄となる。
渚と響は数年ぶりにオムツ交換をしていた。蒼空が産まれてから眠りにつくまで少しの期間であったが経験はした。
そして、その経験は二人にとって幸せの記憶でもあった。
数年ぶりにしたオムツ交換は最初は手間取ったものの2回目からはスムーズに行うことができた。
そして、本来不快であるはずのそれも二人にとってはたまらなく嬉しい事だった。
二人は嫌な顔どころか笑いながら交換していく。
交換している時だけは、数年前に戻ったような気がしていた。赤ちゃん言葉で蒼空に話しかけながらてきぱきとおこなっていく。
蒼海はこれをやりたがらなかった。
響と渚はまだ幼いから臭いに耐えられないのだろうと思っていた。
しかしそれは違っていた。
蒼海は兄の臀部や恥部を直視できなかったのだ。
醜いから見れないのではない。恥ずかしかったのだ。
ただでさえ男子が少ないこの世界で蒼海は男の子の恥部など見たことがない。
響のですらタオルで隠しながらお風呂に入っていたためまじまじと見たことはなかった。
そんな蒼海が信仰を寄せている蒼空の恥部を見れるはずがなかったのだ。
蒼海自身は恥ずかしいくてと思い込んでいるが、その気持ちは恐れ多いといった感情であった。
その為蒼海は渚や響がオムツを取り替えようとすると病室からそっと出ていく。
そして、扉の前でじっと交換が終わるのを待つのだ。
扉の中から聞こえてくるオムツの擦れる音ですら蒼海は顔を赤くしていた。
タオルで拭いている時も実のところかなり赤くなっていた蒼海。
自身の思いに気がつくにのはまだ数年先のことであった。
流動食が始まり、蒼空が排泄するようにってから一週間がたったころ異変が起きた。
響がいつものように昼間病室にやって来て蒼空にマッサージをしようとしたところ、蒼空が自身のお腹を手で抑えていたのだ。
ある程度腕も動かせるようになっているのは知っていため動かしたことには驚きはしなかった。
しかし、蒼空はお腹を抑えその表情には汗が滲んでいた。眉間にもシワがよっていて、苦しそうな顔。
「蒼空くん?!大丈夫?!どこか痛いのかっ?!」
響は焦る。何故なら、こんなに苦しそうな蒼空見たことがあったのだ。
初めて見たのは、蒼空がねむりについたあの日だった。
響は急いでナースコールを押し先生を呼ぶ。
先生が来るまでの間、響は蒼空に声をかける。
「大丈夫だ蒼空くんっ!すぐに、すぐに先生がきて直してくれるからなっ!」
すると蒼空の顔から汗が引いていく。
しわを寄せていた眉間も力が抜けたのかいつも通りになっていた。
「そ、蒼空くん?大丈夫かい?」
響は声をかける。蒼空の表情には先程までの苦しそうな感情は浮かんでいなかったが、今度は目線を下に落としていた。
黙ってうつむいている蒼空を不安そうに響は見ていると、先生がやってきた。
先生は事情聞き、蒼空の検査を始めようとした。
聴診器を当て調べていくが特に異常は見られない。バイタルも正常を示している。
蒼空の目も確認するが視線がぶれたりもしていなかった。
念の為に詳しく検査を行おうと先生は1度戻って準備をしに行く。
先生が出て行ったあと響は蒼空の手を握り声をかけようとしたところでふわっと刺激臭が鼻をついた。
「検査の前に取り替えておこうか蒼空くん。スッキリしようね。」
そう言っていつものようにオムツを取り替えていく響。それを見る蒼空の表情には悲壮感が漂っていた。
検査の結果異常は無し。
恐らく流動食が始まったことで胃が活発に動き出し、それが軽い腹痛を生んだのだろうとなった。
翌日、今度は渚と蒼海が来ている時間にも蒼空がお腹に手を当て顔を歪ませていた。
響と同じように渚は先生を呼び、蒼海は蒼空に声をかける。
するとまたふっと蒼空の表情が和らいだと思ったら視線を下に沈ませる。
先生がやってきたあと検査をするが同じように異常なし。
そしてすぐにオムツの臭いに気がつき交換する渚と部屋の外で待つ蒼海。
こんな事が一週間ほど続いた。
一週間も同じようなことが起こるとなると何か原因が必ずある。
渚と響はその原因に感ずいていた。必ず蒼空がお腹を抑えたあとオムツを交換していた。
もしかしたら…と二人は考え、週末三人でお見舞いに来ている時に確かめることにした。
マッサージをしている最中にまた蒼空がお腹を抑える。
すると響は先生を呼ぶのではなく、あらかじめ用意しておいた簡易式トイレ…赤ちゃんのおまるを大きくしたような物を出す。
そこへ蒼空を座らせると、蒼空はすぐさまその表情を和らげる。数秒後、排泄音。
ここで渚と響は確信した。蒼空は排泄を知らせていたのだと。
処理が終わったあと先生を呼び事情を説明する。
先生は少し考えた後、医務室に来てくれと伝えて出ていった。
響達は蒼空を寝かせたあと医務室へ向かった。
「蒼空くんは間違いなく自身の排泄を伝えていたのでしょう。」
先生は入るなり話始めた。やはり響達の考えは間違ってはいなかった。
「しかし、そうなると何故わざわざそんな回りくどい伝え方をしたのかがわかりません。」
先生はそう続けた。
「もし排泄を伝えたいのであれば言葉で伝えた方が早い。現に一週間もわからなかったわけですから。…言葉で伝えなかったのではなく、伝えられなかったと考えざるを得ません。声帯が正常なのは今までの検査でわかっています。そうなると…」
先生が言葉を続けようとしたとき、先に響が言葉を言った。
「…障害がそこにあるって…ことですか?」
決心したように話す響。
「…はい。この場合、言語障害と知的障害があるかと思われます。…蒼空くんは言葉を正常に伝えることができない、もしくは声の出し方を脳が理解していないと。」
障害は1つだけではなかった。
先生は脳が死んでいる部分が障害になり得ると響達に伝えていた。そう、死んでいる部分が一箇所だけとは限らなかったのだ。
それを思い知らされた響と渚。渚の目には涙が貯まる。
「しかし、悪い事だけではありません。いいですか?蒼空くんは自らの排泄感を理解し、それを伝えようとした。これは重要な事です。」
先生は思ってもみない事を話始めた。
「本来赤ちゃんは排泄したあとでその不快感から泣くなどしてそれを伝えます。しかし、蒼空くんの場合は排泄するまえにそれを伝えようとした。そして、排泄したあとその不快感に表情を落ち込ませていたんです。つまり、蒼空くんは排泄したあとの不快感を覚え、それを回避しようと思考して行動に移していたわけです。」
先生の言葉にハッとする。
「そうです。蒼空くんのその思考は乳幼児のものではありません。最低でも1歳は過ぎている。…可能性だけを言えば、身体と同じくらいの精神年齢だってありえる、というわけです」
その言葉に響が口を出す。
「でも…そんなことありえるんですか?蒼空くんは眠り続けていたんですよ?身体は成長できたとしても、心や考え方まで成長しているなんて…」
「はい。通常考えられません。しかし、そうである可能性がある以上考えておかなければなりません。…もし、蒼空くんの精神年齢が年相応のものだとしたら障害はまず確実です。理解し、行動しようとしてもできなかったから他の手段をとった…と。」
先生はそう告げた。
年相応のものだったらそれは喜ばしい事だろう。普通に生活してきたように成長していたということなのだから。
しかし、それは違った。自分で行動出来るようになっていたということは、話そうとして話せなかったということ。伝えたくても伝えられなかったということ。
もしそうだとしたら、蒼空はどれほど絶望したのだろう。声をだそうと思っても喉が音を出してくれない。気持ちばかりがそうなって、脳自体は信号を送れていないと。
蒼空は一体どれほど自分達に伝えたい事があったのか。そしてそれを伝えられず、苦しみ続けようやくトイレのことだけ伝えることができた。
そんな徒労感を自分達は蒼空に強いてきたのか…。
「しかし、本当にあくまで可能性として受け取ってください。何故成長出来たのかも考察できていませんし、確率でいうなら最も低い考え方になります。」
「はい……わかりました……」
響はそう力なく答えると1人医務室を出ていく。それを渚と蒼海は追いかける様に出ていく。
響の中には無力感と罪悪感が渦巻いていた。
どんどん自分を責めてたパパ




