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銀河帝国の綺羅星(アイドル)達へ!(旧題悔しいからアイドルになって地球を救ってやる!!)  作者: あずき犬
結成10th Anniversary BestAlbum「こす⭐︎もす尽くし」特別収録曲
29/31

Track-29.私の瞳の中の花火!(Pre Chorus)

 急に雨足が強くなり、大粒の雨粒が地面に叩きつけはじめた。あっという間に濡れた地面を風に煽られた雨水が川のように流れている。

 カラオケ店内の出入口に立つ杏子はそんな外の景色をなんとなく眺めていた。


「やっぱり今満室みたい」


 受付から戻ってきた優奈がガラス窓を叩きつける雨を見ながら言ってため息をつく。

 突然の雨、町を歩く人が考える事はみな同じなのだろう。


「通信規制でランキング曲しか歌えないみたいだし……、たぶん無いよね」


 優奈と一緒に受付に行っていた早紀もガラス窓の外を見ながら誰にともなく呟く。


「カラオケに収録はされていると思うけど、まあ、たまには違う曲も歌ってみたいかも。でも」


 杏子が言葉を続けようとした時、


「うわ、最悪、無茶苦茶雨降ってる」


どこかで聞きおぼえのある声がカウンターの方から聞こえた。杏子が振り返ると、そこには長い髪を編み込みにした銀髪の女性がいた。駅前の銅像の横で演奏していたバンドのボーカルの女性だった。


「もうライブの時間迫ってるから傘借りていくよ」


 カウンターで精算をしていたギターケースを背負ったショートヘアの女性が言いながら、慌てた様子で財布を開いていた。

 カウンターで店員から傘を受け取っているのは、大きな四角いリュックを背負ったストレートヘアのキーボードを弾いていた女性だった。

 年齢は二十代半ば頃、同じバンドメンバーだからなのか、皆同じ柄のダメージTシャツを着ていた。

 傘を受け取ったキーボードの女性が、ボーカルの女性に傘を渡しながら微笑みかける。


「雨だから仕方なかったけど、最後くやしかったね、はい、傘」


「その分ライブでがんばる」


 傘を受け取ったボーカルの女性がそう言って笑う。

 カウンターでの清算が終わった三人は、杏子達の横を通り超えてドアを開く。店内にも強風が吹きこぼれてくる。

 笑い合いながら傘を開く彼女達にとって、体に降りかかる雨も、吹き付ける風も、行き先を遮る障害にはならず、むしろそうした逆境を楽しんでいるようにさえ見えた。

 傘を開いた女性たちは水飛沫をあげながら一目散に道路を走っていった。


「音楽やってるお姉さん達、かっこいい」


 三人の姿を窓越しに見ていた杏子は、誰ともなく一人ごちる。その声を聞いた皆は無言で頷く。


「あ、ということは」


 優奈の声で気づく。彼女達が使っていた部屋が空いたことに。



      ※



 ふかふかのソファに腰掛けた杏子は大きく伸びをする。

 思えば電車を降りてからずっと立ちっぱなしだった。注文したソフトドリンクを待つ間、五人はそれぞれソファに座りしばらく無言の時間を過ごしていた。

 

 室内の雰囲気はまるで地球の頃のものと変わりない。

 部屋をぐるりと取り巻く真っ赤なソファ。机の上には操作パネルの機械。ただ、歌詞を表示するテレビやプロジェクターは見当たらない。かわりに部屋の一角に何もない五メートル四方程度のスペースがある。ステージなのだろうか。

 それにしても、カラオケなんて来たのはいつぶりだろうか。部活の休みの日にサクラや薫と行ってシルバリオンを熱唱してたっけ。そういえば、文化祭、どうなったんだろう。

 

「なんかさ、ちょっとしんみりしちゃうよね」


 思い出に浸る皆の意見を代表するように言った優奈は、机の上に置かれていた操作パネルの機械を持ち上げて、タッチパネルに触れる。パネルの表示部から『!通信制限中!ローカルシステムのみ稼働可能です。歌唱可能曲はランキング曲および直近の歌唱履歴曲のみとなります』の文字列が浮かび上がり点滅を繰り返す。


「ランキング検索、TKU」


 無表情で発した優奈の声に即座に回答結果が読み上げられた。


『ランキング100位圏内に該当曲はありません』


「ランキング検索、コスモス」


『ランキング100位圏内に該当曲はありません』


 しばらくの沈黙の後、ドアが開いた。

 店員の女性がテーブルに皆が注文したジュースと小皿に盛られたフライドポテトを並べていく。

 ただ黙ってその様子を眺める五人に威圧されたのか、店員はそそくさとフォークとスプーンが入った皿を置いて立ち上がる。


「では、プロフェッショナルルーム、二時間のご使用となります。通信規制中ですが、ローカルシチュエーションシステムは使用可能ですので、ステージに上がり次第、システムの指示に従ってください」


 早口で言い切った店員はドアを閉めて出て行った。


「じゃあ、誰も歌わへんのやったらとりあえずみんなでバルファーレの"make up my mind"でも歌っとく?」


 ストローでアイスコーヒーを啜っていた綾香はテーブルの上の端末を手に持つ。

 

「あ、そういえばこの前聞いたアニメの曲すごい良かったんだった。あれ、なんてアニメだったかな」


 飲んでいたメロンジュースをテーブルに置いた優奈はアニメの題名を思い出そうと腕を組む。

 

「有名なアニメならアニソンのランキングに入ってるんちゃう? 曲名見たら思い出すやろ」


 優奈の言葉にそう答えた綾香は端末を自分の口元に近づける。


「アニソンランキング表示」


 綾香の言葉に反応した端末がアニソンランキングトップ10を空中に表示させた。


「ねえ、もしかしてさ」


 黙ってパイナップルジュースを飲んでいた裕子がガチャンと音を立ててコップを机に置いた。そして端末に向かって叫ぶ。


「アニソンランキング検索 fight!」


『アニソンランキング75位、fight! アニメ魔法少女戦士アテナ2劇中歌、圏外から急上昇中』


 カラオケルーム内に彼女たちの歓声が上がった。

 静かにガッツポーズをする裕子、優奈と綾香は抱き合って喜びを表している。

 裕子とハイタッチを交わした杏子は立ち上がる事もなく座ったままディスプレイを見ている早紀の肩をゆすった。


「ほら、早紀、私たちの曲あったよ」


 身を屈めて早紀の顔を覗き込んだ杏子は息を飲み込んだ。

 歓声の中、早紀は唇を噛み締めてディスプレイを睨みつけていた。


「早紀、どうしたの」


 他の皆に聞こえないように杏子は口元を早紀の耳に寄せる。

 リップで光る早紀の艶やかな唇が小さく開く。


「みんな、こんなに頑張ってるのに」


「早紀......」


 細かく震えるまつ毛の奥に隠れた潤んだ瞳に思わず見入る。

 その透き通った瞳にはディスプレイの光がまるで七色の花火のように散って見えていた。


「ほら、早く決めるよ」


 優奈の声で杏子は我に返る。テーブルの上には『参加人数五名、各パート決定して下さい。1stVo.』の文字が映し出され、文字の後に点滅するボタンが表示されている。あのボタンを押した者が1stボーカルを歌う権利を獲得する。


「はい、では、最初はグー、ジャンケン!」


 優奈の音頭で皆が手を前に振り出した。



    ※



 ステージに上がった杏子は慣れない景色に戸惑っていた。

 目の前には優奈と裕子の後ろ姿が見えて、横を見ると早紀の不安げな顔が見え、その向こうには頬を膨らます綾香が見えた。

 

 1stボーカルの席を射止めたの優奈だった。数回にわたるジャンケンを繰り返したのち、彼女は昔弓道部で教わった必殺技、弓を構える仕草からのグー、で一人勝利した。


 リップロールで正確な音階を奏でる優奈の横では、裕子がディスプレイを眺めていた。


「みんな、これどれにする?」


 ディスプレイには『シチュエーションを選択して下さい。ストリート(プロフェッショナルルーム限定、ローカルシチュエーションシステム起動可能、規定値は公開で設定済み、利用規約については入会時に閲覧確認済み、本シチュエーションシステム使用中のいかなるトラブルにも......)、シアターオペラ、ライブステージ、スタジオレッスン』の文字が空中にゆらめいていた。


「こんなん、こいつに決まってるやろ」


 裕子の背後から手を伸ばした綾香の指先は何の迷いもなく「ストリート」の文字に触れた。


「うち、限定って言葉に弱いねん」


 ついさっきまでダブルボーカルに負けたことにぶつぶつ言っていた綾香が今度は満面の笑みを浮かべていた。


「ちょっと、何かいっぱい表示されてたけど大丈夫なの?」


 画面を見ていた早紀が言いながら、綾香の顔を覗き込む。


「大丈夫、大丈夫」


 さらりと答える綾香達五人の前に新たなディスプレイが現れる。


「歌唱レベルを入力して下さい。『本気モード(歌詞の表示無し)』『カラオケモード(歌詞の表示あり)』『練習モード(歌詞、及び楽譜の表示あり)』


 優奈は迷うことなく『本気モード』を選択する。


「優奈と裕子、大丈夫?」


 杏子は思わず口走る。fight!は激しい動きに合わせて歌う楽曲であり、テンポも早く、サビ部分では低音から高音に一気に駆け上がるため、杏子と早紀も歌うのに随分苦労した覚えがある。

 そんな杏子の言葉に、呆れたように肩を落とした優奈が振り返る。


「私たち、いつも後ろで一緒に歌っていたから」


 ステージ前面の景色が眩く光を放ち始める。


「たとえマイクは入ってなくてもね」


 光を背にした裕子も笑顔で杏子を振り向く。二人の笑顔が滲んで見える。杏子は俯くと、握りしめた拳を胸に当てた。

 今にも体から飛び出しそうに激しく跳ねる心臓を握りしめた拳で強く押さえつける。

 

 いつも一緒に歌ってくれていた。そんな大事な事を今更知るなんて。


「杏子、大丈夫?」


 流石に心配した早紀が杏子の背中に手を当てる。


「大丈夫、ありがとう。とても嬉しくて」


 そう答えて杏子は顔を上げた。その様子を見た四人は笑いあって前を見る。


 光がぼやけて、景色は灰色になり、やがて確かな像を結んでいく。

 そこはどこかの駅前の風景だった。

 目の前には傘を刺して歩いている人々が見える。

 手元を見ると、体に雨が降りかかっていた。思わず空を見上げてた杏子だったが、灰色の空から降ってくるはずの雨粒の冷たさは体に感じなかった。


『fight!』


 題名がディスプレイに表示されると同時に、背後からfight!のイントロが流れ始める。


 曲はピアノ主体の静かなイントロから始まる。

 降りしきる雨の中、灰色の景色の中に音色が染み入るように響いていく。傘をさして足早に歩く人達にもその音が届いたらしく、チラリとこちらも見る人もいるが、腕時計を確認すると名残惜しそうに駅の方に歩いていく。

 駅前のロータリーの中央の時計塔は午後4時すぎをさしている。町に遊びにきた人たちがそろそろ家に帰る時間帯だ。


 優奈の第一声が聞こえた。

 杏子よりも少し低めの優しい声色が歌詞を紡いでいく。fight!を作詞したのは優奈であった。五人の心がバラバラに砕け散ったあの日。思い出したくもない激しい言葉。杏子はこの歌を歌うときには、ここまでの自分たちに降りかかった理不尽や、耐え難い苦痛とそこからの和解の困難な道のりを意識して歌っていた。

 

 でも、今の優奈の優しくて、儚げで、不用意に触れると壊れてしまうような歌声に対して、慎重に慈しむようにハーモニーを被せていると、彼女がどんな思いでこの歌詞を書き上げたのかが少しわかった気がした。

 降りかかる理不尽さに、表向きの笑顔と忙しさで心の傷を隠していた私たちは、あの日、初めて本音で語りあい、心をぶつけ合った。

 既に脆くなっていたみんなの心は完全に砕けちり、時間が経ってももう元の形には戻らなっかたけど、形をかえて今の新しい私達がある。

 だからこそ、あの日の出来事も私達にとって愛するべき大切な日。

 

 優奈のパートが変わり、続く裕子はうって変わって女性らしい柔らかな声で、まるで恋愛の歌を歌うように情熱的に言葉を奏でていく。

 早紀はどちらかと言うと杏子の激しい歌声に答えるように、あの日の激しい感情をむき出しにして歌っていた。

 泰然としていた裕子もあの時、胸の内に深い傷を負い、次の日には辛い別れが彼女を完全に打ちのめした。でも、今の彼女はその時のことを、まるで恋人を愛し慈しむように情熱的な声を響かせている。

 

 二人の思いがけない柔らかな歌声に心を揺さぶられた杏子は、コーラスを歌いながら、そっと早紀の方向を見る。

 

 マイクを両手で包んで次の音を持つ彼女の目には、止めどなく涙が溢れていた。

 長いまつ毛が瞬きのたびに震え、声を発するたびに赤味がさした頬を宝石のような涙がつたう。それでも姿勢はあくまでも正しく、毅然と前を向いている。凛としたその姿にしばらく杏子は目が離せなくなっていた。

 

 間奏が始まると、杏子が見つめていることに気づいた早紀は、涙で濡れた目を乱暴に擦った後、恥ずかしそうに笑うと、マイクを切り小さな声を奏でた。


「周り、見てみて」


 ハッとして景色を眺める。

 いつのまにか五人の前には傘をさした人達が立ち止まり始めていた。最前列で足を止めた女性は肩が雨で濡れるのにも構う事なく、うっとりと音楽に耳をかたむけている。二人組の若い男性もそれまでの談笑をやめて足を止めていた。その向こうでは女子高校生達がもっとよく聞こえるようにまるでパラボラアンテナのように傘広げていた。

 観客の人達の顔、一つ一つが見える。いつも歌う事で精一杯の自分には見えてなかった景色。わずか数メートルの立ち位置の違いなのに。

 間奏が終わる頃、肩を揺らせて上がった息を整える優奈と裕子を見ていた杏子は無意識に


「ファイト!」


の言葉が口から溢れていた。マイクが拾ったその声に気づいた優奈と裕子は後ろを振り返って紅く上気した笑顔を見せた。ここから曲は一番の激しいパートに向かう。優奈と裕子は顔を合わせて頷き合った。

 

 Cパートが始まり、優奈と裕子のラップ調の激しい歌詞のやり取りが始まると遠くにいた通行人も何事かと、足をとめて歌詞に聞き入るようになる。

 ステージのすぐ横にはケナミナの銅像があり、人がきの後ろから一目見ようと銅像に手をついて背伸びをしている子供達の姿も見えた。

 

 曲は徐々にテンポを緩めていく。ここからはバックコーラスの三人にもそれぞれソロパートが割り振られ、それぞれが立ち直っていく様子を歌いあげていく。

 優香のパートは勇気を出して一歩踏み出したこと、優香の歌詞を受けて立ち上がる綾香のパート、二人の歌詞を受けて前をむく裕子のパート。

 

 曲調が徐々に激しく、速くなっていく。

 いつのまにか雨がやんでいた。傘をたたむ事も忘れたかのような観客達の上に、黄金色の夕日が注ぎ始める。

 曲はラスサビを迎え、新たにコスモスとなって集まった五人は、少しだけ強くなって新しい歌を歌い始めるパートへ。

 最後の歌詞を歌い上げた優奈と裕子に雨上がりの透き通った陽の光が降り注ぎ、やがてアウトロが流れる頃には全員が目もくらむようなまばゆい光の中に包まれていった。


 目の前の景色がゆっくりと暗転し、『待機中、次の曲を選択してください』の文字が浮かびあがった。


 音楽が止まったカラオケルームには肩を揺らす優奈と裕子の息使いだけが響いていた。


「すごいよかった。心配してごめんね」


 涙を拭った杏子はやっとの思いで声を出して前にいた優奈の手を握った。その声を聞いた優奈は杏子の手を握りかえして大きく息を吸う。


「次、なに歌う?」


 優奈の言葉を待つ事なく、綾香がディスプレイを操作していた。


「次は絶対ボーカルがしたい。でも、同じ曲歌うのもなあ」


 綾香はさまざま言葉でコスモスの曲を検索するがやはり全くヒットしない。


「ねえ、確か直近の歌唱履歴は見れるって言ってなかったっけ」


 早紀の言葉が終わるよりも速く、綾香はfight!の検索結果画面に戻り、歌唱履歴のボタンを探し出した。直近でfight!を歌ったのは、@にゃんこちゃん(歌ってみた、毎日配信中)という人物であり、さらに@にゃんこちゃんの歌唱履歴を開く。


 ディスプレイ一面にコスモスの楽曲、さらにT K Uの楽曲が表示された。


「それにしても」


 ステージ後方で杏子は横に立つ早紀に話しかける。


「あの風景って、さっきの駅前だったような。これって」


 早紀はこくりと頷くと、すこし表情をくもらす。


「田端さんに怒られちゃうかもね、でも」


 ディスプレイが再度光を放ち始めるとともに、早紀の瞳は虹色に光を照り返し、まるで小悪魔のように唇から真っ赤な小さな舌を出す。


「こんなうれしくて、楽しことやめれないよね」


 ディスプレイには『メインストリートで行こう!』の文字が表示された。

 そして最前列のセンターボーカルの位置に立つ小柄な女性の小さな背中には、あまりにも巨大なライオンの後ろ姿が見えていた。

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