表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺営業マンが異世界転生して 滅びの王国を新規開拓で救った話  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/22

第五章 ノートに増える、たった三軒

昨日まで一軒だった。


今日は二軒。明日は、三軒目を目指す。


シェバ村に戻ったとき、リーゼは、村の入り口の柵に、布をかけて、目印にしていた。


「ササクラさん」


雪の上で、リーゼが駆け寄ってきた。麻の靴の足音が、ぽふぽふと、こもって響いた。


「無事」


「うん」


「咳止め」


俺は、麻袋を、ゆっくり開いた。


ハム村でもらった咳止めの調合薬は、ふた包みあった。リーゼは、その包みを胸に押し当てて、ぎゅっと、目を閉じた。


「ありがとう」


「礼は、お父さんが治ってからで」


リーゼは、頷いて、走って家へ向かった。


その日の夕方、村長は、ようやく、咳の発作なく、椀の麦粥を食べた。匙を持つ指が、ふるふると震えていたが、目には、はっきり、力が戻っていた。


「ササクラ殿」


「はい」


「明日、また、ハム村に行かれるか」


「いえ。明日は、東の鍛冶村に」


「鍛冶村」


村長は、目を閉じて、しばらく、考え込んだ。


「鍛冶村は、ハム村よりも、ひと回り遠い。雪が、まだ深いぞ」


「ハム村に行ったときに、年配の男から、聞いたんです。鍛冶村は、半年前まで、ハム村と、麦と鉄の交換をしていた、と」


「ふむ」


「だったら、シェバ村の毛皮と、ハム村の麦と、鍛冶村の鉄を、三角に回せたら、ぜんぶ、楽になる、と思って」


村長は、目を、ゆっくり開けた。


「お前さん、商人ギルドで習った口だな」


「いえ、ただの、職業病で」


俺は、笑った。


職業病という言葉を、村長は、知らないようだった。だが、笑いながら、頷いた。


翌朝、俺は、また、雪の道を歩いた。


道は、慣れてきた。膝まで埋まる箇所、足元の凍りやすい場所、風の抜け方。すべて、ノートに書きつけながら、歩いた。


途中、一度、雪原の真ん中で、白い狐のような獣と目が合った。獣は、しばらく、俺を見ていたが、攻撃してこなかった。たぶん、ステータス的に、獲物として弱すぎて、興味を持たれなかったのだろう。


ノートに、書いた。


道中、白い狐。攻撃せず。観察すべし。


書きながら、俺は、ふっと、笑った。


会社のノートでは、こんなことは書かなかった。あちらでは、得意先の家族構成と、好きな菓子の種類と、誕生日の月が書いてあった。


書く対象は、違う。だが、書く理由は、同じだった。


次に来た誰かが、困らないように。


鍛冶村は、岩と岩の間に挟まれた、急斜面の村だった。


家々の屋根は、鉄板で葺かれていた。鉄板は、雪を、つるりと、滑らせていた。


入口で、また、槍が出迎えた。


「シェバ村の、商人です」


俺は、ノートを、見せた。


「ハム村と、商談中で、こちらにも、商談を、お願いしたく」


槍を持った男が、ノートに目をやった。


「これは……」


「俺の、仕事道具です」


「中身、見ていいか」


「ご自由に」


男は、ノートをぱらぱらとめくった。


文字は、男には読めない。だが、何かが、伝わったらしい。


「分かった。村長のところへ、案内する」


鍛冶村の村長は、髭の長い、巨漢だった。鍛冶屋を営みながら、村長を兼ねている。


俺は、麻袋を開いた。中には、シェバ村の毛皮と、ハム村でもらった麦の袋があった。


「ハム村の、麦……だと」


村長は、麦袋を、両手で持ち上げた。


その瞬間、髭の中から、目が、丸く、開いた。


「これ、本当に、ハム村のか」


「はい。ハム村の村長から、預かりました」


「半年、見てなかった、麦袋だ」


巨漢が、麦袋を、抱きしめた。


「俺たちは、麦が、どうしても、要る。鉄ばかり打っても、腹は、減るんでな」


「鉄、いただけますか。ハム村も、井戸の補修に、鉄が必要だと」


「もちろんだ」


村長は、目を、輝かせた。


「お前、こっそり、ハム村にも、鉄を売りに行く役、やらんか」


「やります」


俺は、即答した。


村長は、しばらく、俺の顔を、まじまじと見ていた。


それから、髭をしごきながら、ぽつり、と言った。


「お前、商人ギルドに、登録しとるのか」


「いえ。していません」


「なんで」


「これから、するつもりです」


村長は、はあ、と、長い息を吐いた。


「した方がいい。お前みたいな男を、独り歩きさせとくのは、危ない」


「危ない?」


「街の悪い連中に、目をつけられる」


俺は、ノートを、ぐっと、握り直した。


【記録】により鍛冶村ルートが本登録されました。


俺の頁に、三つ目の村が、加わった。


シェバ村、ハム村、鍛冶村。


たったそれだけだ。


それだけだが、十年間、毎日、同じ三十六軒を回り続けてきた俺にとって、ノートに新しい村が三つ書き加わる、というのは、嘘みたいな出来事だった。


新規開拓は、向いていない、と、十年、言われ続けた。


それなのに、ここでは、向いているか向いていないかを、誰も気にしていない。


ただ、回るしかないから、回っている。


そしてそれが、向いているように見えてしまうから、不思議だった。


帰り道、俺は、シェバ村の手前で、もう一度、ノートを開いた。


シェバ村―ハム村―鍛冶村。


三つの点を、線で繋いで書いた。


書いた瞬間、視界の端で、文字が光った。


【記録】により世界ルート断片が、復元されました。


世界ルート、という単語が、初めて、出た。


俺は、その単語を、しばらく、見つめていた。


意味は、まだ、分からなかった。


だが、世界、という言葉が、自分のノートの中で、ぽつりと点いたことに、ぞくり、とした。


シェバ村に戻ると、リーゼが、また、入り口で待っていた。


「ササクラさん」


リーゼは、走ってきて、息を切らした。


頬が赤い。雪に当たった頬の赤さではなく、走ってきた血の赤さだった。


「街から、人が来てる」


「街?」


「商人ギルドの、調査員。あなたを、探してる、って」


俺は、リーゼを、ゆっくり、見た。


「お父さんは、咳止め、効いた?」


「うん。うん、大丈夫。今は、寝てる」


「よかった」


俺は、頷いて、ノートを胸ポケットに、戻した。


「調査員さんは、どこ?」


「集会所」


リーゼは、俺の袖を、ぎゅっと、握った。


「ササクラさん、無許可で、商売、しちゃったの?」


「たぶん」


俺は、笑った。


笑うしかなかった。会社では、無許可営業も、勝手なルート拡張も、考えたことがなかった。だが、ここでは、許可を出してくれる人が、まだ、いない。


「でも、たぶん、そんなに、悪い人じゃない、と思う」


「どうして」


「商人ギルドの調査員が、こんな辺境まで、わざわざ来た、ってことは」


俺は、空を、ちらりと、見上げた。


「俺のノートに、興味があるのかも、しれないから」


リーゼは、首を、傾げた。


俺は、ノートの背を、指で、軽く叩いた。


【記録】によりシェバ村に商人ギルド調査員が来訪。詳細不明。


書き終えて、視界の端の文字を、見つめた。


世界、と、ノートが、もう一度、囁いた気がした。


俺は、リーゼに頷いて、集会所のほうへ、足を向けた。


その足取りは、十年、回り続けた、雪の山道のときの足取りと、よく似ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ