渚のコミケseason3
「遂にこの日が来たわー!!」
深夜3時過ぎ。
ついに、遂にこの日がやってきた。夏の1大イベント、日本中のアニメ・漫画・ゲームファンがおくる夏の祭典コミックマーケット!
参加できないと思っていた分その喜びは大きい。嬉しさのあまり昨日就寝できたのは0時を過ぎてから。おおよそ3時間も寝れていなかったが身体には飛び出さんばかりのパワーを感じる。
この日を迎える為に私はどれほど苦労したか……
反対する夫を説得し、街から街へとカタログを探し回り、仕事の合間に隅から隅までサークルチェックを繰り返してきた。
頭の中には既に会場での分刻みなスケジュールが叩き込まれておりチェック漏れには余念がない。
「さぁ!シャワーを浴びて用意しなくちゃ!」
既に着ていく服やトートバッグ、水分補給用のスポーツドリンクや脱水症対策のミネラルタブレットなどは用意し終えていた。
後はシャワーを浴び、身を清めて会場へと馳せ参じるだけとなっていた。
目覚めてから常に興奮状態。イベントへの期待感からアドレナリンがかなり分泌されていた。
シャワーを浴び、身体を洗っている最中も頭の中には開場後の島から島へ飛び交っていく自分をイメージし続けていた。
早く会場へ行きたい気持ちからか予定よりも早くシャワーを浴び終える。
体を拭き制汗剤を吹きかけ服を着る。すぐにでも出発できる状態になったにもかかわらず時間はまだ4時まで10分以上余らせていた。
「うーん……始発が4時半だから……今家出てもちょっと余っちゃうのよねー」
計画的に進めていたが予想より時間があまりどうするか迷う。
「あ、そーだっ!家出る前に響の寝顔見ていこう!縁起がいいに違いないわ!」
そうして夫である響の寝室へ潜り込んでいく。
ゆっくりとドアを開けるとその奥にはぐっすりと寝息を立てて安らかに眠っている愛する夫の響の姿。
起こさないように静かに近づいて寝顔を確認する。
「はぁ……ほんと、いつ見ても可愛い寝顔なんだから……」
夫の寝顔を見て思わず幸せのため息が出てしまう。
この可愛く幸せそうな寝顔を見るとこっちまで幸せな気分になってくる。
「はぁ……なんだかとっても落ち着くなぁ……」
ベッドに顔を埋めながら寄りかかる。
何とも言えない幸福感と脱力感が全身を覆う。
「まだ時間あるし……ちょっとだけゆっくりしよう……」
ちょっとだけ、もう少しだけ夫の温もりを感じながらベッドへと埋もれていたかった。
そして……
「……い。おーいっ!渚ー?」
「ふぇっ?」
自分を呼ぶ声に意識が覚める。
「寝ぼけてる?おはよう渚。なんで俺の寝室にいるんだ?今日は早くからイベント行くんじゃなかったか?」
「……え?」
寝ぼけ眼で時計を見る。針は8時を差していた。
「……えっ」
「ど、どうした渚?大丈夫か?」
「……工エエェェェェエエ工ッ?!」
「うわぁっ!」
やばい
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!
完全に寝てしまった!
油断した!ほんの少しゆっくりするだけのはずだったのに!
8時?!なんてことだこの時間では既に待機列はかなりの量となっているはず……
「ご、ごめん響!行ってきます!」
「い、いってらっしゃい……」
状況を飲み込めていない夫に一声だけかけてすぐさま家を出る。
駅に着くまで10分もかからない。そこから電車に乗り会場の最寄駅までは45分。
会場に着くのは9時を過ぎるだろう。
つまり、会場まで一時間を切っている。その時間では待機列はもう最終尾に近い。
入場できる頃には11時近くなっているだろう。
開場が10時なのでおおよそ1時間遅れとなる入場。1時間……それだけあればチェックした内の10サークルは完売に追いやられるだろう。
車を飛ばし、駅に着き電車に乗り込んだ後私は残酷な判断を迫られていた。
「島を取るか……壁を取るか。」
本来の予定であれば今日は企業→壁→島と回る予定だった。
しかし、こうなってはもう計画通りなんて無理。
まずは企業。これはもう時計を見た時点で諦めた。
私が参加していた年でさえ企業は激戦となっていた。そして、年々来場者が増えている中こんな時間に企業へ並んだところで買えるはずがなかったのだ。希望なんて必要ない。必要なのは確実に購入できるルートを導き出すこと。
たまたま人が少なかったーだとか、たまたま在庫が豊富でなんて可能性にかけるほど私は無知ではなかった。
1か0なのだ。そして私は、0の企業を捨てた。
そして問題は壁か島か。
「通常なら壁だけど……11時となると列形成が完全に出来上がってしまってる時間。そうなると壁1つに対しておおよそ20分以上……」
ぶつぶつと計画を練っていく。
20分。それだけあれば島一つ回れてしまう。
しかし、友達のほっしゃんからの情報だと近年委託に出さない壁サークルも出てきているという。
つまるところ今回を逃すとオークションに頼るか、次回既刊として配布されるかを待つしかなくなる。
壁サークルに配置されているのは間違いなく大手。その作品のクオリティも使用度も信頼のおけるもの。
それに対して島に配置されているサークルはまだ大手とはいえず作品のクオリティにもばらつきがある。しかし、中には壁サークルに負けないはおろかその完成度の高さを抜いて出るものもある。
そして新しいジャンルへの出会いや見知らぬサークルを知るには島を回るしかない。
壁から島へ回ればいいじゃないと安易に考えるが島のサークルは壁サークルと違い発行部数が極端に少ない。
島だから後回しでもいっかなんて考えて午後になり島へ向かうと撤収作業を済ませていたなんてことはよくある話だった。
私は決断しなければならない。
壁サークルを取るか、島サークルを取るか。
そんなことを考えていると会場の最寄駅へと到着する。
車内のほとんどの乗客はこの駅で降り、会場まで走り抜ける。
私も一秒でも早く列に並ぼうと必死に食らいついていく。もみくちゃになりながら改札を出て待機列へと向かう。
「私は東、誰がなんと言おうと東」
そう自分に言い聞かせ東舘側の待機列へと向かう。
西側から東に回り込むルートもあるのだが、正攻法を好む私は東からの真っ向勝負しかしなかった。
スタッフの誘導に従い20分ほど歩きようやく列形成が行われている広場へ着く。
「はーい!サークル参加者の列はこちらになりまーす!」
「一般参加者はこの先左から進んでくださーい!あっ!走らないでくださいそこの人ー!おーい!」
スタッフは必死に誘導をしていた。
私は誘導にしたがい、走り出したい気持ちを抑えながら早足で列形成へと向かう。
「はーい、前から詰めて座っていってくださいねー!リュックの人は詰められるよう前に抱えてもってくださーい!」
その声に従い前からどんどん座っていく待機列。
「それじゃあここで皆さんに注意事項があります!よーく聞いてしっかりと守ってくださいねー?」
スタッフはメガホンを使いながら諸注意を伝えていく。
ようやく列固定までこじつけた私は荷物を置き貴重品だけ持って列の後ろへと離れていく。
「ふぅ……さぁて私の列は……えっ」
列の最終尾、その列の番号が書かれている札には8-6と書かれていた。
絶望が私の中を駆け巡っていた。




