蒼空先輩
先輩
私を救い出してくれた先輩
毎日が地獄のような日々だった。
家も学校も楽しい時なんて一度もなかった
心から笑った事なんてなかった
哀れむように周りは私を見ていた
誰も助けてなんてくれなかったし、私も助けてもらおうなんて考えてなかった
この地獄が、当たり前なんだと思うようになっていたの
でも、先輩は……
パチッと目が覚める。
白い天井。
周りを確認するように視線を移す。ここは、病院みたいだった。
腕には点滴。口元には酸素マスク。
身体にはいくつかの線がつながっていて、その元をたどると心電図。
意識が覚醒してきて色々思い出してくる。
私は……死んだんじゃなかったの?
私は自分が死んだ瞬間を覚えてる。車に跳ねられて自分の身体が引きちぎられて居るのをこの目でしっかりと見ていた。
身体を見るとちぎれたはずの身体はくっついていて、手術した後もなく綺麗な体。
私はなんで生きているんだろう?どうして、病院にいるんだろう?
……先輩。……お兄ちゃん。
頭の中で2つの呼び名が浮かぶ。どちらも大好きで、大切な人。私の天使様。
でも、先輩は私の目の前で……だとしたら、お兄ちゃんは?
お兄ちゃんって誰だろう。私にお兄ちゃんなんて……
「う、蒼海ちゃん……?」
声のした方を見る。
そこには男性が立っていた。見た事がある様な気がするけど、誰か思い出せない。
それに、私の事呼んだみたいだったけど間違ってる。私は蒼海なんて名前じゃない。
美羽。それが、私の名前。
悪魔がつけた私の名前。嬉しくもなんともない、意味も理由もわかりたくなんてない名前。
男性は私に近づいて抱きしめてきた。
不快。そして、恐怖。
今すぐにでも叫び出して振り解きたかったが身体がうまく動かない。
感覚はあるのに、痺れてる。
だから、抱きしめられている感覚が伝わってきて、気持ちが悪い。
男性は蒼海ちゃんと繰り返し呼びながら泣いているようだった。
人の名前を間違えて、抱きしめてきて挙句の果て泣き始めるなんて本当に気持ちが悪かった。
どうしようもなくただ我慢していると男性は立ち上がり、連絡してくると一言いい部屋を出ていく。
ようやく開放された私は安堵する。
一体、さっきの男性はなんだったのか?私のこと間違って覚えているみたいだったけど知り合いなのだろうか?
私は自分の状況を確認する。
身体のサイズが変わっていた。サイズというか、形そのものが違っている。
小さい。小学生と中学生の間くらいの身体つき。
窓ガラスを見てみると反射して自分の姿が映る。身体だけじゃない、顔つきも変わっていた。
私の顔はこんなに綺麗じゃなかった。傷もないし痣もないなんて、私の顔つきでは決してなかった。
私は……生まれ変わったの?それとも誰かの体に移り変わった?
そんな非現実的なことが起こるだなんて思ってなかった。
でも現状そうとしか思えない。
知らない場所、知らない人、知らない身体。
どれも記憶に一致しないものだった。私は……生まれ変わっちゃったんだ。
私は色々思い出そうとする。前の私じゃなくて、今の体の私のこと。
少なくとも10年は過ごして来たであろうこの体。
どうやって過ごしてきたのか思い出そうとして、あきらめた。
思い出せるのは前の私の事ばかり。それも、辛く地獄のような日々のこと。
唯一の救いだった先輩を思い出しても、その先にあるのは自分の死よりも辛かった事実。
目の前で冷たくなっていく先輩だった。
思い出したくない、忘れてしまいたい。先輩が死んでしまったなんてこと、認めたくない。
私は無理矢理違うことを考えようとした
すると、また聞こえるお兄ちゃんと言う呼び名。
お兄ちゃん。
何故だか安心するその呼び名。大切な、大切な名前だと感じる。
先輩のことを先輩と呼んでいた時のように、頭の中でお兄ちゃんと言うだけで心が落ち着いていった。
お兄ちゃん……お兄ちゃん。
お兄ちゃんに会いたい。今の私がお兄ちゃんと呼んでいる人に会いたい。
そう私は思い始めて止まらなくなっていた。
そう言えば、さっきの男性は連絡してくると言っていた。誰に?
もしかしたらさっきの男性は今の私の家族なのかもしれない。だとすると、私のお兄ちゃんを呼んできてくれるかもしれない。
私はそう根拠のない期待を抱いていた。
ドキドキする。お兄ちゃんがもうすぐ来てくれると身体が感じている。
それはまるで先輩の待つ教室へ向かっていた時のような気分。
私の名前を呼んで答えてくれた先輩。
先輩……お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!
ドアが開く。
先ほどの男性と、その後ろに二人の影。
「蒼海ちゃんっ!」
後ろの一人、綺麗な女性が先ほどの男性のように私に抱きついてきた。
また、違う名前。いや、もしかすると今の私の名前なのかもしれない。抱きつかれながら私はそう思っていた。
抱き着かれて嬉しいなんて思わない。先ほどの男性と同じで早く離して欲しかった。
「ぐすっ……ほんと良かったっ……!ほら、蒼空もこっちに来て……?」
女性が口にした名前に私は反応する。
それは、私が世界で一番好きだった人の名前。
私を地獄から救い出してくれた天使の名前。
大好きで、大切で、そして、失ってしまった人の名前。蒼空……先輩。
蒼空先輩。
「……蒼海ちゃん……良かった、目が覚めて。」
後ろにいたもう一人の人が近づいてくる。
私に話しかけるその声は聞くだけで先ほどまでの不快感を私から消しさってくれた。
女性が離れて、私はようやくその人の顔を見る。
あぁ……神様。
私は感謝したい。
この世界はこんなにも素晴らしいのだと。
奇跡はあるのだと。
目の前には、失ってしまった人がいた。
大好きな天使がそこにいた。
私を見つめ、涙を貯めながら私に声をかけてくれている。
もう二度と会えないと思っていた。
もう二度と見る事ができないと思っていた。
私は近づいてくるその人に抱きつく。
力の入らなかった身体に無理矢理力を通して。
身体に付けられていた線も点滴も引きちぎりながら抱きつく。
酸素マスクなんて邪魔なものも投げ捨て私はその人の名前を呼ぶ。
「先輩っ!蒼空先輩っ!!」
力いっぱい抱きつき、先輩の感触を確かめる。
あぁ、生きてる。先輩はここにいる。
その事実だけで私は生まれ変わって良かったと思っていた。




