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底辺営業マンが異世界転生して 滅びの王国を新規開拓で救った話  作者: もしものべりすと


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第四章 最初のお得意先

営業の鉄則は、たった一つだ。


バックヤードから、挨拶しろ。


夜が明けても、雪は止まなかった。


結界の祠は、なんとか持った。明け方、青い光が、ゆっくりと弱まり、消えた。それは、結界が落ちたのではなく、夜明けと交代したという意味だと、リーゼが教えてくれた。


俺は、毛皮の外套と、麦わらで編んだ靴を借りた。腰には、小さな麻の袋。中には、シェバ村でとれた粗い毛皮、塩漬けの兎肉、そして、何かよく分からない乾いた草がひと束。


「これ、なんですか」


「春に咲く、銀の花。乾かすと、咳止めになる」


リーゼが言った。


「ハム村の人たちが、欲しがってるかも」


俺は、ノートを開いて、リーゼの名と、銀の花の説明を、書き加えた。


商品は、自分の足で確認する、という社訓を、こんなところで思い出すとは、思っていなかった。


村の入り口で、リーゼが、俺の麻袋の口を、しっかりと結び直してくれた。


「ハム村まで、雪のない時で、半日。今は」


「行ってみないと、わからない」


「うん」


リーゼは、頷いて、口を結んだ。


「ササクラさん」


「うん」


「もし、戻れなかったら」


「戻る」


俺は、なるべくいつもの調子で、答えた。


「俺、お得意先と、約束したから」


「約束?」


「うん。あんたの父さんに、薬を、必ず届けます、って」


リーゼは、しばらく、俺の顔を見ていた。


それから、自分の指から、小さな木彫りのお守りを外して、俺の麻袋の紐に、結びつけた。


「これ、母の形見」


「いいの」


「行って、戻って」


それだけ、彼女は言った。


俺は、頷いて、雪の道へ、足を踏み出した。


雪は、膝まであった。


街道、と呼ばれている細い道は、半年も人が通らなかったせいで、もう、ただの雪原と区別がつかない。だが、両側に立つ古い道標と、木の並びの規則性で、辛うじて道筋が読めた。


俺は、ゆっくり歩いた。


呼吸を整えて、心拍を上げすぎないようにする。営業車で雪の山道を運転するときと、原則は同じだった。慌てると、滑る。慌てなければ、滑らない。


途中、二度、腰まで埋まった。一度は、雪の下の小川の凍りに足を取られた。麻の靴の中まで、水が染みた。指先が痺れて、ノートを取り出して書く動作が、ぎこちなくなった。


それでも、俺は、書いた。


街道の三里(さんり)地点、小川あり。冬は危険。


【記録】に危険箇所を追加しました。


書いておけば、次にこの道を歩く誰かは、滑らない。


ハム村が見えたのは、日が傾きかけた頃だった。


低い柵で囲まれた、シェバ村より、ふた回り大きな集落だった。


入口には、二人の男が、槍を構えて立っていた。


「止まれ」


俺は、両手を、ゆっくり、上げた。


「シェバ村から来ました。商談、です」


「商談?」


槍を構えた男たちが、顔を見合わせた。


俺は、麻袋を、雪の上に、丁寧に置いた。


「裏口、ありますか」


「は?」


「商人は、表玄関ではなく、裏口から入って、まず店主に挨拶するのが、礼儀なんです」


しばらく、沈黙があった。


それから、片方の男が、ふっと、笑った。


「お前、本物の商人かよ」


「いえ。ルート営業です」


「るーと、えいぎょう?」


聞き慣れない言葉に、若い方の男が、首を傾げた。


「裏口、案内する」


ひげの方の男が、肩をすくめて、歩き出した。


ハム村の村長は、高齢の女性だった。背が低く、目だけが、きらりと若かった。家の井戸が、半年前から、底が抜けているらしく、男たちが、新しい井戸を掘ろうとして、難航している、という話を、俺は最初に聞いた。


「商談の前に」


俺は、ノートを置いて、立ち上がった。


「井戸、見せてもらっていいですか」


村長は、目を瞬いた。


「あんた、井戸も掘れるのかね」


「いえ。掘れません。でも、見るのは、得意なので」


俺は、笑った。


井戸のところに行くと、何人かの男たちが、汗だくで岩を割っていた。見ただけで、向きが、間違っているとわかった。


俺は、十年前の研修で、学んだことを、思い出した。卸の倉庫で、水漏れの直し方を、年配の倉庫長から教わった。あれは、雑談の延長で覚えたことだった。


「あの、これ、傾斜が、たぶん」


俺は、雪の上に、棒で線を引いた。


「こっち側に向けたほうが、水脈に当たりやすい、と思います。素人考えで、すみません」


男たちは、しばらく、棒の線を見ていた。


それから、年配の男が、深く、ため息をついた。


「お前、商人ギルドの古老の言うことを、知ってるのか」


「え」


「『井戸を掘る前に、水の道を、書け』。古い言い伝えだ」


俺は、首を、傾げた。


その「水の道」が、ノートのことを指している気がして、寒気とは別の何かが、背中を走った。


俺は、自分のノートに、男たちの名前と、井戸の位置と、傾斜の方向を、写した。


【記録】によりハム村井戸を登録しました。


夜、村長の囲炉裏端で、俺は、麻袋の中身を、ぜんぶ広げた。


シェバ村の毛皮。兎肉。銀の花。


「銀の花、半年ぶりに見たわい」


村長は、皺だらけの指で、乾いた花を撫でた。


「うちには、薬草師がおる。これと交換で、咳止めの調合を、ちょっとは、出せる」


「シェバ村の村長が、咳がひどくて」


「ふむ。何袋、いる」


「ありったけ、お願いします」


「分かった。だが、あんた、その代わりに」


村長は、目を細めた。


「うちの井戸の話、どこで習った? それを、教えな」


「全部は、教えられません」


俺は、笑った。


「俺は、しばらく、シェバ村とハム村を、行ったり来たり、するつもりなので。何度か、来たときに、少しずつ」


「ほう」


村長は、声を出して笑った。


「商人の言い分だな。継続取引の含みじゃ」


その夜、俺は、ハム村の客間で寝た。


部屋に通される前、井戸の現場で会った年配の男が、こっそりと俺の袖を引いた。


「あんた、若いのに、商人ギルドの古老みたいな喋り方をするな」


「いえ、たまたまで」


「いいや。たまたまで、井戸の傾斜は、見抜けねえ」


男は、自分の手のひらを、指の腹で擦った。


「俺は、若い頃、街の商人ギルドの荷運びをやっとった。古老が、こう言った。『真の行商は、商品の前に、土地と、人の顔を、まず売る』」


「土地と、人の顔」


「あんたが、シェバ村の村長と、リーゼちゃんの名前を、最初に出した。あれが、効いた」


男は、しわがれた声で、ぽつりと言った。


「しばらく、ここにも、来てくれや」


俺は、深く、頭を下げた。


頭を下げながら、胸の奥で、十年前のパン屋のおじさんの言葉と、この男の言葉が、繋がる音がした。


ノートだけは、捨てるな。

土地と、人の顔を、まず売れ。


働いてきた十年が、別の世界の言葉に、翻訳されていく感覚があった。


【記録】によりハム村―シェバ村間ルートが本登録されました。


ノートには、新しい一頁が、書き加えられた。


リーゼに渡した約束が、ここに、ひとつ、形になった。


ふと、客間の窓の外に目をやると、雪が、止んでいた。


明日の帰り道は、たぶん、来た時より、少し、楽だ。


俺は、麻袋の口を、もう一度、ぎゅっと結び直して、目を、閉じた。

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